第91話
案内された神託の間は、中央の祭壇に意味深な文字が彫られた石板が置かれただけの簡素な部屋だった。
「改めまして、成年を迎えた事を祝福いたします」
中で待っていた神官の女性がにっこりと微笑む。柔和な雰囲気がどことなく高田さんに似ている気がして、俺は少しだけ懐かしい気持ちになった。
「立派に成人した証として、神が天職を授けてくださいます。どうぞ、こちらの神託石へ手を触れてください」
俺が尋ねる前に、何をすればよいのかを告げられる。……なんというか変に緊張するな。冠婚葬祭その他式典諸々において、ちゃんと作法通りにしないとって焦る時があるだろ?
あれに近い感覚だ。
まぁ、精神年齢がおじさんだからそう思うだけで、存外みんな適当なのかもしれんけど。
それはさておき。俺は神官のお姉さんの指示通りに鎮座する石板へと手を触れた。
「これで良いですか?」
「問題ありません。それではそのまま目を瞑り、『開示せよ』と発してください」
先ほどモニカがステータスを見せる時に唱えていた言葉だ。恐らくこの言葉が
『……開示せよ』
次の刹那。瞼を閉じて暗闇になっているはずの俺の視界が──白く染まった。
◇
「ここは……?」
一面が白で塗りたくられた世界。床も壁も天井も。その全てが真っ白だ。
(なんつーか精神と時の部屋みたいだな。この世界じゃ天職を授かる時は、みんなこんな体験をしてるのか?)
現在の状況をそれらしく解釈してみる。普通の人なら慌てふためくところだろうが、現代で創作物に慣れきった俺からすりゃ、想定範囲内だ。
その後、周囲を見回していると、少しだけ離れた所に人と思しき姿が見えた。
やや警戒しながら近づくと、その容姿がはっきりとわかる。白い髪に、白い肌。派手な色彩の衣服。中でも一番特徴的なのは、目の周りに描かれたフェイスペイント。白い肌も相まってまるで道化師のような風貌の少女だった。
「……あんたが神さまってやつか?」
人生において決して使うことのないであろう質問。それを目の前の少女へと投げかけた。すると彼女は一瞬、驚いたように目を丸くした後、すぐさま表情を崩してくすくすと笑った。
「驚いた。もう僕が視えるんだ?」
「そりゃどういう意味だ? 意味深に吐露されても、がっつりしっかり俺の目に映ってんだが……」
「へぇ、ならいいや。さっきの言葉は気にしないで」
「いや、明らかに『普通は視えないでしょ』的な雰囲気醸し出して言われてもな……はい、わかりましたって返せる奴は相当だぞ」
俺がツッコミを返すと、少女ははぐらかすように笑みを返した。どうやら説明する気は無いらしい。俺はそれ以上言及する事を諦め、最初の質問へと戻した。
「答える気はないってか……まぁいいや。それで、あんたが俺に天職を授けてくれる神さまってわけか?」
「うーん。残念だけど僕は神さまじゃないよ。そういう面倒くさいのになる気はないんだ」
「違うのかよ。ま、確かに見た目は神様っぽくはないけどな。それじゃ悪魔か? それとも精霊的なやつ?」
「別になんだっていいじゃん。神だろうが悪魔だろうが、別になんでも。僕がどんな存在で、僕が何を望み、僕が何をもたらすのか。何もかもが、僕の自由さ──そういう型には嵌まらない主義なのだよ、僕は」
何やらくるくると踊るような素振りを見せながら、飄々と答える少女。そのまま舞うように近づいてきたと思えば、トンと軽く俺の胸を小突いた。
「けどね。君の想像は半分正しいよ」
「……っ!?」
それから少女はぐっと俺に顔を近づけた。それはもう、顔を少し動かせば、その唇が触れそうなほどに。髪と同じく白い睫毛。その下の青い双眸が俺を覗き込む。
「君に
「ユニークスキルって……まさかナンバーズスキルか!? やっぱり記憶は本物──んぐっ!?」
思わず問い掛けた刹那、俺の唇が彼女によって塞がれた。突然の事に思考が乱される。いや、違うな。唐突にキスされたと言うのも十分な理由の一つだが、それ以上に、何らかの強制的な力によって思考がまどろむ感覚がする。
「ふふ、あんまり教えちゃ賢くなっちゃうでしょ? それじゃあ僕の子に相応しくないからね。しばらくお預けだよ」
「は……あんたの子って、どういう意味だよ。それ……」
襲い来る睡魔を必死に抑えつけながら疑問をぶつけるが、少女は答えない。俺を見て、ただただ愛おしそうに笑うだけ。
「けど、流石にノーヒントじゃ大変だよね。だから、優しい僕が一つだけ教えてあげる」
「なに……?」
「いいかい? もしも前世で心残りがあるなら──中央大陸にあるエルフの集落を訪ねるといい。そこで彼と会うんだ」
「彼……? 彼って誰だよ。エルフのお友達なんざ……前世の記憶にもねーぞ……?」
「心配しないで……君もよく知る人物さ。顔を見れば、きっとすぐにわかるはずだよ」
そっと俺の頭が撫でられる。そのあまりの心地良さに、俺の意識はついに限界を迎えた。
視界が暗く染まっていく。
「──そうだ、次会うときは僕が授けた
◇
「ケントさん……ケントさん……!」
「えっ……あっ?」
名前を呼ばれて閉じていた瞼を開くと、そこは神託の間だった。よくわからんが、先ほどの白い部屋から戻ってきたらしい。
「もう儀式は終わりですよ。さ、こちらの鑑定板をどうぞ。これで貴方の天職が確認できますから」
「あっ……ありがとうございます」
神官のお姉さんから鑑定板を手渡された俺は早速、己の天職を確認する事にした。あまり意味はないかもしれないが念の為だ。
(多分……賢者だとは思うが……)
先ほどの出来事が夢まぼろしでないことを確かめる為にも、俺はトリガーとなる言葉を紡いだ。
「開示せよ」
見慣れた青いウィンドウ。前世を持つ者が得るステータスが、いったい如何なるものなのか。俺は画面に向けて視線を落とした。
「……は?」
そこに記載された情報があまりに予想外で。いつになく間抜けな声が溢れ出た。
────────────────────────────────
<基本情報>
名称 :ケント
天職 :
レベル :5
体力 :337
魔力 :2299
攻撃力 :40
防御力 :26
敏捷 :23
幸運 :66
<スキル情報>
【型破り】SLv8(ユニークスキル・進化可能)
【洞察眼】SLv6(ユニークスキル・進化可能)
【破壊王】SLvMAX(ユニークスキル)
【肉壁】SLv5(ユニークスキル)
【魔拳術】SLv5(ユニークスキル)
【細胞活性】SLv6(ユニークスキル)
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はて、俺の前世とはなんぞや?
そんな疑問を丸めて、さっきの神さまモドキに投げつけたくなるような。そんな天職だった。いや、マジで何だよこれ。もはや〝職〟ですらねーよ。
(おまけに天職固有のスキルがゼロ……とか、ふざけすぎだろっ!?)
見たところ、ステータスは賢者っぽい。この辺はおそらく前世の俺を踏襲してるのだろう。だが、俺を俺たらしめていた最大のスキル──ナンバーズスキルはスキルリストに存在しなかった。おまけに攻撃に使えそうな戦闘スキルは【魔拳術】のみ。
それはつまり──魔法職のステで、魔獣と殴り合わなければならないという事だ。
「さ、最悪すぎる……」
こんな状態で魔獣が闊歩するこの世界を旅してエルフとやらに会いに行けと言うのだから。既にハードモード確定である。
「あら……このような天職は初めてみましたが……なんと言いますか残念……ですね」
近くで様子を眺めていた神官のお姉さんが、憐れむような視線を向けながら吐露した。
「で、ですが! これほどまでに沢山の
あぁ、確かに
「だぁー!! なーにが、感想を寄越せだよ……最悪だっての! この野郎ッ!」
「ひっ……な、なんですか!? 突然!?」
突然叫んだせいか、神官のお姉さんの肩がビクリと震える。そりゃそうだよな。けれども許して欲しい。周りを気にするほどの余裕が、今の俺には無かったのだ。
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