第69話
「やけに静かだな。魔獣の住処はもっと奥の方か?」
冷えて黒くなった溶岩の上を俺たちは進んでいく。
探索開始から数分が経過したが、今のところ魔獣の姿らしきものは見当たらない。
もしくは気配察知にあまり長けていないか。
「どう? 星奈ちゃん。魔獣の反応はあった?」
瑠璃子が星奈に状況を尋ねる。
こういう場面で活躍するのが、星奈の【気配察知】スキルだ。
「今のところ反応ないっすね。あ、パイセン。その右にある色の違う地面は罠っすから踏まないでくださ──」
「ん? あぁ、すまん。もう踏んじまった」
星奈の言葉より先に、がっつりそれを踏み抜いていた。
まいったな。高ステータスを手に入れてからというもの、トラップさんの存在を度々忘れちまう。
「何で踏んじゃうんすかっ!? 冒険者の基本中の基本っすよ!?」
「だって仕方ないだろう? 手斧が飛んでこようが、岩が降ってこようが無傷なんだから。ほら、某配管工だってスター取った時はトゲ床の上突っ走るだろ? あんときの気分なんだよ、俺」
「だぁー!? その例え、やめるっす!! ニッキーと同程度には強いんすから! カートレンタル屋がボコボコにされたの知らないんすか!?」
はて、そういえばそんな話があったような、無かったような。
なんて会社だっけな。確かマ──おっと、誰か来たようだ。
「てかパイセンは良くても、ド適正のウチらは結構危ないんすからねっ!?」
「あー、そん時は俺が身を挺して庇ってやるから安心しろ」
「……んにゃっ!?」
俺の返し文句を受けて、何やら言葉を詰まらせる星奈。
何だ……? なんか変なこと言ったか?
パーティーだし、それくらい当然の事だと思うんだがな。
「あ、あの! それより、これは何のトラップですの……?」
珍しく焦燥した様子の西園寺さん。
無理もない。彼女にとってここは適正ランク。割とマジで不安なのだろう。
「なに心配することはないさ。例え槍の雨が降ろうと俺が全部弾き返して──」
「いや、それ転移罠っすよ……」
「えっ?」
あー、そういえばダンジョンにはそんな罠があったなぁ。あん時はしてやられたよ。
俺が固有スキルを
懐かしさで胸を満たしながら、俺は星奈の方を見た。
その愛らしい顔が魚眼レンズで写したかのように歪む。
何かを言わんと口をパクパクさせているが、既に音が遮断されて何も聞き取れなかった。
「安心しろ──必ず戻ってくる」
きっと心配してるであろう彼女を安心させるべく。
俺は洋画さながらに
──そして、瞬く間に俺の視界は別の景色を写した。
◇
「──パイセンの馬鹿ーっ!! なんで踏んじゃうすかぁぁっ!! ウチの存在意義っ!?」
罠によって、何処かへ飛ばされそうになっているというのに。
最後までお気楽そう仕草を見せる賢人。
そんな彼に向けて星奈はありったけの声で文句を言い放つ。
その言葉が届いたのかどうかもわからぬまま。彼の姿は煙のように消え失せてしまっていた。
後に残ったのは効果を失った罠の残骸だけだった。
「飛ばされちゃいました、ね」
「えぇ……飛ばされてしまいました、ですわ」
取り残され、ぽかんとした表情で立ち尽くす瑠璃子と麗華。
あっという間の出来事に、ただただ目の前の事実を呟くことしかできなかった。
「だぁーもう、仕方ないっすね──転移系の罠は大抵の場合、深層に飛ばされるっす。ウチらも奥に進んで早めにパイセンと合流するっすよ」
ひと通り文句を叫び終えた星奈は振り返ると、頭を掻きながら二人に言う。
そんな彼女の提案に、麗華は不安そうに答えた。
「だ、大丈夫ですの? 入口で待つか、葉山を呼んだ方がよろしいのでは……? ワタクシは近接系ですが、適正ランクで壁役をこなせるほど頑丈な天職ではございませんのよ?」
彼女の天職である【曲芸師】は、近接アタッカーに分類される。
空中に足場を生成する【空歩】。空間に魔力の縄を張る【夢弦】。
そして落下エネルギーを利用した攻撃スキル【空脚術】。
それらのスキルを駆使した立体機動による攻撃を最も得意とする天職であった。
故に、彼女の防具はそこまで重厚ではない。
急所部分のみ金属プレートで覆ったドレスメイル──通称、姫騎士鎧と呼ばれるものだ。
少なくとも、敵の攻撃を受け止めるような立ち回りをするには不向きな装備であった。
「それなら大丈夫っすよ。これでもパイセンに付き合ってSランクの修羅場くぐってるっすからね。Aランクくらい回避タンクこなして見せるっすよ!」
「で、ですが……」
「──それにこれはチャンスっすよ。長く探索を続けていれば、想定外の出来事が起こる場面は必ずあるっす。そういう時、限られた人員とアイテムでどう切り抜けるかが生き残るキモっす。今はそれを、ウチらSランク冒険者のバックアップ付きで学べるチャンスっすよ」
星奈は神妙な面持ちでそれっぽく語る。
しかしながら、その言葉とは裏腹に頭の中は賢人の事でいっぱいであった。
この程度のダンジョン。
彼の超人的ステータスをもってすれば、死ぬ確率が皆無なのは明白だ。
(でも流石にA級ともなれば、呪い系や監禁系のトラップだって存在するんすからねっ。なら、一応は迎えに行ってあげた方がいいっす。うん。きっとそうっす)
しかし、そうは言っても恋する乙女。
放ったらかしにするよりかは、早く迎えに行ってあげたいというのが本音であった。
そんなわけで脳内でお迎えの理由付けを進めていく。
「わ、私も全力でサポートするからね! 安心して! 麗華ちゃん!」
そんな星奈の思惑など露知らず。
人一倍お人好しの瑠璃子は彼女に、同調してやる気を見せた。
「お、お二人とも……」
星奈と瑠璃子の心強い台詞を受けて、麗華は感嘆に目を潤ませた。
──これが、S級の冒険者ですのね。
色んな意味で純真無垢な彼女の思考は、憧れにも似た感情に埋め尽くされる。
これが自分が目指している高みなのか。強き者が持つべき在り方なのか。
そんな彼女らと同じ肩を並べたいと思っているのに、そんな弱気で良いものか。
──良いはずがない。
将来、西園寺グループの頂点に立つ者として、この程度の困難は打ち勝たねばならない。
「そう、ですわね……」
しばらくして。麗華は何かを決心したような表情を見せた。
それから彼女は胸に手を当てつつ、高らかに宣言する。
「ワタクシも西園寺の端くれ。これしきの苦難、これしきの苦境──華麗に飛び越えてみせますわっ! おーっほっほっほっ!」
あらゆる困難を打破する高笑いが、立ち込める熱風と共にこだまする。
彼女らの最高で最悪の探索が、幕を開けた。
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