第28話

「どうじゃ! 妾の【混合魔法】の威力はすごいじゃろう!」


 えっへんと慎ましい胸を張りながらユーノが駆け寄ってきた。

 装着した仮面によって表情はわからないが、声のトーンからきっと笑顔なのだろう。


「ああ、正直驚いた……」


 確かに凄まじい威力だ。まさかワンパンで沈めてしまうとは思いもしなかった。

 これが【混合魔法】の力なのか。俺も使いてえ。ここにきて魔力ゼロな事が悔やまれる。


「ぬぅ……お主の反応はそれだけかの? つまらんやつじゃ」


「ん? どういう意味だ?」


「ふんっ、わからなければ別に良い!」


 なぜかユーノは不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。

 別に悪い事は何も言ってないはずだが、何を怒ってるんだ……?


「はぁー、パイセンは相変わらずっすね」


「あははー、……仕方ないですね」


 さらには星奈は溜息をつき、瑠璃子には苦笑いされる始末。


「いったい何の話だ……」


「や、なんでもないっす。進んでライバル作るほどウチら人間できてないんで」


 何だかはぐらかされてしまった。うーん、よくわからん奴らだ。

 まあ、いいか。とりあえず魔獣の素材を回収しないとな。


「どうだ? 【収納】できそうか?」


 動作が停止した魔鋼機竜の残骸に目をやりながら、星奈に尋ねた。


「大丈夫っす。【収納上手】のスキルレベルも上がってるし、これくらい入るっすよ」


 そう言って星奈は【収納】バッグを携えて近寄ると、バッグの口を魔鋼機竜の残骸へと向けた。そしてその巨体が瞬く間にバッグの中へと吸い込まれ──


「あれ、おかしいっすね……故障?」


 バッグに付与された【収納】スキルが発動せず、星奈は怪訝な表情を見せた。

 それからふるふるとバッグを振って見せる。


「【収納】バッグに故障とかいう概念があるのか?」


「うーん、わかんないっす。……これ保証ついてるんすかね?結構高かったんすけど」


 さっぱり原因がわからず、星奈もお手上げといった具合だ。


「【収納】自体はスキルに依るものじゃから、故障なんぞありえぬ。無論保証もないぞ。しかし謎じゃな。素材となった魔獣は例外なく収納できるはずなんじゃが……」


 顎に手を当て、小首を傾げるユーノ。

 星奈も同様にうーんと気難しい表情を見せる。

 そんな中、瑠璃子がポツリと呟いた。


「素材として認識されてない──まだ生きてるって事なのかな?」


「まさか。動力部にぽっかり穴が空いちまってるんだぞ?」


 魔鋼機竜の胸部はユーノの魔法によって完全に大破していた。

 それに、眼孔に嵌った魔石は輝きを失い、機能停止しているように見える。


「瑠璃子は天然すか? そんなB級ゾンビ映画みたいなフラグ立てても、流石にもう起き上がらない──」


 そう言って星奈が肩を竦めようとした。

 

 ──カタカタカタカタカタカタッ。


 そんな音と鳴らしながら、魔鋼機竜の残骸が揺れ始めた。

 いや、残骸が揺れているというのは語弊があった。

 正確には、──この都市が揺れている。

 

「──っす? え? 何すかコレ!?」


「下がれ星奈!! 何か様子が変だ!」


 俺は咄嗟に星奈を抱きかかえ、魔鋼機竜の残骸から距離を取った。

 すると、次の瞬間にはこの要塞都市の隙間という隙間から這い出た触手のようなものに魔鋼機竜の残骸が絡め取られて、あっと言う間に部品パーツが解体されていった。


「な、何でしょうかあれは……ツタ?」


「わからぬが、動植物ではないな。ケーブルか何かじゃろう」

 

 どうやらアレは触手ではなく、ケーブルらしい。

 なんかうねうね動いてキモかったな。

 あんなのが街なかに潜んでると思うとちょっと嫌になった。


「あ、あの……パイセン、そろそろ降ろして欲しいっす……」


 抱きかかえていた星奈が顔を背けつつ、呟いた。

 いい歳してお姫様抱っこされて恥ずかしかったのだろう。耳まで真っ赤に染まっていた。


「ん? あ、あぁ! わ、悪い!」

 

 俺はそそくさと星奈を床に降ろした。

 咄嗟の出来事とは言え、自分の行動に驚きである。

 人間、危機的状況なら大概の事が出来てしまうというのは本当のようだ。

 とは言え、今になって羞恥心と緊張感がこみ上げてきた。所詮童貞野郎である。


「……二人ともイチャついとる場合でないぞ。何か来るのじゃ」


 ガタガタと揺れ続ける要塞都市。

 その揺れは徐々に強まり、それから前方にあった建物が次々と


「な、なんだ? 崩壊──いや、しているのか!?」


 周囲の建物が次々に動き、その形を組み替える。

 まるで生きているかのように、都市が、その景色を変えてゆく。

 やがて変形する建物は都市の中心部に一つのオブジェクトを組み上げた。

 

「オーケー、ユーノ。──あのの名前は?」


 出来上がった巨大な建造物──否、魔獣を呆けるように見据えて俺は呟いた。


「お主、この状況でよく冗談が言えるの……。こやつは超魔神機兵マシンギガーススルト。この世界ではまだ正しく定義されておらぬが、ランクの魔獣じゃ。悪いことは言わん。ここは素直に引いた方が良いぞ……」


 中心に佇む巨大なロボを見上げながらユーノは吐露した。

 彼女は固有ユニークスキルによって、あの巨大ロボのステータスが見えている。

 故に退却を促したのだろう。つまりそれは、眼前の敵が圧倒的なステータスを備えているという事に他ならない。


「いやもうベリーハードを超えて地獄ヘルモードっすよ。何すか、あのモビ──」


「やめとけ、星奈。俺はあの巨大ロボよりお前の発言が色々と危ういと思うぞ」


 何となくそうしなければならない衝動に駆られ、俺は星奈を嗜めた。

 それはさておき、アイツをどうするべきか。と言いつつも俺の心はほとんど決まっていた。


「ユーノ、俺のステータスならアイツを倒せそうか?」


「お主、妾の言葉を聞いておったのか? ここは素直に引いた方が良いと……」


「もちろんだ。だからこそ、唯一対抗できそうなステータスを持つ俺たちが倒さないといけないと思うんだ」


 今の所動き出す気配は無いが、あんなものがダンジョンの外に出てきたら大変である。

 既存の冒険者達で大規模なレイドを組んで討伐する手もあるが、恐らく無傷では済まない。

 それだけ強大な相手だ。逆に、一度討伐してしまえば復活までに多大な時間を要するだろう。


「──恐らく五割といったところかの。や、六割はあるかもしれん。飛び交う蝿を堕とすのが難しいように、あやつからすれば妾たちに攻撃を当てるのは至難じゃろう」


 少しの間、思索に耽る動作をした後、ユーノが答えた。


「それだけあれば十分だな。要するに──って事だろ? 瑠璃子は距離を取って自己防衛と支援に注力してくれ。星奈は遠距離から投擲スキルで魔石狙いだ。多分アイツも動力となっている魔石があるはずだからな」


「は、はい! 了解です!」


「うぇー、マジでやるんすか……てかパイセンそういうフラグ立てるのやめてもらっていいっすかね」


 緊張を含みつつ、快活に返事する瑠璃子と、心底嫌そうな星奈。

 二人の声を背で聞きつつ、俺は改めて杖を構えた。

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