【奇術師の杖】

「……来るで」


 朱音が静かに告げる。人型魔導機械ゴーレムが充填を終えたようだ。

 彼女ら──いや、街へと向けられた巨砲。その砲口から巨大な閃光が迸った。


「今や! 頼むでアホ!」

『……【深淵の魔鏡ディボス・ミラ】』


 時を同じくして詠唱を終えた不死の大魔導士エルダーリッチは、骨だけになった手を魔法陣に向けてかざした。すると魔法陣は、途方もなく巨大な鏡へと姿を変えた。


 魔鏡は、放たれた砲撃を真っ向から受け止めた。

 降りかかれば、人はおろか街ですら一瞬で熔解させてしまうほどの膨大な魔力。

 それを魔鏡は飲み込むように吸収していく。

 まるでご馳走を喰らうかのように、いとも容易く。


「そのどデカい魔力──そっくりそのままお返ししたるわ! 不死の大魔導士エルダーリッチ!」


 やがて充填した魔素が尽き、砲口から伸びる極太の光が収束していく。

 莫大なエネルギーを吸い込んだ魔鏡は、その表面に赤黒い稲妻を帯びていた。


 鏡に十分な魔力が溜まったのを確認したあと、不死の大魔導士エルダーリッチは静かに次の言葉を紡いだ。


『……【解放リバルス】』


 その刹那、魔鏡から極太の赤黒い光が放たれる。

 全てを滅ぼす魔光が、人型魔導機械ゴーレムの巨躯を包み込んだ。


「うっ……」

「琴音っ」


 琴音が額を抑えながらふらつく。魔力を急激に消費したため、気分が悪くなったのだ。

 そんな彼女の身体を、朱音が抱きとめた。


『……』


 主人の魔力が底を尽き、存在を維持できなくなった不死の大魔導士エルダーリッチは、無言のまま砂塵となって消えていった。


「う、うちは大丈夫や。それより……やったか?」


 ある種の期待にも近い言葉を吐露しながら、琴音は川の向こう──人型魔導機械ゴーレムへと顔を向けた。しかし、彼女の目に映ったのは衝撃的な光景だった。 


「嘘やろ……アレを食らって平気なんか……」


 あろうことか、人型魔導機械ゴーレムは平然と大地に立っていた。

 多少、外装に傷はついている。しかしながら、その機能を停止させるほどの損壊は見当たらない。ほぼ無傷と言っても過言ではない状態だった。


「琴音……もう逃げるしかあらへんわ」

「せやけど、そしたら街が……」


 背後では住民らが避難を開始していた。しかし、その数は疎らだ。

 というのも今が真夜中だからだ。本来ならば就寝している時間帯であるため、住民たちも動き出すのが遅れていた。


「……残念やけどウチらが抗ったところで、あの攻撃は止められへん。再充填をし始めた今がチャンスや。虎太郎連れて基地まで戻ろう」


 朱音は撤退を促したが、彼女は首を縦に振らなかった。


「……いや、まだや。【月の雫】で魔力を回収すれば……」

「琴音……」


 諦めたら、どうせみんな死ぬ。

 ならば、魔力を掻き集めて抗ったほうがマシじゃないか。

 自分にはそれを可能とする固有スキルがあるのだから。


 そんなふうに考えていた、その時。

 彼女の背後から耳慣れた声が響いた。


「いやはや──お待たせしてしまって申し訳ありませんねぇ……」

「み、皆さん、遅れてしまってすみません……!」


 呑気な謝罪と共に姿を見せたのは、狐塚だった。

 その後ろには、ボロボロの木弓を担いだ少女の姿もあった。


「は? オッサン!? 何しにきたんや!?」

「何しにって救援に決まってるじゃないですか。こう見えて私も天職を持っていましてですねぇ……それも上級天職なのですよ。驚きましたか?」


 何とも緊張感の無い受け答えをする狐塚。しかしながら、彼の細い目は人型魔導機械ゴーレムの巨躯を真っ直ぐと見据えていた。


「〝スルト〟ですか。せっかく馬原さんが倒してくれたというのに、もう再生リポップしてしまったんですねぇ……しかも、改良されているとは運が悪い」


 この魔獣の名はスルト。かつて馬原賢人がB級ダンジョン【鋼鉄要塞アイアンクラッド】で遭遇して撃破した超大型ゴーレムと同一の存在であった。


 ボス魔獣というのは一定時間が経てば復活する。不思議な事にダンジョンには魔素をリソースに、守護者たるボス魔獣を修復する機能が備わっているのだ。

 無論、ダンジョン内の魔素濃度が上昇すれば復活に要する期間も短縮される。上昇し続ける東京周辺の魔素濃度によってスルトは早々に復活を遂げていた。

 それも、彼が戦ったときよりも格段に強化されてだ。


「運が悪いで済むレベルちゃうやろ……それよりオッサンはアレをどうにかできるんか?」


 琴音が視線で指し示す先は、魔素が収束して煌々と光を放ち始める砲口だ。

 先ほど放った極大の魔力砲、その第二波を放つ準備が着々と進んでいた。


「ふふ、残念ながら私には倒すことができませんねぇ」

「何で来たんやっ!?」


 思わず琴音がツッコミを入れた。

 たとえ非常事態であってもツッコミは欠かさない。それが関西人なのだ。


「いやはや……ですが、ご安心ください。当たらないだって、そこにはあるのですから」


 琴音の厳しいツッコミを気にする様子もなく、狐塚は胡散臭く笑ってみせた。


「そうですねぇ。まずは砲身を傾けてみましょうか──【究極錬成アルス・マグナ】」


 そう言って彼は、指を鳴らす。

 その次の刹那、スルトの足元から巨大な石柱が迫り上がった。

 石柱は周囲の瓦礫を取り込みながら伸び続け、スルトが構える砲腕に直撃する。


 金属と岩がぶつかる鈍い音。その衝撃で砲身がほんの少しだけ上を向いた。

 

 ──その直後だった。


 全てを灰燼へと変える砲撃が、スルトの砲腕から放たれたのは。


「朱音っ……!」


 咄嗟に琴音は朱音を巻き込むようにして身をかがめる。

 スルトの砲撃の前では全く意味のない行動だったが、それでも反射的にそうしていた。

 轟音と光が周囲を包み込んだ。


「もう大丈夫ですよ──どうやら外したみたいですから」


 だが、いつまで経っても琴音たちの身が吹き飛ぶことはない。

 しばらくして代わりに聞こえたのは、狐塚のそんな言葉だけだった。


「いったいどうなっとるんや……?」


 伏せていた顔を上げ、琴音が不思議そうに呟く。

 すると狐塚はまたもや胡散臭い笑みを見せた。


「あれだけのエネルギーですからね。少し傾ければ、反動で砲身が跳ね上がる可能性は十分にあります。私はただ、それにしただけです」


 起こり得る、ありとあらゆる可能性を切り開く力。 

 それこそが狐塚の持つ固有スキル【奇術師の杖ナンバーズ:ファースト】の能力だった。

 彼は錬金術による直接的な干渉で状況を変化させて、その可能性を高めたのだ。

 敵の砲撃が大きく外れる奇跡のような可能性に。


「ふぅん……非戦闘用のスキルも使いようってわけやね。狐塚はんも、なかなかやるやないの」

「くくくっ、そう言って頂けると大変光栄ですねぇ! 実はこれでも一度、世界を救った事がある身でしてね。ただの公務員というわけでもないのですよ……!」


 朱音の評価に、狐塚は機嫌を良くしたのか。

 狐塚はより胡散臭く、それでいて少し気持ちの悪い笑みを見せた。

 そんな彼に琴音が怒鳴るように言う。


「いやいや! そんなドヤ顔しても根本解決になっとらんがな! そもそも一回だけならウチかて防げたっちゅうねん! あのゴーレムを見てみぃ! ルンルン気分で次の攻撃準備しとるがなっ!」


 彼女の指差す先には、次なる攻撃準備に入ったスルトの姿。

 このゴーレムには無尽蔵に魔力を生み出す機関が搭載されている。

 つまり、いくら攻撃を防ごうとも相手が電池切れになる事はないのだ。


「まぁまぁ、落ち着いてください。きちんとその辺りも考慮しておりますから。それでは頼みますよ、東條さん」

「は、はい! が、頑張ります!」


 狐塚に促されて前に出たのは、古ぼけた木弓を担いだ少女──東條あやかだ。

 彼女は担いでいた弓を構えるどころか、アスファルトの上にそっと置いた。


「その弓置いてまうんか……? 次は何をする気なんや」


 不審そうに呟く琴音に、狐塚は嬉しそうに答えた。


「今からここに──を生やします」

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