第90話
朝食を終えた後、自室で荷物の整理やらをしていたら、あっという間に馬車の時間となった。時間になったと言っても、おおよそだ。少なくとも村には時計なんて便利ものは存在しないからな。それでも、ここで長年時計のない暮らしを送っていると感覚的にわかってくるものなのだ。体内時計ってすごいのな。
それはさておき。そんなわけで俺とモニカは村の入口へやってきた。既に馬車は荷物の積み込みが完了しており、いつでも出発可能な状態だった。
「おっ、来たか。さ、二人とも乗りな」
御者を担うのは、村で商売を営むハンザさんだ。仕入や販売をするため、普段から街と村を行き来している。今回はそのついでに乗せてもらうというわけだ。
「うー、あたしこれ苦手なのよね……床に座らないといけないし……」
善意で乗せてもらうというのに、隣で不満を垂れるモニカ。そんな彼女の様子を見てハンザさんが豪快に笑う。
「アハハ! そりゃウチの馬車は人を運ぶやつじゃないからな! けど、歩き疲れるよりマシだろ? それに聖石だって積んでるからな。身一つで歩くより、ずっと安全さ」
聖石というのは、言ってしまえば【聖域】の魔法を付与した魔石の事だ。魔獣が野山を平然と闊歩するこの世界においては、とても重要なアイテムの一つである。村の周囲にも配置してあり、そのおかげで村は安全を保ててるのだ。
そんな暮らしの必需品とも言える聖石だが、メリットの一つに持ち運びが可能な事があげられる。ハンザさんのような街と村を行き来する商人ならば、馬車自体にそれを積んでる事もあるわけだ。
「あのなぁ。タダで街まで送ってもらうのに、文句言うなよ……安全が尻の痛みだけで買えるなら、安いもんだろ?」
つまり、俺たちが安全に街へ繰り出せるのもハンザさんの馬車あってこそ。感謝こそすれど不満を垂れるなんてとんでもない。
「うぐ……わ、わかってるわよ……」
俺に諭されたのが癪だったのか。モニカは唇を尖らせた。とはいえ彼女も存外悪い子ではない。失言だったとすぐに認め、ハンザさんに謝罪した
「ごめんなさい。ハンザさん……」
ばつが悪そうな顔を見せるモニカ。そんな彼女にハンザさんはニカッと笑みを返した。
「アハハ! 気にすることはないさ! 身体の丈夫な野郎ならともかく。お嬢ちゃんには辛いのは事実だからな」
それから俺たちは馬車で一時間ほど揺られ。 村から一番近い街──タロッサへと辿り着いた。
「うぅ……やっと着いた……」
腰の辺りを擦りながら老婆のような動きで馬車を降りるモニカ。村で農作業の手伝いをしている分、身体もそこまで柔ではないはずだが、それでも貨物馬車に長時間揺られるのは堪えたようだ。
「帰りは街の乗合馬車を使うと聞いてるが、夕刻くらいまでは街にいるからよ。それまでにここへ来てくれたら、また送ってやるさ」
「うっ……考えとくわ……」
モニカがそう返すとわかって提案したのだろう。彼女の濁すような返事を聞いて、ハンザさんはアハハと笑った。
「それじゃ気を付けてな。二人とも良い
「ありがとう、ハンザさん。それじゃ行ってくるよ」
馬車の停留所でハンザと別れると、俺とモニカは街の教会へと向かった。
街へ訪れたのは数年ぶりだが、特に迷いはしなかった。俺たち同様、成人の儀を受けに来たと思しき若者の姿がちらほら見えたからだ。彼らを先導者代わりに進むと、あっという間に教会へ辿り着いた。
「結構、人がいるわね」
「多分、他の村からも来てるんだろう。街の人と違って服装が田舎者っぽいから丸わかりだぞ」
「あのねぇ。その言葉、あたしたちにも刺さってるんだからね……」
教会の周りには人集りができ、そこそこ賑わっていた。とはいえ、お祭りほどではない。
成人の儀は、言ってしまえば日本の成人式みたいな感じらしい。16歳を迎えた若者たちが教会で有り難いお言葉を拝聴した後に、天職を授かるという儀礼的な行事だ。街全体がお祭り騒ぎで祝うようなものではないのである。
ちなみに成人の儀は半年毎に数日間開催され、その期間内ならいつでも参加できる。この辺は暦を正確に判別できない故の配慮なのだろう。
「とりあえず中に入りましょう。行事の習わしなんかはシスターが教えてくれるわよ」
「そうだな」
モニカの言う通り、中に入ると受付係っぽいシスターさんに声を掛けられた。それから数十人単位で礼拝堂に案内され、そこで神官の有り難い言葉を15分程度傾聴させれられた。
襲い来る睡魔を耐え忍ぶと、いよいよ天職の付与が始まる。
「それでは順番にお呼びしますから、呼ばれた方は神託の間へどうぞ。では最初は三街区のアイラさん──」
こっから先は個別に呼び出しされるらしい。呼ばれた少女が奥の小部屋へと進んでいく。住んでいる地区もセットなのは、恐らく同名の人物と区別するためだろう。日本人の苗字も起源は住んでいる場所を示す言葉だったりするので、あながち間違った手法ではないと思う。
「うぇ……僕、農夫だった……」
「食いっぱぐれないだけマシじゃないか。俺なんて市民だぜ……?」
既に天職を授かった若者たちの落胆の声が聞こえた。感覚でしかないが、どうもこの世界における天職は生産系や非戦闘員が多いように思える。アクリ村でも魔獣相手に戦闘をこなせる人物は猟師の天職を持つアンガスさんくらいだしな。
「──ええと、次は……アクリ村のモニカさん」
しばらく待っていると、モニカの名前が呼ばれた。
「お、次はモニカだぞ。いい天職を授かるといいな」
「ふふん、任せなさいよ! 見てなさいよ。ぎゃふんと言わせてやるんだから」
いや、なんでだよ。使い方間違ってるからな、それ。
そんなツッコミを頭に浮かべながら彼女を見送った。
◇
それから5分ほどが経過して。モニカが満面の笑みを浮かべながら戻ってきた。
表情から察するに優秀な天職に恵まれたようだ。
「じゃじゃーん! 見なさい! これがあたしの才能よ!」
俺に向かって印籠の如く突き付けてきたのは鑑定板。この世界におけるステータスカードのようなものだ。彼女はそれを突きつけると同時に『開示せよ』と唱える。
そこに示された情報はこうだ。
────────────────────────────────
<基本情報>
名称 :モニカ
天職 :
レベル :4
体力 :459
魔力 :852
攻撃力 :88
防御力 :67
敏捷 :33
幸運 :28
<スキル情報>
【槍術】SLv1
【聖槍術】SLv1
【騎乗】SLv1
────────────────────────────────
「おぉ……すごいじゃないか」
俺は率直な感想を吐露した。
槍を扱う天職は初めてだが、見たところ上位天職っぽい。まだレベルが低いということもあってスキル数は少ないものの、将来的には凄まじい成長を遂げそうだ。
「どう? これならアンタと──」
「アクリ村のケントさん、中へどうぞ」
モニカが何かを言いかけた所で俺の名前が呼ばれ、そちらに気が向く。
「話の腰を折って悪いが、呼ばれたみたいだ」
「あ……うん」
「続きはまた後で聞くよ」
彼女にそう告げた後、俺はシスターの案内に従って神託の間へと進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます