第71話

 転移先は、青白い光に満たされた空間だった。


「こりゃまた……どこだ、ここ? モンスターハウスってわけでも無さそうだな」


 眼前には碧く澄んだ湖。外壁部分には結晶のような鉱物が無数に突き出ている。

 地下空間であることは間違いないのだが、真っ暗闇というわけではない。

 周囲にある淡く光を放つ鉱物が、この空間を青白く彩る照明になっていた。


「綺麗だな……これ全部、魔封晶か?」


 魔封晶とは魔力を溜め込む性質を持つダンジョン産の鉱物のことだ。

 ざっくりと例えるなら天然モノの魔石である。

 基本的には魔石同様、アイテムに加工したりエネルギー資源として活用できる。


 ただし、用途はほぼ同じだが、こちらの方が希少性や取引価格は高い。

 その理由として魔石と比べて保有する魔力の純度が高いほか、逆に魔力を注入するなどの特殊な使い方ができるからだ。

 使い切り乾電池と充電池の違いとでも言えばわかりやすいだろうか。


「罠で飛ばされたついでだ。少し頂いていくか」


 ひょっとしたら、ここはボーナスエリアかもしれないしな。

 ほら、某狩ゲーでもあるじゃん。たまにレアアイテムざくざくのエリアから始まるやつ。

 ピッケルは持ってきていないが、俺のステータスなら素手でもぎ取れるだろう。

 そう思って俺は淡く光る鉱石の一つを手で掴む。


「うぉぉ……!?」


 触れた途端に、俺の身体から力が抜け落ちていく。

 感覚としては、如月さんのナンバーズスキルに似ているな。

 もっとも、彼女のスキルを食らった時ほど大量に抜けていく感じではない。

 なんかこう、ストローでチューチュー吸われてる感じだ。


「そうか。俺の肉体強化の源は魔力だから、触ると吸収されていくんだな」


 俺みたいな魔力のパワードスーツを着ているような奴が直接触るとこんな感じなのか。

 魔力が吸われるのも厭わず、俺は魔封晶を果実のようにもぎ取っていく。

 それを次々に【収納】ポーチに詰め込んでいった。


「さてと、後は帰り道だが……。うーん、壁しかねぇな」


 魔封晶のをひと通り終えた俺は、改めて周囲を見渡す。

 しかしながら視界に映るのは淡く光る壁面ばかり。通路らしきものは一切見当たらない。


「……残る道筋としては、この地底湖か。水があるって事は必ずどこかと繋がってるはずだし」


 湖底にも魔封晶が存在するのだろう。光を反射して幻想的な姿を見せる湖。

 眺める分には綺麗なんだが──うん、入りたくねぇ。


 こんなダンジョンの地底湖となれば、尚更だ。

 ダンジョン内の水源なんて、基本的に水棲魔獣の巣窟である。

 活動が制限される水中で、得体の知れない水棲魔獣にでも襲われたりしたら。

 そう思えば気乗りしないのも理解して頂けるだろう。


 感覚的には海洋恐怖症に近いな。

 もっとも冒険者の場合はリアル生命に関わる問題なので病気というわけではないが。


「ま、文句を言ってても仕方がねぇ。とりあえず潜るか──」


 ──ザバンッ!!


 言いかけた次の刹那。

 湖の中心付近で、何やら巨大なものが水面から飛び出ると、飛沫と共にすぐさま潜っていった。


 何いまの。

 ヒレ? いや、ちょっと細長かったような。

 むしろ変なツブツブが、びっしり付いてたような。


「……いや、潜りたくねぇんだけど!?」





 賢人が謎の地底湖からの脱出方法を模索する一方。

 星奈たちは、新たな魔獣と交戦していた。


「──悪いっす、瑠璃子! そっちに抜けるっすよ!」


「うん、任せてっ! ──【天聖槍ホーリー・ジャベリン】」


 星奈の警告に対して即座に反応した瑠璃子。

 彼女は、詠唱と共に生み出した魔法陣から光り輝く槍を射出する。

 放たれた槍は雷閃の如く。迫りくるA級魔獣──蒼氷鬼人フロストオーガの腹部を刺し貫いた。


「ゴゴガギゴッ……!!」


 神官の天職が扱える魔法としては、それなりの威力。

 しかしながらあくまでも神官はサポート系天職。上位のオーガ種の進撃を止めるには些か火力不足であった。


「ゴギギギギギッッ!!」


 唸り声と共に、蒼氷鬼人フロストオーガが魔法を発動する。

 それは本種が最も得意とする氷属性の魔法であった。

 だが、その対象は敵である瑠璃子ではなく──自分自身だった。

 

「傷を凍らせた……?」


 瑠璃子の攻撃によって穿たれた腹部。それを放置するのは不味いと判断したのだろう。

 蒼氷鬼人フロストオーガは自らの氷魔法によって、傷に応急処置を施したのだ。

 当然ながら一連の行動は、瑠璃子へ突進しながら一瞬で行われたもの。


「きゃっ!」

 

 鬼が──瑠璃子の首を落とさんと手に持つ大鉈を振りかぶる。


「させませんですのよ! 【飛龍墜たつおとし】ッ!」


 蒼氷鬼人フロストオーガが鉈を振り下ろす前に、その後頭部を麗華の【空脚術】が貫いた。

 頭部という重要部位を失ったその身体は、そのまま崩れるように倒れ込んだ。


「あ、ありがとう! 麗華ちゃん……!」


「礼には及びませんわ……! 後衛職──いえ、〝仲間〟を守るのは、当然ですものっ! それより星奈さんの援護に戻りますわよ!」


「うん……そうだね!」


 二人のドラマチックな友情会話も束の間、星奈の支援に向かうべく動き出す。

 その支援対象である彼女は、二体ものオーガと対峙していた。


「流石にAランク魔獣はしぶといっすね……つか、なんでこんなクソ暑い場所に蒼氷鬼人フロストオーガが出るんすか……」


 眼前で唸るオーガを見据えて、星奈は毒づいた。

 何度か短剣術で攻撃しているものの、致命打には至っていない。

 やはり彼女──盗賊の天職が持つスキルだけでは火力が不足気味なのだ。


「グゴゴゴゴッ!!」


 オーガの一体が、氷魔法を放った。氷柱を撃ち出す比較的初級の魔法だ。

 それと同時にもう片方が、星奈に鉈の一撃を浴びせようと接近を試みる。


「連携っすか。ま、赤鬼よりかは知性があるみたいっすけど──ウチの敏捷ステータスには敵わないっすよ!」


 星奈は【加速ヘイスト】を再度発動して重ねがけする。

 そして迫りくる氷柱を横にステップして避けた後、続いて振り下ろされる大鉈の攻撃はひらりと宙を舞って躱した。


「星奈ちゃん、お待たせ! ──【炎熱の剣エクステンド・フレイム】」


 次の刹那──態勢を立て直した瑠璃子が付与魔法を発動させた。


「ナイスタイミングっすよ、瑠璃子! さぁ、食らうっすよ……ッ!」


 華麗なムーンサルトで蒼氷鬼人フロストオーガの背面を取った星奈。

 その手に持つ双刃が赤熱を灯した。


「──【双環蛇刃ウロボロス】ッ!!」


 スキル名と共に彼女が短剣を投げ放った。

 真っ赤に燃え盛る二対の刃はまるでブーメランのように円弧を描いて舞うと、二体の蒼氷鬼人フロストオーガの首をあっという間に撥ね飛ばした。


「……っと! やっぱり、属性付与は火力がダンチっすね。助かったっす、瑠璃子」


 舞い戻る二対の刃を受け止めながら星奈がお礼を言う。


「ふふ、どういたしまして、星奈ちゃん」


 星奈の言葉を受けて、瑠璃子は微笑みを返した。


「お見事ですわ、星奈さん! 【投擲術】にもあんな美しい技がありますのねっ! あまりの華麗さに見惚れてしまいましたわ!」


「ふーん。そっすか? ま、一応S級っすから。普通っすよ、普通……ふへへ」


「せ、星奈ちゃん。ニヤケ顔、隠せてないよ……?」


「……はっ!?」


 瑠璃子に指摘された星奈は、顔をぷるぷると振って表情を戻した。

 気恥ずかしくなったのか、頬を掻きながら話題を変える。


「そ、それより。かなり敵のランクが上がってきたっすね。そろそろボス魔獣が登場してもおかしくないっすから、みんな気を引き締めるっすよ」


「えぇ、そうですわね。A級のボスとなればS級の上位……正直、不安ですわ」


 神妙な面持ちで呟く麗華。

 普段から気丈に振る舞う彼女も、流石に不安の色を隠せなかった。


「ま、ボスの相手は、この編成じゃキツイっすからね。もし遭遇したらうちの【逃走術】で撤退するから安心っすよ」


「できれば遭遇する前に賢人さんと合流したいけど……。でも、本当にどこへ飛ばされちゃったんだろ? 私たちも結構深くまで来たとは思うんだけど……」


 言いながら瑠璃子は辺りを見渡した。

 周囲にはマグマと岩。そして先ほど倒したオーガの亡骸しか見えない。

 彼がこの付近にいた事を示すような痕跡も一切見当たらないのだ。


「案外マグマの中をいでたりしてるかもっすね。パイセンの脳筋ステータスならありえそうっす」


「あはは……流石にそれは、無いんじゃないかな?」


 冗談混じりに言う星奈。

 そんな彼女の言葉を聞いて瑠璃子が苦笑する。次の刹那。


 ──ゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!


 突如として地盤が大きく揺れ始めた。

 周囲を流れるマグマがコポコポと音を立てながら、その流れる速度を速める。


「きゃっ!?」


「な、なんですのっ!?」


 揺れる大地に足を取られないよう、姿勢を低くしながら麗華が叫んだ。


「魔獣!? や、こんなデカい、ウチが見逃すはずが──」


 言いかけた途中で彼女は気付く。

 今しがた感じ取った気配。それが赤々と煮える溶岩の海から放たれている事に。


「……溶岩流に乗ってきたってわけっすね」


 冷や汗を垂らしながら呟く星奈。

 彼女は緊張した面持ちで気配の位置する方向へ目を向ける。


 その視線の先──灼熱の海から、が顔を覗かせていた。

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