第96話

 こうして記念すべき初依頼を無事に終えた俺たち。なんかもう色々と言いたい事はある。主にあの神さまモドキに対してな。とはいえ依頼は無事に達成したわけだし今は飲み込もう。

 そんなわけで、俺とモニカは依頼の品──ホースイーターの骸を納品すべく、タロッサへと帰還した。既に時刻は夕暮れ。街の活気も少し落ち着いた頃合いだ。


「ちょいと手続きしてくるから、少し待っててくれ」

「えぇ、わかったわ」


 ギルドへ到着するや否や、モニカにそう告げる。わざわざ二人で窓口に押しかける必要もないしな。無論、彼女もそれを理解しているので素直に了承した。


「あー、依頼の納品をお願いしたいんだが──」

「はぁい……って、早いですね? 白級とはいえ結構、難易度が高い依頼だったのですが……」

「仲間が上級天職なもんでな。あっという間だったさ。ぶっちゃけ俺は何もしてない」


 悔しいがほぼ事実である。もしも貢献度を数値化するなら八割モニカ、二割が俺と言った具合だろう。


「なるほどですねぇ。あ、ポーチはこちらでお預かりしますね」

「あぁ、わかった」


 魔獣の亡骸の入った【収納】ポーチごとギルドの受付へ手渡した。元々レンタル品なので私物は収納していない。返却も兼ねてポーチだけ渡せば済むので楽ちんだ。


「確かにお預かりしました! では査定に少しだけお時間いただきますね。30分もあれば済むと思いますので、パーティー募集掲示板でもご覧になりながらお待ちください!」


 そう言って依頼票とは別の掲示板を手で示す受付のお姉さん。

 文字が読めないので全く気づかなかったが、どうやらそういう掲示板も存在するらしい。興味はあるが、それは明日でも良いだろう。今日は久々の戦闘で疲れたしな。


「ありがとう。後でまた見てみるさ」


 受付嬢にそう返した後、俺はモニカの元へ戻ろうと振り返った。


(ん? 誰だアイツ?)


 見ればモニカが見知らぬ青年と話していた。キザったらしいパーマがかった金髪野郎だ。ショートソードを腰に携えているあたり、同業者だな。迷惑そうなモニカの表情を見る限り、知人というわけじゃなさそうだ。大方、パーティーの勧誘ってとこだろう。


「モニカ、待たせたな。つっても、まだ査定待ちだけど」

「あっ、ケント!」


 俺が声を掛けるとモニカは、ぱぁっと表情を明るくして駆け寄ってきた。そのまま俺の背に隠れるような格好となる。


「あたしはコイツと組んでるの! そういう事だからお断りよ!」


 案の定、勧誘を受けていたようだ。まぁ上級天職だし、おまけに見た目も可愛いし。そりゃ勧誘の一つや二つくらい来るってもんだ。とはいえ彼女にそんな気は更々ないようだ。威嚇する猫のような目を青年とその取り巻きへと向けた。


「へぇ、彼と組んでるんだ?」


 そんなわけで、きっぱりと拒絶された金髪野郎だったが、折れる様子もなく。それどころか嘲笑を含んだ、ねちっこくて気色悪い視線を俺に向けてきた。


「だったら尚更、僕らのパーティーに加わるべきさ。彼は白級だろ? 装備も貧弱だし……お世辞にも強そうには見えないな」

「ハインツさんの言う通りさ。なんたって俺らは藍級だかんな。俺らと組めば、そのもすぐ買い替えれるぜ?」


 どうやらこいつらは俺たちより2ランクも上らしい。ま、先輩冒険者とあらば、そこそこ尊敬の念も抱いてやらんこともないが、それにしたって偉そうだな。


「あのなぁ……別に俺の事を好き勝手言うのは構わないが。本人が嫌だと言ってんだから潔く──」


 諦めろよな。そう言おうとした俺の横をモニカがスタスタと歩いていった。

 自分の方へ歩いてくるモニカを見て、金髪野郎がにへっと勝ち誇った笑みを見せる。


「ふふん、どうやら白級のゴミと組むのは嫌らしいよぉ? 残念だねえ?」


 でもって、俺の事を煽り散らして来る始末。いやコイツ、そこはかとなくムカつくな。でもまぁ、それ以上の怒りは湧かなかった。

 なぜなら俺には見えていたからだ。彼女の──モニカの身を包む、白い魔力が。

 一応これでも魔術師系統の天職らしいからな、俺。当然ながら魔力の流れを視る事ができる。

 しかし、奴らは剣士系天職で魔力を視る力が弱い。それ故にも彼女が纏うそれに気づかないのだろう。あーあ、どうなっても知らんからな。


「いやぁ、君は見る目があるね! 早速、歓迎会をしようじゃないか! 僕らのオススメの──」

「──誰の装備がオンボロだって? ふざけんじゃないわよっ!!」

「ふごッ!?」


 防具のないヤツの腹部に渾身の一撃。思いがけない攻撃に金髪野郎が呻き声を上げた。ヤツとモニカの間には結構なレベル差があるはずだが、それを全く感じさせない威力だ。恐らくモニカは何らかの補助バフスキルを行使しているのだろう。


「これはね! アイツがあたしの為に買ってくれた装備なんだから!! 馬鹿にするのは許さないわ!」

「ひっ……! や、やめっ……ふげぶっ!? 顔はやめ……フゴッ!?」

「煩いわねっ! お望みならそのブサイクな顔をあたしが矯正してやるわよ!!」


 蹌踉めいた金髪野郎を押し倒し、そのまま馬乗りになってヤツの顔面を何度もぶん殴るモニカ。見るからに痛そうだ。あっ、歯が飛んだ……。


「……」


 普通、こういう場面では取り巻き共がいきり立つのが定石なんだが……奴らも予想外の出来事にただ呆然としていた。ほら、アレだよアレ。普段、怒らなさそうなヤツがガチギレする様を目にして、ドン引きしちゃって逆に何もできなくなる状態。まさにそれだ。


「おいおい嬢ちゃん……それ以上やったら死んじまうって! ここは抑えてな?」

「おじさん放して! そいつ殺せない!」

「いやいや、殺しはご法度だからな!? おい坊主! お前のツレだろ!? 眺めてないで手伝ってくれよ!」

「い、いやぁ……そいつ俺よりステータス高いんで……」

「なんかのバフか!? もの凄い力なんだが……」


 しばらくして状況に気付いた他の冒険者がモニカを引き剥がし、何とか騒ぎは収まった。


「ハ、ハインツさん! しっかりしてくだせぇ!」


 ちなみに金髪キザ野郎は一命を取り留めたものの、顔をパンパンに腫らして伸びていた。ご愁傷さま。



 ◇



 ──そんなわけで。


「すみません……」

「ごめんなさい……」


 ギルド内で騒ぎを起こした俺たちは、当然の如く呼び出しを食らっていた。ギルドの上階にあるギルド長室で、声を揃えて謝罪する。


「……お前らの言い分はわかった」


 呆れた様子で吐露したのは、タロッサのギルド長──確か名前はロンゾさんだったかな?

 初老ながらもガッチリとした体格で、いかにも冒険者ギルドの長って感じの男性だ。


「それで処分の話だが──」


 彼は複雑そうな表情で頭を掻いた後、


「まぁ、今回は大目に見てやるよ。先に侮辱したのはあっちらしいからな」

「え? いいんですか?」


 意外な言葉に、思わず聞き返してしまう。


「いや、結果だけ見ればよくはないんだが──そもそもあいつら藍級だろ? 強者が弱者を苛めてるならまだしも、格下にボコられるって……そりゃあ喧嘩を吹っかけたヤツの自業自得だとしか言えねぇよ」

「いやまぁ、確かにその通りなんですが……」

「それに良くも悪くも血気盛んなヤツが多いからな、冒険者ってやつはよ。余程の悪さをしなけりゃ、いちいち咎めねぇよ」


 そんな適当で大丈夫かと心配になるが、不問にしてくれるみたいなのでひとまずは良しとしよう。良くも悪くもここは異世界。現代ほど法整備もなされてないのだろう。


「ホントにお騒がせしてごめんなさい……それとありがとうございます」


 当事者であるモニカが深々と頭を下げた。するとロンゾさんが優しい笑みを返す。


「そうやって反省できるなら大丈夫だ。ただ、くれぐれも力の扱い方には気をつけろよ。報告を聞く限りだと、お前さんの天職は相当な力があるみてーだからな」

「……はい」


 ロンゾさんに念押すように言われ、モニカはこくりと頷いた。

 確かに凄かったよなぁ。明らかにステータス以上の腕力があったようだし。どういうスキルなのか後で詳しく聞いてみるか。


「それと、あまり敵を作りすぎるなよ。中には逆恨みして馬鹿もいるからな」


 それはその通りだと思った。現代ほど治安が良いわけでもなさそうだし、その辺は気をつけないとな。特にあの金髪キザ野郎……なんか性格からしてネチっこそうだったし。



 ◇



 ギルド長との話を終えた俺たちは受付でホースイーターの討伐報酬を受け取る。それから寝床となる宿を探した。外はすっかり暗くなっていたが、空気の汚れた現代の都会と違って星が明るいので灯りに困ることはなかった。


「ごめんね。あたしのせいで色々と巻き込んじゃって」


 どれが宿屋だろうかと思いながら看板を眺めていると、隣を歩くモニカがそんな事を言う。


「気にするなよ。俺のために怒ってくれたんだろ?」

「でも……」


 奴らは俺が買った装備を馬鹿にした。だからこそ彼女は真剣に怒ってくれたのだ。正直いけ好かない野郎だったし、むしろ感謝したいほどである。もちろん半殺しにしちゃったのはよくないけどな。

 まぁ、いつまでも終わったことをくよくよ語るのもよろしくない。そんなわけで俺は無理矢理に話題を変える事にした。


「そんな事よりもさ。晩飯を何にするか考えようぜ? せっかく金が入った事だし、肉でも食おうぜ!」


 俺が言うとモニカは虚を突かれたような顔を一瞬見せたが、すぐに笑顔になった。


「あははっ、何よそれ! あんたってば食べる事しか考えてないの?」

「うるせー、こちとら多彩な食生活に慣れきった生粋の現代っ子なんだ。豆と黒パンばっかの日々には飽きたんだよ」

「言ってる事がよくわかんないけど──ま、いいわよ。あんたが食べたいヤツにしましょ」

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