第27話
ダンジョンの内部は圧巻だった。
錆びた鉄の匂い。立ち込める水蒸気。何かの機械が作動する音。
この景色を形容するならスチームパンクという言葉が最適だった。
ダンジョンに広がる鉄の要塞都市。それがここ【
「これだけの建造物がありながら、これまで知性ある存在が見つかってないとはな」
継ぎ接ぎに溶接された鉄板の床を靴底で鳴らしながら俺は吐露した。
「これらの建造物や加工用の機械は全てゴーレムが作ってるそうです。ただ、意思を持って製造してるわけでなく、何かのプログラムに従うように機械的に製造してるらしいですね」
後ろから瑠璃子が説明してくれた。
本当に彼女は冒険者に関する知見もあって秀才そのものだ。
「そうなのか。詳しいな瑠璃子」
「えへへ、お役に立てて何よりです! と言っても教科書の受け売りですけどね」
にこっと笑う瑠璃子。
褒められたのが嬉しかったのか、ちょっぴり胸を張っていた。
そのおかげて豊満なお胸がたゆんたゆん。
清純可憐なデザインの司祭服とのギャップが堪らなくエロティックである。
他二名は幼児体型だからな。瑠璃子の存在は何より希少なのだ。
──カツンッ!
そんなエロ親父さながらの思考に耽っていると、脇腹に違和感。見れば、ジト目の星奈が無言で俺の横っ腹にナイフを突き立てていた。
「あの、星奈さん? なぜ俺を刺そうとしてるんでしょうか……?」
「なんかムカつく思念を感じ取ったっす。盗賊のカンで。……でも駄目っすね。パイセン硬すぎてウチの攻撃力じゃ刃が通らないっす」
──カツンッ!カツンッ!カツンッ!
なんとか刺そうと繰り返し刃を突き立てる音。
怖い怖い怖い怖い怖い!
「いやいや、盗賊のカンとやらもそこまで行くと怖ぇえよ! てか俺じゃ無かったらサクッと死んでるからな!? な? もうやめとこ? 普通に怖いし」
「妾が代わろうかの? 固有スキルの演算によれば、致命傷とはいかんが刺し傷くらいなら妾の攻撃力でも作れるみたいじゃ」
「悪かった! 謝るからそんな事でスキルを活用しないでくれ!」
俺は渾身の土下座を繰り出した。
こういう時は素直に詫びるに限るのだ。
「ちっ、仕方ないっすね」
「詫びとして帰りにプリン買うのじゃぞ」
俺を見て二人は吐き捨てるように言った。
なんて理不尽な奴らだ。
思想くらい俺の自由にさせて欲しい。
「っと、冗談はさておき。──敵の気配っす」
冗談で人を刺さないでくれ。
と言う願いにも近いツッコミは後回しにして、どうやら星奈の【気配察知】に反応があったようだ。
彼女の言葉を受けて俺たちはすかさず臨戦態勢を取った。
それからしばらくして。
──ガシャン!ガシャン!
金属同士の擦れる音が鳴り響く。
振動と共に揺れる足元。そいつはゆっくりと俺たちに近付いてきた。
「こいつはすげえな」
目の前には巨大な竜が居た。
その鱗も、その牙も、何もかもが鋼鉄で作られた機械仕掛けの竜。
そいつは魔石で出来た無機質な瞳をこちらへ向けていた。
「オーケー、ユーノ。この魔獣の名前は?」
「……妾を某AIアシスタントさんみたいに扱うでない。全く、緊張感の無い男じゃの。──こいつは
「……B級ダンジョンで初遭遇した相手がS級魔獣とはな。ここもダンジョンランクが上昇してるとみるべきだな」
「脳筋仕様のパイセンはともかく、いきなりベリーハード過ぎるっすよ……」
こんな見るからにラスボス感を醸し出す魔獣が、スライムの如くダンジョン内を闊歩してるとはな。普通の冒険者からすれば悪夢でしかないだろう。
「星奈は絶対に近接スキルは使用するなよ。それから瑠璃子は必ず防御系の魔法を使用しとけ」
「りょっす」「はい!」
俺は手短に二人へ指示を出した。
それからユーノに顔を向け、
「魔法攻撃を頼めるか」
「任せるのじゃ。妾の天職──
彼女の頼もしい返事を合図に俺は魔鋼機竜目掛けて疾駆した。
「──ギギギィィ!!」
それまで緩慢な動作だった魔鋼機竜だったが、俺の動きに反応し、鉄を引っ掻く音にも似た咆哮をあげた。
「──食らいやがれ!」
刹那の間に巨躯の懐に潜り込むと、その前脚を強打した。
鉄を打つような甲高い音が鳴り響くも、
「かってぇ……ッ!」
その竜脚を砕く事は叶わなかった。
そこらの魔獣であれば土塊を砕くように屠る俺の一撃。それをこいつは容易く耐えやがった。
「ギィギギギッ!」
「ぐっ……!」
お返しとばかりに爪の一閃を受け、その反動で俺は大きく跳ね飛ばされた。
そこへ魔鋼機竜はその大口を開いて──
「いかん! ──【
竜の喉奥に搭載された魔石が輝いた。
耳慣れないスキルだが、恐らく物理攻撃ではないだろう。ならば雷華狼の時と同様、ダメージが通る可能性があるな。
そこまで思考したところで、魔鋼機竜から極太のビームが放たれた。
「パイセン……っ!」
『させません──【
澄んだ声が響くや、俺の眼前に巨大な光の盾が顕現した。
瑠璃子の【聖属性魔法】だ。スキルレベルの上昇によってこんな大技まで使えるようになってたのか。
魔鋼機竜の放ったビーム砲は、その大盾に阻まれ、消失してしまった。
「助かったぞ瑠璃子!」
「えへへ、良かったです! このまま
五月雨の如く魔法を発動してゆく瑠璃子。
【
攻撃力増加に聖属性付与、それから自動回復の効果が俺たちを包み込んだ。
「これならちっとはダメージが通るだろ!」
俺はもう一度疾駆した。
今度は魔鋼機竜の頭上へと跳躍し、杖を大きく振り被った。
「──【
俺は杖術スキル【
振り下ろした杖は光の尾を引きながら敵の脳天を撃ち叩いた。その様は流星の如く。
「ちっ、ダメージは通ったが……」
瑠璃子が付与してくれた聖属性の効果もあって、魔鋼機竜の頭をへしゃげさせる程度のダメージを与える事ができた。
だがそれまでだ。討伐するには圧倒的に火力が足りない。
相手もやや怯んだがそれも刹那の間。俺を噛み砕こうと鋼鉄の牙を剥き出しにする。
「パイセン、ウチわかったっす。メタル系モンスは会心の一撃で倒すのが鉄板っすよ!──【
宙を落下する俺の後方から無数の短剣が放たれた。星奈の投擲術スキルだった。
淡く発光するそれらは、魔鋼機竜の喉奥──魔石目掛けて飛来し、そして刺し穿った。
「ギギギィギギィギッ!!」
魔鋼機竜が苦痛に咆哮をあげた。
これまでで一番ダメージを与えられたようだ。
どうやら星奈が狙った箇所──魔石部分が弱点らしい。
「すごいです! 星奈ちゃん!」
「なるほどな。──なら一番の大物を砕けば倒せそうだな」
俺は魔鋼機竜の胸部へと視線を向けた。
見る限り、この魔獣は眼球や竜息吹器官などの内臓部位を魔石で模しているようだ。
表面上ではわからない内部にも、同様の魔石器官を備えている可能性が高い。
つまり、俺の視線の先には最も重要な動力器官が存在しているはずだ。
「ユーノ、あの胸部の装甲、砕けるか?」
「無論じゃ。むしろ装甲だけで済むか。──【
ユーノが詠唱すると、杖の先端から白と黒の入り混じったテニスボールサイズの球体が生み出された。
そいつはふわふわと魔鋼機竜の胸元へと飛んでゆき、そして接触すると──
──轟っと音と共に爆発が巻き起こった。
「うおぉっ!?」
「だぁー!?」「きゃあっ!」
視界が爆風で遮られたが、それも刹那。
次第に視界がクリアになっていく。
「……オーバーキルっすよ!!」
盗賊の特性でいち早く状況を把握したであろう星奈が吐露した。
その視線の先には──胸部にぽっかりと穴が空いた魔鋼機竜の巨躯があった。
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