第70話

 探索継続を決意した三人組は、溶岩洞内を慎重に進んでいく。

 しかしながら、その慎重さは冒険者としての警戒心からくるものだ。

 警戒こそすれど、彼女らの瞳に恐れの色はなかった。


「──ストップっす。この先に魔獣の気配があるっすよ」


 しばらく進んだ頃。先導する星奈が片腕で制止の合図を出す。

 後ろに続く瑠璃子と麗華は、速やかに戦闘態勢を取った。


紅鬼人レッドオーガが四体……ま、ウチらなら大丈夫そっすね」


 星奈が覗き込む先には、額から鋭い角を生やした赤鬼の姿があった。

 この魔獣の名は紅鬼人レッドオーガ

 その特徴的な肌色から、日本人冒険者たちの間では赤鬼あかおにの俗称で呼ばれる魔獣であった。


「赤鬼ですのね。それでしたら仕留めるのは容易ですわ」


 星奈の背後から覗き込んでいた麗華が自信たっぷりに言う。

 実は赤鬼の強さはBランク相当で、オーガ種の中では最もランクが低い。

 言ってしまえばオーガ界のゴブリン的存在である。

 既に麗華はAランク。当然、過去にこの魔獣を何度も討伐した経験があった。

  

「なら一番手前の奴に狙いを集中して一気に叩くっすよ。敵の数が自分たちより多い場合は、まず減らすのがテッパンっすから」


「えぇ、わかりましたわ。では、一番槍はお任せくださいまし。ワタクシのスキルなら上方に視線を集めやすいですわ」


「りょっす。瑠璃子は──」


「──開幕は攻撃バフ、でしょ? 任せて星奈ちゃん」


 言いながら笑みを浮かべる瑠璃子。

 彼女は賢人とパーティーを組む前から星奈と行動を共にしていた。

 故に、この程度の連携に言葉など必要としない。


「ふふ、言うまでもないっすね。それじゃ──仕掛けるっすよ!」


「オッケーだよ……【戦神の刻印バル・スティグマ】!」


 瑠璃子が発動させた補助魔法攻撃バフ

 それを開戦の合図にして、麗華が駆け出した。


「おーほっほっほっ!」


 甲高い笑い声に、赤鬼たちの視線が一斉に集まる。

 敵襲──即座にそう理解した鬼たちは、彼女を迎撃せんと唸り声を上げた。

 人の丈ほどもあろう金棒や大鉈を構えて臨戦態勢を取る。

 対する麗華は得物を手に持たない。


「あら、物騒なモノをお持ちですのね」


 あっさりと言いながら、麗華は鬼の手前で高く跳び上がった。

 何の工夫もない、ただの跳躍。大胆にもそれを敵の目の前でして見せた。

 本来、跳躍するという行為は一歩間違えれば致命的なスキを生み出す。

 なぜなら、人は跳躍中に方向転換ができないからだ。


「グギャガガッ!」


 あまり知能の宜しくない紅鬼人レッドオーガでも、その程度は理解できた。

 飛び込んでくる麗華の着地点に狙いを定め、一斉に武器を振り上げる。


「──ですが、ワタクシには届きませんでしてよ? 【空歩】!」


 鬼共の射程に入る寸前で、麗華はそのスキルを発動させた。

 麗華の足元の空間に魔法陣が浮かび上がる。彼女はそれを蹴ってもう一度跳んだ。

 赤鬼の一体が逃さないとばかりに金棒を振るったが、ただ虚空を薙いだだけだった。


「行くっすよ──【幻影飛剣ファントムエッジ】!」


 その攻撃モーションのスキを狙って、星奈が短剣術スキルを発動させた。

 魔力で練り上げられた無数の短剣が、赤鬼たち目掛けて飛んでいく。


「ウガァァァァッ!!」


 赤鬼は咆哮を上げながら強引に金棒を振るった。

 オーガは特殊な能力こそ無いが、身体能力の高い魔獣だ。

 その長所を活かして、強引に星奈の攻撃を防いでいく。


「うげ……マジっすか。そこは空気読んで何発か食らっとくっすよ」


 予想以上の動きを見せた紅鬼人レッドオーガを見て、星奈が気だるそうに言う。

 しかしながら、この攻撃で仕留め切れなかった事そのものは彼女の想定通りだ。

 それについて大した不安は感じていなかった。


 なぜなら──既にその頭上には彼女がいるのだから。


「おーっほっほっほ! ご覧あそばせ! これが当家が誇る最高峰の装備──戦乙女の脚甲ヴァルキュリア・ヒールの性能ですわっ!」


 高笑いと共に、滞空していた麗華がスキルを発動させた。


 ──刹那、金色のオーラエフェクトが彼女の身に付ける金属脚甲を包み込んだ。


 戦乙女の脚甲ヴァルキュリア・ヒール

 何を隠そう。この脚甲こそが彼女が持つ唯一の武器であった。

 ヒール部分に最硬と名高いアダマンタイト鉱石を使用した特注品。

 防具でありながら、その攻撃性能を凶悪なまでに高めた彼女専用の装備。

 そこから放たれる彼女の一撃は──何よりも重い。


「空脚術・六ノ舞──【落陽】らくよう……ですわっ!」


 彼女は逆向きに空を蹴って加速すると、某特撮ヒーローも頷くほどに美しいフォームで蹴りを放った。

 

 ──ズゴォォォンッッ!!


 溶岩洞内に爆音が轟くと同時、衝撃で砕けた岩が周囲に飛び散った。

 深く抉った岩盤から、僅かながら赤々としたマグマが跳ねる。


「ひゃー……凄い威力っすね! 流石はアタッカー系天職っす!」


 流星の如く放たれた彼女の蹴りは紅鬼人レッドオーガの胸部を踏み抜いていた。

 鮮血によって赤く染まる脚甲。

 周囲で煮えたぎるマグマの白熱光によって、それは艶やかに光沢を放つ。


「「グギギギ……」」


 同胞をたった一撃で死に追いやったスキル。

 そのあまりの破壊力に、残された赤鬼たちは恐れ慄いた。

 そんな鬼共に向けて、彼女は優雅に髪を掻き上げながら無慈悲に言い放つ。


「──さて、お次はどなたですの?」


 彼女が赤鬼を一掃し終えるのに、そう時間はかからなかった。





「中々やるっすね。ぶっちゃけ、あんまウチらの出番なかったっす」


「そうだね。麗華ちゃんすごく強かったし!」


 麗華が最後の赤鬼を踏み潰し終えた頃。星奈と瑠璃子が二人して彼女を褒め称えた。

 S級である二人から評価され、麗華は少し気恥ずかしそうな表情を見せた。


「ほ、褒めすぎですわ。ここまで上手く立ち回れたのも、ひとえにお二人の援護と補助魔法バフのおかげ。それに赤鬼はB級魔獣ですから……もしこれがA級やS級のオーガ種ともなれば、こう容易くはいきませんですの」


 そう言って麗華は瞳に緊張感を纏わせた。

 ここはA級ダンジョン。上級鬼人ハイオーガや、紅蓮血鬼ブラッドオーガなどの上位種が巣食う地獄道なのだ。

 もし出会せば、先ほどのように単騎で屠るのは難しい。彼女はそれをよく理解していた。


「うーん、お嬢様キャラなのにおごらない……萌えポイントプラス1っすね。人気投票でさり気なく上位に食い込んで来るタイプっす。……むしろ、なぜ今まで仲間が見つからなかったのか。逆に謎っすよ」


 そんな彼女の思いを知ってか知らずか。星奈がそんな事をボソボソと吐露す。


「い、いったい何の話ですの?」


「や、何でもないっすよ。それより先に進むっすよ」


 不思議そうな顔をする麗華を適当にはぐらかした後。

 星奈は先導するように歩き始めた。

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