第5話
「あのモンスターハウス……ですか。まさか、E級ダンジョンでも発生するなんて……」
田上くんが口にした固有名詞には耳覚えがあった。冒険者としての知識はまだ浅い俺だが、それでもこの世界で23年ほど生きた身だ。
モンスターハウスとは、ダンジョン内で極稀に発生する魔獣のコロニーを指す言葉だ。他には魔獣溜まりなんて呼び方もあるが、意味は同じである。その発生原因は詳しくわかっていない。ただ、放置すれば魔獣がダンジョンの外まで溢れ出す現象──俗に言う
そんなわけで冒険者でなくともニュースなどを通じてその存在を知る人は多い。
かく言う俺もその一人である。
「……僕らも見たのは初めてだ。このダンジョンで異常が発生しているのは間違いない。恐らくさっきの罠も……」
剣を構え、周囲のスライムを威嚇しつつも田上くんが呟く。
「俺たちがこの場所に転移する原因となったアレですね? このタイミングで聞くのもあれですが、さっきのは何だったんです?」
三浦さんは確実に【罠探知】スキルを発動させていた。それなのになぜ罠が起動してしまったのか。
「あれは
純粋な俺の疑問に対して、三浦さんが申し訳無さそうに答える。
「うへぇ、そんな罠も存在するんですね……」
「あたしも現物は初めて見ました。学校ではBランク以上のダンジョンにしか無いって習いましたから。……その、ごめんなさい、あたしのスキルレベルが高かったら……」
「あ、謝らないでください! 三浦さんのせいじゃないですよ。そもそも低級ダンジョンにそんな高度な罠があったら、防げないのは仕方ないです」
三浦さんは一ミリも悪くない。というか誰のせいでもないのだ。無理やり悪者を定義するなら、それはダンジョンに関わる全員だろう。E級には高度な罠が存在しないと結論付けた教育機関も、それを鵜呑みにしていた俺たちも。だから、彼女が謝る必要はないのだ。
「──っと! 話はそれくらいで切り上げてください! スライム共が動き始めました!」
じわりと接近するアシッドスライムの群れ。俺たちに一番近い個体を剣で切り裂きながら、田上くんが叫んだ。
「とにかくこの場を切り抜けましょう! 数は多いけど、敵はアシッドスライムばかりだ! 金に糸目をつけなければ僕たちでも十分、対処できる!」
「りょ、了解です! 俺も魔法のランクをあげますので、なんとか詠唱時間を稼いでください!」
年下の彼らに魔獣の受け手を任せるのは若干、心苦しいものがあった。
だけど、俺たちはパーティーだ。各々が担うべき役割がある。ここは彼らの能力を信じ、俺は俺にしかできない役割を果たそう。スライムたちの動向に注視しつつ、この場に適した魔法を頭で検索する。
(必要なのは単発火力ではなく、広範囲の攻撃……レベルの上がった火属性なら!)
俺の望んだ魔法はすぐに見つかった。
【
効果:指定した範囲に魔法陣を描き、その内側にいる対象を燃やし尽くす。効果範囲は半径4メートル。
まさにこの場にふさわしい魔法だ。効果範囲も十分。これならスライムの群れを効率的に殲滅できそうだ。
──早速、俺は詠唱を開始した。
『駆けろ、
頭に浮かんだ詠唱句を力強く紡いでいく。
同時に魔獣が密集しているポイントへ狙いを定め、
『──その身を焼べよ、【
紡ぎ終えると同時に、スライム達の足元に紅く煌めく魔法陣が現われた。
神秘的かつ幾何学的な紋様。淡く光ったそれは、加速度的に発光を強める!
その刹那、轟音と共に紅蓮の炎が吹き荒れた。
「範囲魔法……っ! 馬原さん、助かります!」
数十のスライムを消炭にしたであろう一撃は、残るスライムたちの動揺を誘ったようだ。心なしか動きに乱れが生じたように見えた。不定形生物とは言え、生存本能はあるのだろう。
「はあぁッ! 【
隙あり、とばかりに田上くんは剣戟の速度を早め、次々にスライムを両断していく。流石は剣士の天職だ。洗練された剣捌きは正確にスライムの核を捉えていた。
「み、右手の敵はあたしが持ちます! 【
田上くんの勢いに負けじと三浦さんが短剣術スキルを発動させた。その細い腕から繰り出したとは思えぬ速度の刺突が、一匹、また一匹とスライムを魔石に変えていく。
「……【
そんな若くとも頼もしい仲間の背中を支えるべく、俺はありったけの魔力を込めて魔法を放った。
◇
モンスターハウスでの戦闘が始まってから、どれくらい経っただろうか。
(確実にスライムの頭数は減っている……だが、いかんせん数が多すぎる!)
結構な数を倒したはずだが、未だに多数のスライムがこの開けた空間を蠢いていた。
俺は田上くんと三浦さんの状態を確認する。後衛の俺と違って、近接戦闘を継続する彼らは既に満身創痍だ。防具の至るところが破損し、剥き出した肌に擦り傷が見えた。
……まずいな。このままではこちらの体力が尽きる方が早そうだ。一か八か、試してみるか。この状況を好転させる事ができるかもしれない。
『ステータスオープン』
俺は素早くステータスカードを取り出し、情報を開示するよう念じる。
表示されたホログラムのような情報画面。その中のとある項目へ視線を向けた。
【反転する運命】SLv1(ユニークスキル・非活性)
俺……馬原 賢人だけが持つ、唯一無二の
文言からはその効果を計り知れない。高田さん曰く、デメリット付きのスキルの可能性もあるとの事だが、文言を見る限りではポジティブな効果が連想される。
なぜなら、『運命に逆らう』等の表現は基本的に良い意味で使われるからだ。もし俺たちがここで魔獣の餌となり、果てる運命を辿るとするなら──
(きっと、このスキルがそれを乗り越えさせてくれるはず!)
──
念じた途端、まるでパソコンに打ち込むように、スキル効果がステータス画面に書き込まれていく。その文字を読み取り、その意味を頭の中で反芻した。
「……は?」
理解した所で、俺の頭は真っ白になった。大袈裟かもしれないが、許してほしい。それほどまでに衝撃的な効果だったのだ。唯一無二のユニークスキルが、こんな効果とはこれ如何に。
「きゃっ!?」
三浦さんの小さな悲鳴が、呆然とする俺の意識を引き戻した。どうやらアシッドスライムの攻撃をもろに受けたようだった。慌てた田上くんが彼女へ声をかける。
「大丈夫か!? 由佳っ!」
「だ、大丈夫、ちょっと打撲しただけだから……」
三浦さんの言う通り、そこまで大きな怪我では無さそうだった。
しかし今回のような消耗戦は軽傷ですら命取りとなる。田上くんはそれをわかっていたのだろう。
「馬原さん! ──彼女に
彼は即座に判断し、
けれども俺はその指示に応じなかった──いや、応じる事ができなかった。
「すみません、無理です……。俺にはもう、魔力が──」
俺は、数十秒前の俺自身にひどく後悔した。
『──よく考えてから使用する事を推奨します』
高田さんの忠告を思い出す。全くその通りだぞ、
何もかもが都合よく進むと思ったら大間違いだ。こんな理不尽極まりない外れスキルだって、世の中にはあるんだから。
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SLv1効果:
・保持者の魔力値に-100%の補正。
・保持者の魔力値以外のステータス基礎値に-50%の補正。
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