第30話
巨大ロボを討伐したその日の午後、俺たちは管理局を訪れていた。
【
ダンジョンのボス魔獣とは基本的に魔素の条件さえ満たせば無制限に発生するのだ。
魔素濃度自体が高まっている今、時間が経てば似たような魔獣がボスとして発生するのは間違いないだろう。
無論、あのクラスの魔獣であれば、2、3日で復活とはいかないだろうから、当面安心なのは確かなのだが、それでも通常の魔獣も強化されているのでBランク冒険者が知らずに潜るのは非常に危険だった。
「では担当者を呼んで参りますので、しばらくお待ちください」
受付にダンジョンランク上昇現象について伝えると、局内の別室へと案内された。
そこは黒い革のソファがいくつか並んだ応接間のような場所だった。
多分、普段は国のお偉いさんなんかが訪ねた時に使われるのだろう。
公的機関なので超高級とまではいかないが、それなりに良い家具を置いているようだ。
先日、ゴブリンキングの魔石を大量に卸したおかげで上客扱いにでもなったのだろうか。
「おぉー! これはエルドレのラングドシャっすね! 食べていいんすかね、むぐ? もぐもぐ、いいっすよね!?」
なにやら高級そうな茶菓子を見つけてご機嫌な星奈。
いや、聞きながらも既に食べてるじゃねーか。
「せ、星奈ちゃん、勝手に食べちゃダメだと思うよー……」
「大丈夫っすよ。こういうのは食べてもらう為に置いてあるっすから……むぐ。瑠璃子も食べとくっす」
「ええっ? ……じゃあ少しだけ」
「わ、妾も食べたいのじゃ……」
仮面の奥から物悲しそうなユーノの声。
そうか、ユーノは素性を隠すために仮面を着けてて食べれないのか。
かと言って出された茶菓子をわざわざ持ち帰るのも流石に格好悪いし、諦める他無いだろう。それに今日の成果分を売り払えばいくらでも菓子なんて買えるしな。
それにしても不審な身なりだな。よくこんな姿で管理局にいったものだ。
いやまぁ、着けろって言ったのは俺なんだけどさ。
──コンコン
美味しそうに菓子を頬張る星奈たちを眺めていると、部屋の扉がノックされた。
数拍、間を置いてから一人の男性が部屋に入ってきた。
「──いやぁ、お待たせしました馬原さん!」
「あれ、
「いやだなぁ、私と馬原さんの仲じゃないですか! それに退屈な押印作業にも飽きたんでね。たまにはこういうのも良いかなと思いまして!」
仰々しい身振り手振りを挟みつつ、ニッと笑うこの男性の名は
飄々とした体格にオールバックの黒髪、細い糸目。
まさに胡散臭さを凝縮したような見た目の人物だが、正真正銘ここのダンジョン管理局の局長である。
ユーノの冒険者登録を計らってくれた人でもあった。
「それじゃ、早速ですけど報告を──」
「あぁ、細かい事はいいんです! 概要は受付の者から聞いてますから! ──なんでも【
「えぇ、あそこはもうS級くらいのダンジョンになっていますね」
S級魔獣である
「ほほう、そうなんですね。では早速、全冒険者のステータスカードへ通知を配信する手配をしましょう。後はゲートの入場制限もですね。いやはや、探索可能な冒険者がまた限られてしまいますねぇ……痛いものです」
参った、と言わんばかりに額に手を当てる狐塚局長。
国内のSランク冒険者の数が限られている以上、過度なランク上昇は魔石の供給量に影響が生じる。国にとって痛手なのは事実だ。
多分本気で困ってるんだろうけど、風貌の胡散臭さからどうも芝居がかって見えてしまうのが玉に瑕だな。
「それは、大変そうですね。気苦労、お察ししますよ」
「えぇ、そうなんですよォ! それで、馬原さんに折り入ってお願いがありましてねぇ!」
「いぃ!? な、なんでしょう?」
配意の言葉をかけるのを待ってたと言わんばかりに俺の手を掴む狐塚局長。
ニィっと胡散臭い笑顔を俺に向け、
「ダンジョンランクがS級まで上がっていたとすれば、当然、そこにいたS級以上の魔獣も討伐されてますよね? ね? ──確保された素材はぜひとも我が管理局に卸して頂けると、大変っ、助かります!」
「はぁ……元々そのつもりでしたから問題ないですよ」
「いやはや、嬉しいお言葉ですねぇ! では後ほど解体施設までご案内しましょう! いやぁ、助かりますよ! こんな異常時だというのに
俺の返事を聞いて、狐塚局長は満足そうな表情を見せた。
なんだか上手いこと乗せられた感覚は否めないが、まぁ、それはそれで彼のやり方なのだろう。
こちらとしては別に損してるわけでもないし、咎めようとは思わなかった。
「なんとまぁ、食えん男じゃな……」
そんな狐塚局長の様子を見て、ユーノがポツリと呟いた。
彼女の感覚は至って正常だろう。俺も初めてこの人と会った時は同じ感想だったし。
「パイセンちょろすぎっすよ。下手なチョロインよりちょろちょろっす。こっちが優位なんだから普通はもうちょい交渉する場面っすよ、コレ」
「だ、だめだよ星奈ちゃん! け、賢人さんには商売は向いてないんだよ、きっと!」
横で聞いていたJK二人が辛辣な意見で俺を突き刺してくる。
特に瑠璃子、なんもフォローになってないぞ、それ。
「ふふ、そちらのお嬢さん方の仰る事もごもっともですねぇ。ご安心ください。魔石の買取額は皆様の光熱費原価に影響するので交渉はお受けできかねますが、代わりに皆様のランクアップはいかがです? ご了承頂けるなら、馬原さんはSランクに、残りの方々はAランクに昇格させましょう!」
狐塚局長はそう言ってニッコリと笑った。
星奈の発言を聞いてか、それとも元々用意していた話なのかは不明だが、恐らく後者だろうな。
さっきの話にもあった通り、ダンジョンランク上昇現象の影響で魔石供給量に支障が出ている状況だ。そのため上位ダンジョン探索が可能な人材が増えるのは、管理局にとっても都合が良いのである。
「──わかりました。ではランクアップをお願いします」
とは言え、ユーノをSランクにする目的がある以上、都合が良いのはこちらも同様だ。
俺は狐塚局長の提案を聞いて素直に頷いた。
「それにしても、そんなにほいほいランクを上げてしまっていいんですか? こちらとしてはありがたいんで文句があるわけではないですが……」
「やだなぁ……馬原さんは冗談が上手いですね。君のステータスはとっくにS級なんです。私の一存で決めれるなら、とうの昔にS級に昇格させてるくらいですよ。──しかしまぁ、あまり無茶な上げ方をすると基準を決めた
「はぁ、そうなんですね」
「逆に成果さえあれば
あっけらかんと答える狐塚局長。
それもそうか。こんな人外ステータス野郎を放っておくわけがないもんな。
だが、管理局も一つの組織だ。
俺に社会人経験は無いが、何となく狐塚局長の苦労がわかる気がした。
「なるほど。色々あるんですね。──それじゃ、報告は終わりましたんで俺たちはこれで」
「──あ、少しお待ち頂けますか?」
報告も終わり退室しようとする俺を、狐塚局長が呼び止めた。
「まだ何か御用ですか?」
「実はお願いしたい事と言うのはもう一つありましてねぇ。馬原さんと……それとユーノさんでしたかね? お二人の高いステータスを見込んでのお話です」
「ぬ? 妾もかの?」
やや煮え切らない感じで答える狐塚局長。
どうやらお願いとやらは、俺とユーノの二人が対象らしい。
何事かと俺とユーノは顔を見合わせた後、視線を狐塚局長へと戻した。
「お二人には、緊急の管理局依頼を頼みたいのです。後ほど内容は詳しくご説明いたしますが、ざっくりと言えば【大神殿】に入場した冒険者パーティーの救助です。──つい先ほどランク上昇の報告がありましてね。暫定SSランクの依頼となるわけですが……」
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