第29話

 俺は眼前にそびえ立つ超魔神機兵マシンギガーススルト──もといの姿を見上げた。

 その姿はロボアニメに出てきそうな機体そのものだ。

 闇のような漆黒の装甲で全身を覆われているが、至るところに赤く煌めくラインが入っていて、ぶっちゃけカッコイイ。

 主人公じゃなくて二枚目キャラが乗ってる機体って感じが、物凄く男心をくすぐるのだ。


 瑠璃子曰く、このダンジョンのゴーレム達は要塞都市を建造しているとの事だったが、その実、あの機体を建造していたわけだ。

 極秘裏に開発された強機体とかまさに浪漫。


(──もしかして魔獣使いの天職なら、こいつに乗れる? ならば生かして……)


 そんな邪念が脳裏をよぎった。

 いかんいかん。こいつは倒すべき魔獣なのだ。余計な事は考えるな。


「……パイセン、今どうでもいいこと考えてるっすね」


「ななな、何を言ってるんだ星奈! どうでもいいことじゃない! これは漢の浪漫だ!」


「やっぱ考えてるんじゃないっすか! どうせあのロボに乗りたいとか考えてたっすね!?」


 うげ、完全に俺の思考を読んでやがる。

 そろそろコイツは超能力者認定していいんじゃないだろうか。

 

「お主ら何を遊んでるのじゃ……。ほれ、そろそろ敵が動き出すぞ」


 ユーノに言われて視線を戻すと、巨大ロボが轟音を響かせながら動き出していた。

 巨大さ故に動きはやや緩慢である。とはいえ、その質量の大きさからすれば比較的速い方だった。


「あいつ、何する気だ?」


 よく見ると巨大ロボは右手に何かを手にしていた。

 機体と同じ色をした棒状のそれを、まるで剣の如く構える。次の瞬間──


 ──ブォォンッ!!


 独特の音が空間に響くと、手にした棒状の何かから真っ赤な光が立ち昇った。

 その形状、その光を俺は


 ──ビー以下自重。

 或いはライト以下自重とも呼ばれる、光の剣。


「お、おい……嘘だろ、あれって……」


「……わかっておる。スキル欄に不穏な文字が見えていたが、どうやらあれがそうみたいじゃ。──あれが【魔光粒子剣レーヴァテイン】全てを燃やし尽くす終焉のつるぎじゃ」


「え? い、いや、そうじゃなくて……」


「皆まで言うな、わかっておる。あの膨大なエネルギーを維持する為にあやつは『二重魔炎炉デュアルジェネレートシステム:ムスペルヘイム』を搭載しておる。これは第二の太陽とも呼べる半永久機関。こいつがある限り、あのスキルは無制限に使用できるのじゃ」


「いや、解説はありがたいがそうじゃなくて! あれって、だよな!? どう見てもビ──!」


 そこまで言いかけたところで、俺の背中がぽんぽんと叩かれた。

 見れば、星奈がいつになく優しい瞳でこちらを見ていた。


「パイセン、もうやめとくっす。それ以上はアウトっす」


「星奈……悪いな、ちょっと取り乱しちまったみたいだ。お前のお陰で俺は一線を超えずに済んだ。──ありがとうな」


「──別に良いっすよ。お互い様っすから」


 深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 星奈には感謝しないとな。

 危うく敵のペースに持っていかれるところだった。


「……い、いったい何を見せられているんでしょうか?」


「知らん……」


 後ろで瑠璃子とユーノがポツリと呟いたが、俺は気にしないことにした。


「とりあえず、あの光剣を食らったらひとたまりもないな。星奈、【加速ヘイスト】を頼む」


「りょっす。──【加速ヘイスト】」


 星奈のスキルによって、パーティー全員の敏捷ステータスが上昇した。

 これで瑠璃子やユーノといった後衛陣も、【魔光粒子剣レーヴァテイン】を回避しやすくなるだろう。いくら瑠璃子の防御系魔法が優れているとは言え、あんな剣まともに受けるのは危険だしな。


「さて、壊すのは惜しいが、これも仕事だからな。──本気でぶん殴るぞ!」


 言葉と同時。俺は疾駆した。

 持ち前の敏捷ステータスと【加速】スキルによって巨大ロボにぐんぐんと近付いてゆく。


『まずは装甲を剥がさんとな。──いでよ【闇冥ボアズ】、【光輝ヤヒン】』


 背後でユーノが魔法を発動する声が聞こえた。

 ちらりと見れば、彼女の両サイドには体格に釣り合わない巨大な砲塔が出現していた。

 彼女の右側には漆黒を基調とした禍々しいゴシックデザイン。対する左側は純白を基調とした高貴なゴシックデザインだ。

 それら二対の砲塔が巨大ロボへと照準を定める。


『【混沌魔咆ケイオスカノン】ッ!!』


 轟ッと爆音が響いた刹那、光と闇の魔力を纏った砲撃が俺を追い越し、──巨大ロボの胸部へと炸裂した。

 相変わらず凄まじい火力である。

 攻撃魔法というのは、使用者が込めた魔力に応じて威力を増大させる。

 レベルが高く豊富な魔力ステータスを持つユーノだからこそ放てる威力だった。

 通常の魔獣であれば、骨も残さず消し飛んている事だろう。だが──


「あの威力を食らって、この程度なのか……」


 漆黒の装甲は、若干損耗した程度だった。

 特大の魔法攻撃でそれなのだ。

 俺の物理攻撃なんぞ、結果が目に見えていた。

 だが、それでも俺は疾駆する足を止めなかった。


『【戦神の刻印】!』


 瑠璃子の澄んだ声が響き、俺の身体に力が湧き上がった。

 そのまま俺は高く跳躍して、先ほどユーノが狙った部位──巨大ロボの胸部へと渾身の一撃を叩き込んだ。


 ──ガァァンッ!!


 分厚い鐘を鐘木しゅもくで突いたような音が響いた。

 流石に硬い。恐らく大したダメージは通ってないだろう。


「ヒビすら入らないか。まさしく鉄壁だな」


 強打した際の反発力を利用して俺は後方に下がった。


『──敵性行動を確認。対神魔終焉機構ラグナロクシステム……起動。【魔光粒子剣レーヴァテイン】を行使します』


 機械的なアナウンスが流れる。

 といっても知性があるわけではなく、プログラムに従ってメッセージを再生しているようだった。

 仰々しい音声アナウンスと共に、巨大ロボが反撃の一振りを繰り出す。


 ──ブオォーンッ!


 独特の風切り音を鳴らしながら、【魔光粒子剣レーヴァテイン】が振り下ろされた。


「でかいのが降ってくるぞ! みんな避けろ!」


 声をかけると同時、俺は回り込むように走って迫りくる光剣を避けた。

 光の粒子が床の鉄壁を熔かし削り、果てにはその下の大地すら抉り取った。

 凄まじい破壊力である。


 ──ブォンッ!!ブォンッ!!


 攻撃が命中しなかった事を認識した巨大ロボは、大地に刺さった光剣を引き抜くや否や、再度俺たちを狙って光剣を振りまわし始めた。


「なんという威力じゃ……!」


「デタラメ過ぎっすよ! こんなの擦るだけで炭になるっす!」


 大地に刻まれる、いくつもの爪痕。

 高温によって溶融した岩石はガラス化し、その爪痕を漆黒に彩った。


「【加速ヘイスト】のお陰で避けるだけなら苦労しないが、こちらも有効手段が無いのが痛いな」


 光剣の軌道を注視しながら俺は呟いた。

 あまり状況は芳しくない。

 ユーノ曰く、相手はエネルギーを無尽蔵に生み出せるそうだからな。

 持久戦となれば、俺たちの方が不利なのは明白だった。


『くっ……【混沌魔咆ケイオスカノン】ッ!』


「【幻影飛剣ファントムエッジ】っす!!」


 遠距離攻撃が可能な星奈とユーノが、巨大ロボの光剣を避けつつ応戦する。

 だが、巨体が纏う漆黒の鎧には全くと言っていいほどダメージが通らなかった。

 弱点は内部の魔石。それは先の魔鋼機竜マギアドラゴン戦で理解していた。


(──問題は弱点部位にどうやって攻撃を与えるかだ)


 俺は縦横無尽に動きながら思索を巡らせた。その時だった。


 ──シュゴォォォ!!


 突如として巨大ロボの装甲から水蒸気のような物が噴出した。

 ちょうど赤いラインが入っていた箇所が可動し、排気口のようなものが顔を覗かせていた。先ほどの水蒸気はここから排出されたようだ。

 同時に光剣を振り回していた巨大ロボがその動きを止めた。


「な、なんでしょう? 突然動かなくなりました。故障したんでしょうか?」


 その様子を見て瑠璃子が怪訝な表情で呟いた。

 きっと彼女には、このロボが起こした行動の意図が読み取れないのだろう。


「はは……そういう事かよ! 違うぞ、瑠璃子。故障じゃない──これはなんだ!」


 だが、俺はこの行為の意図を知っていた。

 否、熱き魂を持つ男子なら、誰もが理解できるだろう。

 高いスペックを持つマシンに必ず生じる課題。


 ──そう、コイツにはなのだ。


二重魔炎炉デュアルジェネレートシステム:ムスペルヘイム』とやらが生み出す無尽蔵のエネルギー。それを利用した【魔光粒子剣レーヴァテイン】の爆熱は、敵を焼き尽くすだけでなく、をかけていたのだ。

 ──それも戦闘中に停止して冷却せねばならぬほどに。


「なるほど……そういうことっすね!」


 星奈もどうやら勘付いたらしい。流石の洞察力である。


「あの馬鹿デカい光剣を生み出す動力にはデメリットがある! アイツは定期的な冷却が必要なんだ!」


 俺はみんなに向けて叫ぶように言った。


「──全員であの排気口を狙うぞ! 分不相応な爆熱パーツを搭載した事を後悔させてやるぞ!」


「りょっす」「わ、わかりました!」「了解なのじゃ!」


 みんなの返事を合図に俺は疾駆した。


『ガガッ……既定値以下の温度を確認、冷却モードを完了します』


 その巨躯の足元へとつく頃には、ちょうどスルトが冷却行動を完了した所だった。

 展開していた排気口が装甲によって閉じてゆく。


「そこが可動部位か──【流星ながれぼし】ッ!」


 俺はステータスをフルに活用して跳躍し、杖術スキルを発動した。

 狙うは左肩の排気口を覆う装甲、その可動部位。

 装甲そのものを破壊できずとも、可動ギミックを搭載した事により脆弱になった箇所を破損させて動作不良を引き起こすだけの攻撃力はあった。

 

 ガキンッと嫌な音が響いた。

 確かな手応え。これでこの箇所の冷却機構は正常に作動しないだろう。


『【混沌魔咆ケイオスカノン】ッ!』


『【破魔矢ディバインアロー】!』 


 続いてユーノと瑠璃子が魔法を放った。

 ありったけの魔力を込めたのだろう。極大の槍と化した光の矢と、光と闇の混合砲が閃光を迸らせながら突き進む。

 二人の放ったそれは、俺の反対側、右肩の装甲の可動部へと轟音と共に直撃した。

 それによって排気口を覆う装甲部分が大きく歪んだ。恐らくだが、これでこの装甲は開く事ができまい。

 

「──【幻影飛剣ファントムエッジ】」


 今度は星奈がスキルを発動した。

 彼女の周囲に魔力の短剣が浮かび上がる。その数は100を超えていた。

幻影飛剣ファントムエッジ】は、込めた魔力に応じてその本数を増大させる特殊なスキルだ。彼女もまた、自らの攻撃力を補うために大量の魔力を使ったのだろう。

 夥しい数の魔力短剣は、もはや投擲の域を超えて重火器にも等しい。


「──超連射フルバーストっすッ!!」


 星奈の号令と共に、巨大ロボの左脚部の排気口目掛けて短剣の嵐が吹き荒れた。

 一本一本は弱くとも、これだけの数で同じ箇所、それも可動機構により耐久性が他より落ちた部分を攻撃されれば、いやでも破損させられるだろう。

 左脚部の排気口もこれで潰した。


『──敵性行動による損傷を確認。速やかに排除します』


 巨大ロボが【魔光粒子剣レーヴァテイン】を噴出させながら、大地を薙ぎ払う。


「うおっ! あぶねーな! この野郎ッ!」


 俺たちはそれを回避しながら、さらに残りの排気口へと攻撃を続けていった。

 前面側に残った排気口や、それから後方側に存在するものまで。

 排熱するための機構と思しき箇所を、次々と破壊していった。

 一発でも当たれば一撃アウト。

 そんな緊張感が支配する中、巨大ロボとの消耗戦をしばらくの間続け──やがて。


「──機体内部の温度異常を検知。冷却モードに移行します……失敗。排熱ユニットにエラー検知……魔導回路ガ熱暴走オーバーヒート……ガガッ……危険域でス!」


 機械音声が自らの異常を告げた。

 それから完全に行動を停止し、漆黒の機体が赤々と赤熱色に変わってゆく。

 その様子を確認した後、俺は瑠璃子やユーノの傍へと戻った。


「そろそろ潮時だな。瑠璃子、ユーノ! ありったけの魔力を注いで防御魔法を展開してくれ!!」


「わかりました!」「わかったのじゃ!」


 二人は息を揃えて返事をした後、杖を前方へと構えた。

 刹那、光の盾が俺たちを包み込む。


『『──【天聖盾アイギス】っ!!』』


 ──その直後だった。

 

 超魔神機兵マシンギガーススルトは自らが生成するエネルギーに耐えきれず、轟音を響かせながらその巨躯を爆散させた。

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