【世界樹】

「はぁ、世界樹? なんやそれ」


 自信に満ちた狐塚とは対照的に、琴音はぽかんとした表情を見せた。


「おや? ご存知ありませんか? 著名な国産RPGにも登場しますから、てっきりご存知かと思ったのですが……」

「言っとくけど、日本人全員がアニメゲーム文化に詳しいわけちゃうからな? ……それはともかくとして、木を生やしてどないすんねん? あのテカブツの主砲を食らったら粉微塵やろ」


 琴音が目を細めながら答えると、狐塚はにこりと微笑んだ。


「ふふ、それは今からお見せしましょう。……朱音さん、少しばかりご協力いただけますか?」

「うち……? 別に構わんけど何をしたらええのん?」

「いやなに、簡単なことです。木弓アレに貴女のスキルをかけてほしいのですよ。琴音さんから貴女に移った【祝福の花園】を」


 先ほどあやかが置いたボロボロの弓。狐塚はそれを指さしながら朱音の問いに答えた。


「ウチのスキルを……? 効果あるん?」

「問題ありませんよ。ちゃんといますから」

「意味深やねぇ……ま、とりあえず試してみるなぁ」


 朱音は、路面に鎮座する木弓へと目を向けた。

 少しの間それを睨むように見つめた後、ゆっくりと彼女は呟いた。


『確かに、発動条件は満たしてるみたいや──【祝福の花園】』


 その瞬間、琴音たちの立つ路面が大きく揺れ動いた。


「んん……あれ、いつの間に……ってなんやこれ地震かっ!?」


 ちょうどそのタイミングで虎太郎の意識が戻るも、揺れ動く地面に驚いて飛び上がった。


「おっと岸辺さん、そこは危ないですよ。こちらへ退避してください」

「はえぇぇ? なんで狐塚さんがここに……のわあっ!?」


 揺れる大地。なぜか現場を訪れた上官。

 情報量の多さに混乱する虎太郎。そんな彼の足元がうねったかと思えば、次の刹那には巨大な木の根がアスファルトを突き破った。


「なんやえらい事になったなぁ……」


 次々と路面から伸び出る樹根を眺めて、朱音はぽつりと呟いた。

 樹根は路面に安置された木弓を飲み込むと、天を目指して伸びていく。

 その過程で他の根と絡み合い、折り重なり、やがては極太の幹となった。


 天高く聳え立つ大樹。

 その、いたるところから枝が伸び、青々とした葉が宵空を覆った。


「これが世界樹っ……!」


 神秘的かつ圧巻の光景を目の当たりにして、琴音は驚きを隠せなかった。


「……なんだよアレ……デカすぎだろ!?」

「誰かのスキルなのか?」


 彼女だけではない。超高層マンションほどもある巨木の姿は、防衛作戦に参加した全ての冒険者や近隣住民の目に留まり、各々を驚かせた。


「すごい量の〝理力〟アルカナ……私に、制御できるのかな」

「申し訳ありませんが、やってもらうしかありませんねぇ。なにせ我々の命運がかかっていますから。──ほら、来ましたよ」


 琴音たちが世界樹に驚いている間に、スルトは次の砲撃を放とうと構えていた。


「……っ!」


 あやかの心が固まるのを待たずして、魔力砲は容赦なく撃ち放たれた。


「お願い……【世界樹ユグドラシル】っ!」


 咄嗟に、あやかは叫んだ。

 今は迷っている時ではない。とにかく、この場を、みんなを守らなければならない。

 そんな想いが、彼女を行動させた。


 ──その叫び声に呼応するように、世界樹がその葉に光を灯す。


「実に素晴らしい……!」


 結論から言えば、スルトの攻撃は琴音たちに届かなかった。

 ひとたび降りかかれば、生命もろとも大地を焼き尽くすであろう破壊の光。

 そんな絶対的な攻撃は、彼女らの下へ届くことも無く。

 まるで霧散するように消えていった。


 ──世界樹が生み出した、光り輝く障壁によって。


「良かった……間に合った……」


 無事に攻撃を防ぐ事に成功したあやかは、ほっと胸を撫で下ろした。

 その傍らでは、琴音と朱音が唖然とした様子で世界樹を見上げている。


「これが世界樹の能力……見たこともない防御魔法や」

「……いや、魔法とちゃうで。あの障壁を紡いでるんは魔力やあらへん。あれはどちらかと言えば魔素……いや、もっと根源的な何かや」

「どういうこっちゃ? ウチには何も感じ取れんけど……虎太郎はどうや?」

「琴音ちゃんがわからんのに、俺がわかるわけないやろ……」


 魔法系統の天職持ちが引き起こす超常的な能力。

 そのリソースとなっているのは〝魔力〟と呼ばれるエネルギーである。

 その魔力もダンジョンを満たす〝魔素〟に由来するというのが現在の通説で、魔獣は主に魔素をリソースにしていると言われている。

 魔力と魔素──どちらもダンジョンや天職と呼ばれる存在が一般的となった現代では当たり前の存在。しかしながら、この世界樹が生み出した障壁には、そのどちらも含まれていなかった。


「仕方がありませんよ。人族ヒュムには、理力アルカナを視る機能が備わっていませんから。ですが、亜人ヒュムノス──それも霊狐族フォクシーとして生まれ変わった朱音さんなら多少は感じ取れるのでしょう」


 狐塚は説明になっていない説明をしながら、その視線を大樹へと向けた。


「……目にしたのは何十年ぶりでしょうか。相変わらず興味が尽きませんねぇ」


 神々しい輝きを放つ枝葉。それを見て彼は満足そうな表情を見せた。

 そして周りが聞き取れないほどの小さな声で愛おしそうに吐露する。


深緑の賢者ケントニクスの遺物──いえ、と表現すべきでしょうか。錬金術を嗜む身としては、是非とも製造法を解明したいものです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る