第130話

「あちゃー☆ その子、大丈夫?」


 尊さのあまり卒倒してしまった瑠璃子を見て、恋歌は心配そうに声をかけた。

 そんな彼女の背後から新たな人物が姿を見せた。

 眼鏡をかけ、神官服に身を包んだ大人しそうな少女だ。


「全く、恋歌は、もう少し考えて、行動してください、です」

「ごめ~ん☆ 東雲ちゃん! まさかファンの子が今回の作戦にいるとは思わなくてっ☆」

 

 彼女の名前は東雲陽子。

 以前【大神殿】で魔素上昇現象が発生した際、賢人にメンバーの救援を求めた司教アークプリーストの天職を持つ冒険者だ。

 当時はA級だった彼女も、麗華と同様に街の防衛任務を経てS級へと昇級していたのだった。


「すみません、すぐに、起こしますね」


 おもむろに陽子は持っていた杖を掲げた。


「──【聖神之御手アルメシア】」


 すると彼女の華奢な身体から白く光り輝く手が伸び、瑠璃子の額をそっと撫でた。

 

「ふぁっ……あれ? 私いつの間に……」


 善き人々を癒やし、邪悪を討ち滅ぼす神の手。

 神官系統の上位天職だけが使うことを許された慈愛と討魔の魔法。

 その力によって瑠璃子は意識を取り戻した。


「ほう、精神こころまで癒す回復魔法か。久方ぶりに会ったが成長したのじゃな」

「あれ、知り合いなんすか?」


 星奈が耳打ちするとユーノはこくりと頷いた。


「うむ、少しだけな。以前に賢人が【大神殿】の救援要請を受けたじゃろ? その依頼主じゃ。もっとも相手が妾の顔を見るのは初めてじゃろうがな」


 少し含みのある言い回しだが、言葉通りの意味だ。

 その当時のユーノは己の種族を隠すために仮面を被っており、こうして素顔で対面するのは今回が初めてだった。

 

「驚かせちゃってごめんね〜☆ ほら、恋歌の手に掴まって?☆」


 ユーノと星奈が会話をする一方で、恋歌は目覚めたばかりの瑠璃子へと手を差し伸べた。

 無論、ファンサービスの笑顔も添えて。


 星柄のカラコンを入れた潤んだ瞳が瑠璃子の顔を映し出す。その絶妙なタイミングで恋歌はさらに表情を緩めた。

 その柔らかな笑顔は、ファンで無くてもつい見惚れてしまいそうなほどに愛くるしい。


「えっ、あっ……? あっ、あっ」


 恋歌の完璧なアイドルスマイルを直視してしまった瑠璃子は何やら呻き声のようなものを唇から発したあと──


「む、無理ぃ……」


 その一言を残して、またもや気絶してしまった。

 残念ながら僅か数十センチの距離から放たれる推しの笑顔を直視して、その意識を保てるほど彼女は強くなかった。


「あちゃあ☆ 純情なファンを尊死させちゃうなんて、恋歌ってば罪な偶像アイドル……ふぎぃっ!? うぎぎぎ……し、東雲ちゃんが杖でぶった!? ええっ!? 何で恋歌ぶたれたの!? これがDV!? どめすてぃっくでばいおれんすってヤツですかーっ!? 暴力反対ですよぉ!」


 まるで某脳筋賢者の如く。容赦無く振るわれた杖の一撃。

 ジンジンと痛む後頭部を擦りながら恋歌が抗議するが、陽子は冷たい視線を返した。


「せっかく起こしたのに、また気絶させるから、です。少しは学習して、ください」

「えぇ……でもぉ、恋歌はこの子を気遣ったつもりなんだけどなー、なんて言ってみたり?☆」

「とりあえず、あっちいけ、ですよ」

「雑っ!? ちょっと東雲ちゃん!? こう見えて恋歌アイドルなんですけどぉ……アイドルなのに扱いが雑すぎなんですけどぉ!?」


 問答無用で邪魔者扱いされた恋歌は、不満げに唇を尖らせた──が、しかし。


「……うるせぇ、黙ってろ、です」

「……ひゃい。先にお部屋で待ってます……」


 短い言葉に込められた威圧感。そして眼鏡の奥に潜む冷ややかな視線。

 陽子に気圧されて呆気なく敗北した彼女は、アイドルらしからぬ、しょぼくれた様子でこの場を去っていった。



 一連の様子を眺めていた星奈は、またもやユーノに耳打ちした。


「何者なんすか……あの子? 恋歌ちゃんのマネージャーか何かっすか……?」

 

 敏腕マネージャーとポンコツアイドル。もっと漫画的な設定で言えば、万能過ぎる従者に頭が上がらない主人といったところだろうか。

 二人の掛け合いを目の当たりにした星奈は、彼女らにそんな印象を抱いた。


「ぬぅ、あまり他人のプライベートな情報を語るのは良くないのじゃが……」


 頬を掻きながらユーノは微妙そうな顔で答えた。


「一応ステータス上では、となっとるのぅ……」

「……マジすか」

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