第95話

「何を食えばこんなに太るんだ……?」


 小山ほどはありそうな巨体を見上げながら、在り来りな感想を吐露した。

 本当にコイツは馬喰らいホースイーターなのか? ドラゴンくらい飲み込めそうだけど。そもそもギルドの情報が間違ってるんじゃなかろうかと、そんな疑心まで生まれてくる。それくらいのデカさだ。

 しばらく呆気にとられていると、横からぐんと脇を小突かれた。


「そ、それでどうすんのよ……? このまま不意打ちを仕掛けるつもり?」


 小声で俺の判断を仰ぐモニカ。魔獣と戦った経験の無い彼女にとって頼れるのは俺だけなのだ。それ故に焦りもあるのだろう。既に槍を構え、いつでも突撃できるぞと言わんばかりの体勢を取っていた。


「……いや、多分不意打ちは成功しねぇな。ほら、頻繁に舌を出し入れしてるだろ? アレで周囲の匂いを感じ取ってるんだ。ありゃ熟睡してるわけじゃねぇ。休息しながらも常に周囲を警戒してる状態だ」

「なら、どうするのよ? あんな大きい蛇相手に……正攻法で勝てるの?」


 不安そうに俺の顔を見るモニカ。その頭をぽんと撫でてやった。それから俺は笑顔で答える。


「──問題ないさ。こう見えて殴るのには自信があるんだ」

「自信の根拠がまるでわからないのだけど……。そもそも殴るって、あんたねぇ……」


 モニカは呆れた顔をしながら、頭痛を抑えるような仕草を見せた。


「細かい事は気にするな。とにかく俺がスキを作るから、モニカはあいつの脳天目掛けて全力でスキルを打ち込め。このランクならそれでいけるさ」

「ちょ、ちょっと……! そんな適当で大丈夫なわけ?」

「悪いが槍を持ったことがねーから、最適な殺陣までは説明できねぇ。けど、心配するな。動き方はスキルが教えてくれるはずだ。それから──長物を扱うコツは常に間合いを保つこと。これに関しては実証済みだから安心しろ」


 スキルの恩恵アシストは、想像以上に強力だ。初めて扱うスキルでも、その動きを自然と身体が実行してくれるはずだ。

 それにステータスが向上すれば、反射神経や動体視力も強化される。いざ実践となればしっかり動けるし、相手の攻撃が視えるのだ。そのような効果がステータスカードに記載されているわけじゃないが、過去の俺が超速戦闘に反応が追いついていたのだから間違いないだろう。


「このステータスでどこまでいけるか……やってやろうじゃねえか」


 言葉と同時に俺は駆け出した。当然、以前のような速度は無い。


「カラララララッ……!!」


 ホースイーターの反応は早かった。俺が駆け出した刹那には、全身の鱗を振動させて不気味な威嚇音を打ち鳴らした。

 不意打ちは狙わなくて正解だったな。ヤツは発達した感覚器官で、しっかりと俺たちの存在を感知していた。きっと舌で感じ取った匂いだけでなく、俺の体温──熱も感じ取っている事だろう。上唇付近にいくつも空いたあな……ありゃ多分ピット器官と呼ばれるやつだ。簡単に言えば天然の赤外線センサーである。それも特大サイズの。


感覚器官センサーがデカけりゃ、それだけ感知能力も高い……少なくとも目潰しは意味ねーな)


 そんな事を思考しながら俺は、大蛇の、その巨木のような体躯へスキルを放った。


「【氷霊リューネ鋭拳グロッサ】ッ!」


 突き刺すような凍気を纏った拳。その一撃はパキパキと乾いた音を立てながら、ホースイーターの表皮を凍結させてゆく。


「危ないっ……!」


 だが、その膨大な体積全てを凍らせるには威力が低すぎた。モニカの叫びと同時に、大顎が俺を飲み込まんと襲い来る。


「くっ……なめんなッ! こちとら百連撃すら往なした事があるんだ! ただの一撃が当たるかよッ!」


 強靭無敵のステータスなんざ、今の俺には無い。だが、身体に刻まれた戦闘経験は、非力になった今でも残っていた。視線、筋肉の動き、音。それらの微かな情報から敵の動きを読み取り──その獰猛なひと噛みを回避した。


「デカい図体が仇になったな──【氷霊リューネ鋭拳グロッサ】!」


 そしてカウンターの一撃。コイツの弱点属性である水属性攻撃で確実にダメージを蓄積してゆく。


「ガララッ!!」


 とはいえ、俺の攻撃力じゃ致命打にならない。まだまだ体力が有り余ってるのか。歪な威嚇音と共に、巨体が迫りくる。動きこそ鈍いが、質量が大きい分、回避行動も大きく取らねばならない。


「ちっ、流石に俺だけじゃ時間がかかり過ぎるな……モニカ!」


 大蛇の攻撃を避けつつ、後方で戦闘を見守るモニカへ声をかけた。


「な、なに!?」

「コイツは見ての通りの速度だ! 極力惹きつけるから、とにかくスキルをぶち込んでやれ!」

「は、初めてなのよっ、あたし!? もっと作戦的なのは無いの!?」

「そんなもんねぇ! 近接二人組でできることなんざ、片方がになることくらいだって! つか早くしてくれ! 俺を丸呑みにしようと絶賛大暴れ中だろ!」

「……ああもうっ! わかったわよ!」


 ようやく覚悟を決めたモニカは、鉄槍を携えて駆け出した。


「ええと、このスキルがこれで、アレがああだから……!」


 何やらブツブツと独り言を呟いた後、意を決したようにホースイーターへ槍を向ける。そして、その身に宿した【聖槍術】スキルを解放した。


「【穿光ピアッシングレイ】っ!!」


 ──次の刹那、閃光が迸った。


 いや、少しだけ訂正しよう。放たれたのは光ではなく、それを纏った槍撃だ。

 稲妻の如く放たれたそれは、光線銃みたいな近未来的な音を轟かせながら真っ直ぐ突き進み──大蛇の鎌首の三分のニほどをぽっかりと抉り取った。


 その軌跡には、白い残光だけを残す。


「えっ……あ、あれ? やったかも……?」


 低級スキルとは思えぬ破壊力。それを撃ち放った本人は、ただただ唖然としていた。


「……」


 地響きを立てながら地に伏せる大蛇。その亡骸を一瞥した後──俺は率直な感想を吐露した。


「いやいや、強すぎんっ!? ゲームバランスどうなってんだよッ!? 上位天職はみんなこんな感じなのかっ!?」

「な、なにっ!? 急にどうしたのよ!?」


 大声に驚いたモニカが肩をビクつかせるが、今は気にしてられない。


「……いや、待てよ。ユーノが初めての探索で見せた混合魔法カオティックバーストも、わりとぶっ壊れてたよな」


 それだけじゃない。日坂さんの【黄金煌矢】とか、如月さんの【冥界の女王】も、俺のステータスが高過ぎたせいで目立ってなかったけど、普通に強スキルだったような……。


「はあぁぁ……! 誰だよ『天は人の上に人を造らず』とか言い出したふざけた野郎は! この不平等な世界に土下座しろ! や、むしろ愚者とか言う弱小天職の俺に謝れ!」


 底辺へと舞い戻った現在。上位天職との圧倒的な差を見せつけられ、その理不尽な格差に、ただただ不満しか湧いてこなかった。

 そんな俺をビクビクしながら見つめるモニカは、いまいち状況が掴めず、ぽつりと一言呟いた。


「あ、あたし、やっちゃったかしら……?」


 それは主人公オレの台詞だ。奪うんじゃねぇ。

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