超絶魔神機兵〝グレートマシンギガース〟

 星奈たちがアメリカに到着した頃。

 東京都と神奈川県の境目である多摩川戦線では、いつものように魔獣駆除が行われていた。


「あーもう! なんでウチらがこんな事せなあかんねん!」


 死霊術スキル──【魂喰らい】を放ちながら、如月琴音は毒づいた。

 彼女の短杖から放たれた髑髏は、川を渡ろうとしたハイオークの生命を次々と刈り取っていく。


「仕方あらへんやろ。星奈ちゃんらは今頃アメリカなんやから。SS級が抜けた分、俺らがしっかりカバーせな」

「せやかて、こんな真夜中に出動させるか? 普通。アンタはともかく、ウチと朱音は未成年なんやで!?」

「まぁまぁ今は我慢してーな。ほら朱音ちゃん……じゃなかった、今は琴音ちゃんか。ワーウルフの群れが来とるで」


 琴音を嗜めながら、虎太郎はとある方角を指差す。

 そこには数十匹のワーウルフが、猛然とこちらに向かってきていた。


「うわ、めんどく……あれくらい、アンタ一人で十分やろ。後は任せたで」

「琴音ちゃん、本音を全く隠しきれてへんがな……まぁ、ええけど」


 ワーウルフの処理を丸投げされた虎太郎は、取り出した大型の手裏剣を勢いよく投げ放った。

 回転する刃は、弧を描きながらワーウルフの群れへと飛来する。


「【投擲術】? あほかっ! なんで群れ相手にそんな単発スキル撃つねん!」

「ちゃうちゃう。忍者がそんな芸のないことするかいな。よう見ててみ、忍法──【影鼬の術】」


 答えながら虎太郎は、素早く九字印を結んだ。

 すると放たれた手裏剣が無数に分身。ワーウルフの群れを次々と切り裂いた。

 魔獣を一掃した後に手裏剣は、ブーメランのように旋回しながら虎太郎の方へと戻っていく。彼はそれを難なく掴み取った。


「ほい、いっちょ上がりっと。……どや? これが忍法や」

「あー、せやな。そのムカつくドヤ顔以外はバッチリや」

「あっはっはっ! 相変わらず琴音ちゃんは俺に厳しいなぁ! いやでも、そこが琴音ちゃんの可愛いポイントやからな……俺は許すでぇ!」

「キモっ……寒イボ立ったわ」


 散々な言われようだが、特に気を落とす様子もなく、虎太郎はヘラヘラと笑った。

 そんな彼の肩に一匹の黒い鷹がとまった。

 虎太郎は黒鷹と何か意思疎通を図るような素振りを見せた後、朱音に声をかけた。


「朱音ちゃん狙撃いける? 2キロ先、ドラゴンが飛んでるみたいやわ」


 実はこの黒鷹は虎太郎が忍術スキルで喚び出した従魔である。彼は従魔を通じて周辺の情報を得ていた。


「えぇ、めんどく……虎太郎なら何とかなるやろ」

「二人とも本音隠せてへんがな! いや、流石に2キロ先は無理やて!! ほら、はよせんと! 向こう守っとる冒険者に被害出てまうって!」

「ほな、しゃあないなぁ」


 虎太郎に急かされ、朱音は渋々弓を構えた。

 ゆらゆらと尻尾を揺らしながら、弓を引く。

 ただし、そこに矢は無い。【魔砲手】の天職を持つ彼女が、弓で放つのは魔力だ。


「【天之加久矢アメノカクヤ】」


 甘く吐露するように。彼女はスキルを発動させる。

 その刹那、白く輝く閃光が夜空を切り裂いた。


 彗星の如き勢いで突き進む光の矢は、寸分の狂いもなく飛翔する竜の頭蓋を貫いた。


「おぉ、この距離から竜種を一撃で……朱音ちゃん、弓の腕前上がったんちゃう?」


 手を額にかざしながら虎太郎が、そんな感想を漏らす。

 すると勝ち誇った顔を見せたのは琴音の方だった。


「ふっ、朱音は元々すごいんや! 今まではウチのせいで魔力を使い切れんかっただけや!」

「なんで琴音ちゃんがそんな自慢げなんや……まぁええけど」



 それから三人はしばらく討伐を続けた。

 彼らの仕事は〝聖石〟と呼ばれる魔道具の換装が終わるまでの間の防衛だ。街灯に似たポールが20メートル間隔で東京都を囲うように設置されており〝聖石〟はそこに取り付けられていた。

 この魔道具には【聖域サンクチュアリ】の魔法が付与されており、内部の魔力が続く限り、魔獣を寄せ付けない効果があった。

 魔獣がダンジョンにしか出現しなかった頃はほとんど需要の無いマイナーアイテムだったが、魔獣が地上に現れた現在では国防に欠かせない存在だった。


『D3地点からF25地点までの取替え完了です。防衛班の皆さんお疲れ様でした』


 ひと通り討伐を終えた頃に、任務終了を告げるアナウンスが入った。

 アナウンスと言っても魔法によるもので、聞こえているのは防衛任務にあたる冒険者だけだ。


「おっ、今日のお仕事はもう終わりみたいや。いやぁ、思いのほか疲れたなぁ。はよ帰って──」


 虎太郎はそう言いながら背筋を伸ばそうとした──その次の瞬間、地響きと共に地面が揺らいだ。

 地震大国である日本で、この程度の揺れは珍しいものではない。

 付近に住む住民たちは、軽い地震でもあったのかと呑気に思っていることだろう。


『緊急連絡! 緊急連絡! 大型魔獣の出現を確認! SS級相当の魔素量です! B級以下の冒険者は速やかに撤退の上で、近隣住民の避難誘導にあたって下さい!』


 しかし、防衛任務にあたっていた冒険者たちはそうではない。

 彼らは皆一様に慌ただしい雰囲気を見せていた。

 なぜなら彼らはその目で確認しているからだ。


 多摩川を挟んだその奥、東京の地に佇む。

 とてつもなく巨大な人型魔導機械ゴーレムの姿を。


「なんや、どデカいのが湧きよったなぁ……こりゃ残業確定やで、琴音ちゃん」

「あぁ、わかっとる……わかっとるけど……あんなもんどないすんねんっ!?」


 呑気な虎太郎の言葉に、琴音が怒鳴るように答えた。

 魔法系統である彼女には、あの魔獣が持つ魔素の膨大さが見えているのだ。


「……AからS級でも束になれば勝ち目はありそうやけど、それ以前に生き残れるか怪しいわなぁ」


 焦燥する琴音とは正反対に、朱音は冷静だったが、その表情は芳しくない。

 彼女は半ば諦めたような口ぶりで、人型魔導機械ゴーレムを指差した。


「は? 嘘やろ!?」


 人型魔導機械ゴーレムは、大砲のように変形した右腕をこちらに向けていた。

 その砲身には、ゆっくりと魔力が収縮していく。同時に、人型魔導機械ゴーレムの胸元の動力源が煌々と光り輝いていた。


 あの巨砲から、いかなる攻撃が放たれるのか。

 それは考えるまでもなかった。


「琴音ちゃん、これは俺らも逃げた方がええんちゃうかな……」

「アホかっ! あんなもんブチ込まれたら逃げるどころか街ごと消し飛ぶわっ!? ああもう!」


 臆病風に吹かれた虎太郎の頭をはたきながら、彼女は【収納】ポーチから一つのアイテムを取り出した。

 カラフルな色彩に彩られた缶飲料だ。彼女はそれを開栓するや否や一気に飲み干した。


「ぷはっ!」


 空になった缶を投げ捨て、彼女は詠唱の言葉を紡いだ。


『死よ、我に跪け。我は冥府を統べるもの。我は輪廻に逆らうもの……死よ、我に跪け、我が名は【冥界の女王ヘカテー】』


 詠唱を終えた彼女の影から、豪華な魔法衣ローブを身にまとった骸骨スケルトンが飛び出した。

 この、如何にも魔術に長けてそうな見た目をしたアンデッドは、不死の大魔導士エルダーリッチという。

 琴音が使役できる最上級のアンデッドであり、切り札でもあった。


不死の大魔導士エルダーリッチ……琴音ちゃん、魔力持つんかいな!?」


 彼女が召喚したアンデッドを見て、虎太郎が心配そうな顔を見せた。

 それもそのはず。琴音の死霊術は、基本的に維持するための魔力消費が激しいからだ。

 しかも、今回喚び出したのは最上位クラスのアンデッド。

 その魔力消費量は下級のスケルトンとは比べ物にならない。


「はっ、持つわけないやろ! ウチの死霊術は燃費悪いねん!」

「はいぃ!? ほな、なんで喚んだんや!?」

「別にアテが無いわけちゃうからな──せやから、ちょっとで!」


 そう言ってから琴音は、虎太郎の腕を掴んだ。


「……へっ? なん……?」


 その瞬間、虎太郎は意識を失ってその場に崩れ落ちた。

 さらには、琴音の周囲にいた他の冒険者たちも次々に意識を失って倒れていく。


 琴音の固有スキル──【月の雫ナンバーズ:エイティーン】が、周囲の人々から生命力を奪い取ったのだ。

 そして吸収した生命力は、彼女の中で魔力へと変換されていく。


「あんま吸い過ぎんようにな」

「あぁ、わかっとる。身体に影響が出えへん程度に抑えとるから心配無用や」


 そんな朱音の忠告に、琴音は真剣な面持ちで頷く。

 それから彼女は短杖を指揮棒のように振るいながら不死の大魔導士エルダーリッチへ指示を下した。


「あんたが使える最大の防御魔法を展開せぇ! 対価は──うちの魔力全部や!」


 琴音の言葉に髑髏の魔術師はこくりと頷くと、日本語とは異なる言語で詠唱を始めた。

 同時に、多摩川の上空に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

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