第129話

 一行がダレス国際空港に到着した翌朝。

 星奈と瑠璃子、ユーノの三人は空港内のラウンジで朝食をとっていた。

 朝食と言っても従来の空港ラウンジで出てくるようなお洒落なモーニングメニューではない。彼女らに配られたのは簡素なトレイに乗せられた戦闘糧食だった。


「うぇ……見た目通りのアメリカンライクな味っすね」


 豆と肉のよくわからない煮込み料理に、オートミール、クラッカー。それから肉を練り固めたパテのようなもの。

 その中でも恐らくメインディッシュであろう煮込み料理を口に含んだ星奈は、眉をしかめて率直な感想を吐露した。


 不味過ぎて一切食えない、というほどではない。ただ、味付けが大雑把なだけ。

 だがしかし、安価なコンビニ商品ですら味のクオリティが高い日本で生まれ育った星奈の口にはどうしても合わなかった。


「なんじゃ苦手なのか? 別に悪くはないと思うがのう。妾は結構好みじゃ」

「もしや味覚オンチっす?」

「失礼な奴じゃな……。別に良いではないか。人の好みなど千差万別なのじゃから」


 一口で食欲を失った星奈とは正反対に、ユーノはここの食事が気に入ったようだった。


「あはは……。あ、そういえば星奈ちゃん。局長さんからのメッセージは見た?」


 不満を隠そうとしない星奈に苦笑いしながら、瑠璃子は話題を切り替えた。

 狐塚からのメッセージというのは、言うまでもなく多摩川付近に出現した巨大ロボ──もとい超魔神機兵スルトのことである。


「んぐ? あぁ、ウチらが前に壊したガ〇ダムが地上に現れたって話っすか? 一応確認したっすけど、もう解決したんすよね?」

「うん、そうなんだけど……あんな魔獣までもが街に出てきたんだって思ったら気になっちゃって」


 星奈たちが受け取ったのは、既に事態は収拾したとの吉報である。しかし、それでも内容が内容なだけに、瑠璃子はその話題に触れずにはいられなかったのだ。


「確かに最初見た時は防衛ラインが崩壊したのかと思って超焦ったっすけど。でもまぁ、なんだかよくわからない魔法で守れてるっぽいすから大丈夫なんじゃないっすか? ……えーっと、なんだっけ。菩提樹?」

「それは釈迦が悟りを開いた樹じゃ……報告にあったのは【世界樹】じゃの」

「あぁ、それそれ! それっす! ぶっちゃけウチは理解できなかったんすけど……ユーノは何か知ってるんすか?」


 星奈が尋ねると、ユーノは『ふむ』と言いながら顎に手を置いて考える仕草を見せる。

 それと同時に彼女の瞳が青白い光を帯びた。これはまさに彼女が自らの固有スキルから知識を参照している時の動作だった。


「妾も【叡智の書】に記された知識でしか知らぬが、それで良ければ教えよう」


 ユーノはしばらく物思いに耽る様子を見せた後、そんな風に前置きしてから答えた。


「どうやら世界樹とは異世界に住まう精霊の類のようじゃな」

「精霊……って事は精霊術師エレメンタリストさんが?」


 瑠璃子が頭に浮かべたのは、とある有名な冒険者のことだ。

 賢人たちが昇格するよりも前からS級として活動していた人物で、冒険者をやっていれば一度は耳にする存在である。

 その名の通り精霊を使役する上級天職の持ち主で、誰ともパーティーを組まないソロプレイヤーとしても有名だった。


「いや、其奴とは無関係のようじゃ。世界樹というのは古代エルフによって人工的に生み出された精霊らしいの。対外的にはエルフを守護する聖樹として祀っておったようじゃが……その実態は戦略兵器といったところかの。それ以上詳しい事はわからぬ。スキルレベルの上がった【叡智の書】でもまだ権限が足りぬようじゃ」

「戦略兵器……何だか物騒だね」

「つまりは異世界人が保有する核兵器ってことっすか。そんなシロモノがなんでまた東京に……。局長あの人、また何か企んでるんじゃないすか?」

「ま、そんなとこじゃろうに。あやつの真意は妾でもわからぬわ」


 また色々と裏で根回しをしていたに違いない。

 彼の性格を知る彼女らは、仰天するよりも先にため息を吐いた。



 ◇



「なんだか外が騒がしいっすね?」


 朝食を終えて部屋へと戻る途中、何かを察した星奈は滑走路側の窓へと目を向けた。

 彼女の視線の先にあったのは、着陸したばかりと思しきジェット機の機体だ。

 空港に横付けされた機体へと搭乗橋が伸びており、何者かがこの空港を訪れている様子だった。


「あれは日本の機体じゃの。ということはルーシーとやらが言っていた残りのメンバーかの?」


 ここダレス空港は一時的な軍事基地として活用されているため、現在のところ民間の旅客機は利用できない。

 従って、あの機体に乗ってきたのは今回のダンジョン攻略に参加する冒険者である。そう考えるのが自然だった。


「多分、そうじゃないかな……? 旅行目的の民間機は着陸できないはずだから……」


 それでも瑠璃子の言葉に自信は無い。

 というもの、その理由は航空機の見た目にあった。


「どうしてラッピング飛行機が……? しかも写ってるの恋歌ちゃんじゃないすか」


 空港の到着口に横付けされた機体。その白い外装に丁寧にラッピングされていたのは、話題沸騰中のアイドル冒険者──夢川恋歌の写真だった。


「いやいや、まさかとは思うっすけど……え、まじすか?」


 なんだかフラグめいたものを感じた星奈は恐る恐る呟く。

 無論、飛行機のラッピング広告自体はそう珍しいものではない。売れ筋のアイドルグループやアーティストが、ラッピング飛行機で宣伝して回るのは以前からあったことである。

 しかしながら、この場所で──このタイミングで。これだけ違和感極まりない光景を目にすれば、嫌でもこれは前触れフラグなのだと思わざるを得なかった。


「──やっほー☆ みんなお待たせっ☆」


 そして星奈の予感は見事に的中する。

 茶目っ気と愛らしさたっぷりのポーズを決めて登場したのは、ピンクとブルーのパステルカラーに彩られたツインテールが印象的な美少女だった。


「お待ちかねの冒険者アイドル──恋歌ちゃんだよっ!☆ よろしくねっ!」



 彼女の名は夢川恋歌。

 

 ──現役アイドルでありながら、正真正銘S級の肩書を持つ異色のアイドル冒険者。


「ほほほ、本物の、恋歌ちゃん……!?」


 そんな恋歌の登場に、誰よりも先に反応したのは瑠璃子だった。

 彼女はぷるぷると身体を小刻みに揺らし始めたかと思いきや。


「ふあぁっ……!?」


 次の刹那には、そんな奇妙な声を残して気を失ってしまった。


「ぬわあぁぁっ!? 瑠璃子、お主いったいどうしたのじゃ!?」

「あーあ……いきなり推しと遭遇しちゃったからっすね……」

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