第88話

「なるほど……両手合わせて二百連撃ってわけか。確かに、完全に防ぐのは厳しそうだな」


 血を吐き捨てながら、俺は起き上がった。

 そんな俺を見て、アストラフェがにっこりと笑う。


「あらあら、まだやる気なのね。そろそろ諦めたらどうかしら? そしたら、なるべく苦しまないように殺してあげる」


「悪いが、外には大事なもんがいっぱいあるんでな。こんな得体のしれないダンジョンを放置して死ねるかよ──それにが無いのはそっちも同じだろう?」


 確かに、先ほどの攻撃で低くないダメージを負った。

 だが、絶望して敗北を認めるにはまだ早い。

 なぜなら俺には新たに得たスキル──【細胞活性】があるのだから。

 これは時間経過と共に傷が回復するスキルだ。

 その回復速度はパッシブスキルにしては十分過ぎる早さ。

 つまり、即死レベルの攻撃さえ貰わなければ、俺は無限に戦い続ける事ができるのだ。


 その即死レベルの攻撃が来たら終わりじゃないかって?

 実際のところ、その可能性は低い。

 俺のステータスは良くも悪くも、魔力の20%分を均等分配してるからな。

 そして相手はそれを丸々コピーしている。


 言い換えれば──お互いの攻守のステータスに差が無いのである。


 スキルによる威力補正はあれど。

 無防備でボコられ続けるような事が起きなければ、即死はありえない。


「……ふぅん。案外、冷静なのね貴方」


「こう見えて〝賢者〟なんでな──さて、言葉を返そうか。そろそろ諦めたらどうだ?」


 改めて杖を突きつけ、問いかけた。これはブラフでもなんでも無い。

 一見すると不利に思える状況だが、実のところ俺の方が有利なのだ。


「見たところ、アンタは回復手段を持ち合わせていない」


 俺はアストラフェの露出した腹部へと視線を向けつつ言った。

 その痛々しい打撲痕が癒えている様子はない。

 もし回復系のスキルを所持しているなら、使わないという選択肢はないはずだ。

 俺とお喋りする程度には、余裕があるのだから。


「だが、俺には自動回復スキルがある。おまけに成長途中なもんでな。発動回数が増えりゃ、俺の回復速度は増してく一方だ」


 俺の【細胞活性】は20秒毎に1%程度の速度で自己回復していくスキル。

 たとえ体力を10%削られようとも。

 俺は3分ちょっと防御に徹するだけでその傷を完全に癒やす事が可能なのだ。


「つまり、このまま殴り合えば──最後に勝つのはこの俺だ」


「……えぇ、そうね。認めてあげる。このまま戦えば──貴方が勝つわ」


 アストラフェは乾いた笑みを見せた後、残念そうに肩を竦めた。


「私の天職ロロスは攻撃特化。貴方みたいに便利な回復スキルは持ち合わせてないの。うふふ、残念ね……思考放棄して、降参してくれたら楽だったのだけど」


「わざわざ痛めつけるような戦い方をしてたのも、敵わない相手と思わせるための演出だろ? 与えた側なら、事前に俺のスキル情報も握ってるわけだしな」


 最初から持久戦に持ち込まれると不利な事に彼女は気付いていた。

 だからこそ、俺の心を挫くような立ち回りをしていたのだろう。

 そう思って言い放った言葉だったが──


「あら、それは間違いよ」


「……なに?」


 微笑みながら俺の言葉を否定するアストラフェ。

 その艶やかな肉体に、またしても覇気のようなモノが纏わりつく。


「私が認めたのは、殴り合えばの話よ──でもね」


 やがて、それらは彼女の肩へと集約すると、二対の腕を象った。


「他に手段が無いとは言ってないもの」


 黄金こがね色の覇気によって、新たに生み出された四本の腕。

 その幻想的かつ神秘的な姿は、ある種の神性すら感じさせる。

 熱心な仏教徒がいれば、たちまち平伏して崇めるんじゃないか。

 そんな風にさえ思うほどに。

 

「降参を促したのは心からのよ? 言ったでしょう? 私、強い人が好きなの。だから、ちょっとだけを与えてあげたの」


 やがて彼女は動き出した。

 俺からコピーした有り余るほどの敏捷ステータス。

 それを存分に活用し、神速で俺との距離を詰めてくる。


「でも、いらないみたいだから。お望み通り、肉塊に変えてあげるわ。それこそ回復すらままならないほど徹底的に、ね?」


「はっ……!?」


 そして無慈悲に、鮮烈に。

 その暴虐を、解き放った。


「【幾百ノ覇王拳ヘカトンケイル】」


「うおぉぉッ!?」


 連打、連打、連打、連打──暴虐的なまでの連打。

 その一撃、一撃が、とんでもなく重い。


「あはははッ! いつまで持つかしらぁ……ッ!?」


「クソッ……ぐうッ!」


(まずい──終わりが見えねぇッ!)


 たった一度のスキルから繰り出したとは思えぬ連撃。

 いや……これだけ腕がありゃ、わざわざクールダウンを待つ必要はないってか。

 回避するとか、そんな悠長な事を言っている場合ではない。

 とにかく、とにかく致命傷だけを防ぐ。その一心で必死に鉄拳の嵐を受け、捌き続けた。


(杖による防御が追いつかねぇ……クソ! 割とマジで、リアルKOされちまう!)


 鑑定スキルの無い俺には、自分の体力を可視化する手段がない。

 だが、それでも感覚的にわかるのだ。

 俺の自己回復速度を上回る速度で、猛烈に〝体力ゲージ〟が削られていくのを。

 格ゲーをやった事があれば、何となく想像がつくだろう。

 ガードの上から少しづつ削られていく、あの感覚だ。


 心なしか、時間が遅く感じる。


 ゆっくりと差し迫る死。

 敗北を受け入れ始めてる証だろうか。

 ちくしょう。こんな長物つえじゃ、白兵戦なんざ、まともに──


(──いや、なんで杖使ってんだ? 俺)


 窮地に立たされ、ふと冷静になった。

 相手は白兵戦に長けた装備と天職。

 間合いを取る余裕が無いのであれば、わざわざ杖で殴り合う必要はないじゃないか。

 俺だって、ちゃんと持ってるんだから。

 

 ──立派な握り拳ぶきをさ。 


「舐めんじゃ、ねえッ!!」


 そこからの行動に移すまでに、一切の迷いは無かった。

 すっかり手に馴染んだ愛用の長杖。幾多もの魔獣をぶん殴ってきた歴戦の武器。

 それを放り投げて、俺は拳に闘気を込めた。


「──【雷神ラギア閃拳グロッサ】ッ!!」


「なにっ……!?」


 まさに閃光の如き速度で放たれた握り拳。

 次の刹那には、弾けるような紫電が迸った。

 それはアストラフェの拳撃を飲み込みながら、彼女の身体を吹き飛ばした。


「あぐっ……!」


 肉が焦げ付くような臭い。

 俺が放った攻撃は、彼女の肉体へ確かなダメージ与えたようだった。


「……今のは相当効いたみたいだな。その苦痛は俺もよくわかるぞ。何せ──この防御力をもってしても、耐性の無い魔法攻撃はクソほど痛いからな」


 俺が新たに得たスキル──【魔拳術】

 魔力不要の物理攻撃スキルでありながら、魔法攻撃判定を持つ特殊なスキル。

 言いたかないが、これまでも俺は散々、魔法攻撃に苦しめられてきた。なぜなら対魔法攻撃に関しては防御力よりも耐性スキルが重視されるからだ。

 いくら俺と等しく高い防御ステータスを持とうとも。魔法耐性皆無の脳筋天職相手に──この拳が効かないはずがない。


「……やっぱり貴方、強いわね。私が唯一、写し取れないもの──スキル。それを報酬として挑戦者へ与えなければならない、【神の家】このスキル代償デメリットを、ちゃーんと活用してくるんだもの」


 傷だらけの身を起こしながら、自嘲気味に語るアストラフェ。

 それでも、闘志を瞳に宿したまま彼女は笑う。


「ふふっ……ますます貴方の事が気に入ったわ」


「……降参する気は無いみたいだな」


「えぇ、もちろん。貴方と同じで、私にも大事なものがあるの──だから、死ぬわけにも、捕縛されるわけにはいかないのよ!」


 またしても接近するアストラフェ。

 六つの拳にスキルエフェクトを灯して那由多の拳を解き放つ。


「【幾百ノ覇王拳ヘカトンケイル】ッ!!」


「【雷神ラギア閃拳グロッサ】ッ!!」


 拳撃の数じゃ、あっちが圧倒的に多い。

 だがしかし、俺の【雷神ラギア閃拳グロッサ】は名の通り雷属性。

 腕が多けりゃ、それだけ雷撃が伝う道筋も多い。

 ダメージレースで競うなら俺に分がある。


「確かに痛いわ……でも、それで私が怯むとでも思ったのかしらッ!?」


 それでもアストラフェは攻撃の手を緩めない。

 電熱で拳を焼き焦がしながらも、少しでも俺にダメージを与えんとスキルを発動し続ける。


「はああぁぁぁぁぁぁッ……!!」


 苦痛を紛らわすように、彼女は咆哮する。

 その気迫だけで比べるなら、恐らく俺の敗北だろう。


「その気合は認めてやる……ッ!」


 だが、それでも互いが互いを殴り続ければ。

 相手の防御に依存しない攻撃をしている俺が勝つ!

 


 ──数分間の殴り合いが続いた後。


「はぁはぁっ……」


 先に攻撃の手を止めたのは、アストラフェの方だった。

 拳から腕にかけて枝葉のような火傷を負った彼女は、黄金の腕を生み出していたスキルを解除した。


「うふふ、もう、限界よ。貴方を、この手で打ち負かしたかったのだけど、無理みたいね」


 そう言うと、その場にへたり込む。

 もはや抵抗する気力も無い様子だった。


「……あぁ、そうみたいだな。あんたら魔族に個人的な恨みは無いが……ここで好き勝手されちゃ俺も困るんでな。悪いが、これで終わりにさせてもらう」


 抵抗する意欲を失った相手──それも女性をぶん殴るのは、正直気が引けた。

 けれど、相手は未だにナンバーズスキルを発動させたままにしている。

 まるで、このダンジョンだけは絶対に死守するとでも言わんばかりに。

 ならば気を失わせるか。

 もし、それで解除されなければ──それこそトドメを刺さなければならない。


 俺は握り拳に闘気を宿した。

 その気配に気付いたのか、アストラフェは顔を上げて微笑む。


「……最後に貴方に一つだけ報酬を送るわ。私のナンバーズスキルについて教えてあげる」


「まだ何かあるのか?」


 それはつまり、何らかの情報提供をしてくれるという事だろうか。

 やがて紡がれる彼女の言葉に、俺は耳を傾けた。


【神の家】ナンバーズ:シックスティーンは、の機能を持つダンジョンを生成する能力よ」


「……いや、それはさっきも聞いたんだが」


 俺が呆れた表情を返すも、それを無視して彼女は言葉を続ける。


「一つ目は、訪れた挑戦者に試練と報酬を与え、育てる機能。二つ目は、最上層まで到達した挑戦者のステータスを写し取り、スキル発動者へ与える機能」


 これも先ほど聞いたばかりの能力だ。


「三つ目は──」


 しかしながら、まだ彼女は唇を動かし続ける。

 心做しか、その言葉を紡ぐその顔は──とてもとても、満足げだった。


「我が主の魂を、この世界へ転生させる為の──祭壇としての機能よ」


「は……? 転生?」


 彼女の唇から突如飛び出した創作物っぽいワードに、思わず疑問形で復唱する。

 その次の刹那──胸に激痛が走った。


「えっ……?」


 ゆっくりと視線を落とすと、何やら尖った物体が俺の胸部を突き破っていた。

 こぼれ落ちる赤い体液。その雫が、ぬるりと突起物を伝う。


「床が、なんで……?」


 どうも突起物は石床から伸び出ているようだった。

 床石と突起物の境目には継ぎ目すらなく、まるで床そのものが変質したかのように見える。

 だが、なぜそんな現象が起こったのか。全く理解が追いつかない。

 大量の血液が失われ、俺の思考力そのものが低下しているようだった。


「素晴らしいよ、アストラフェ」


 とても若い男──いや、少年の声。

 朦朧とする意識の中、声の方向へと目を向けた。

 この大広間の奥で、静かに鎮座する玉座。

 そこに腰掛けるは、魔族と思しき少年。


「少し転生が早過ぎる気がするけど──」


 彼は身体に異常が無いか、確かめるような仕草を見せた後。


「まぁ、許すよ。結果的にを葬れたからね」


 俺の方へと視線を向けて愉快そう笑った。

 それから左右に手を振り、別れの言葉を告げる。


「さようなら──忌々しい愚神の子」


 そこで意識は昏く、沈み落ちてゆき。


 ──俺は、死んだ。

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