第94話

「さて、これからの方針だが……」


 冒険者ギルドの待合スペースに戻った後、俺はモニカに切り出した。


「俺はこれから中央大陸に向かうつもりだ。んで、そのための路銀をタロッサで稼ぐ。これが今んとこの目標だけど……大丈夫か?」


 これは最後の意思確認だ。国を──この西大陸を出てしまえば、生まれ故郷に里帰りする機会はほぼ皆無に等しい。だが、今の段階ならアクリ村に戻る事ができる。もちろん、タロッサの街に滞在している間だけ手伝うってのも一つの選択肢だ。


 モニカはどこまで俺についてくるつもりなのか。先ほどのは、それを問うた言葉だ。

 いくら勢い任せとはいえ、大陸を出ると聞けば、流石に冷静になって躊躇うもの。

 だが、それでもモニカは迷うことなく、はっきりと答えた。


「あんたの、そのへんちくりんな天職じゃ心配だもの。だから、あたしが……最後までついていってあげるわよ」


 言い方はともかく、これほど心強い言葉は無かった。なにせ、ここは異世界。道を歩けば魔獣が闊歩するような世界だ。それに治安だって少し怪しい。文明レベルと治安ってのはだいたい比例するものだ。こんな時、漫画の主人公ならチートな能力で何でも万事解決していくものだが、今の俺にはそれすら無い。

 そんなハードモード確定の旅路に、誰よりも信頼でき、それでいて将来有望な天職を持った仲間がついてきてくれるのだから。


「……そうか。ありがとな」


 俺が謝意を示すと、モニカは「べ、別に」とだけ答えてそっぽを向いた。



「さてと、それじゃ仕事するか」


 言いながら俺は依頼票が貼り出されたボードに向かう。そこから依頼票を引き剥がした。


「ダ、ン…ラム? なぁ、この字が読めないんだけど?」

「あのねぇ……聞かれたってあたしもわかんないわよ。素直に受付に持っていきましょ」

「仕方ない。そうするか」


 やはり、ちょっと噛じった程度の識字能力じゃ依頼内容を把握するのは無理っぽい。そんなわけで数枚の依頼票を受付カウンターへ持っていった。


「あら、先ほどの方……ご依頼ですか?」


 出迎えてくれたのは、さっき登録を担当してくれたお姉さんだ。俺たち二人の姿を見てにっこりと笑う。


「ああ、けど字が読めなくて。この三枚の内容を教えて欲しい」

「いいですよ。えっと……これはダングスライムの討伐依頼、これはホースイーターの討伐……最後はゴブリンの駆逐ですね。こちらは小規模な巣穴みたいです」

「報酬は?」

「どれも銀貨二枚から三枚ほどです。ダングスライムは……人気が無いのでちょっと高めですね」


 ダングスライムというのは、主に枯れ草や魔獣の糞を食べるスライムだ。群れてコロニーを形成する習性があり、そのコロニーはいわゆる肥溜みたいな状態になる。

 こちらから手出しさえしなければ無害な魔獣ではあるが、その良質な肥料を求める商人や大農家からこうして駆除依頼が来るのだ。


「報酬額だけで言えばダングスライムだが……」


 呟きながら俺はモニカを横目で見た。というのも女子にとっては、かなりハードな依頼だからな。臭い的な意味で。


「ぜ、絶対イヤよ? 汚れと臭いを落とす費用の事を考えたら割に合わないわよ」


 案の定、彼女はふるふると首を振って拒否した。


「あはは……相方さんの言うことは一理あるかもですね。あまりに臭いが酷いと宿泊を断られたりする場合もあるそうですし、【灑掃クリンナップ】の魔法が無いならオススメしないですね」

「それもそうか。よし、じゃあホースイーターにするか」


 単体で言えばゴブリンの方が弱いが、あっちは群れだしな。総合的な難易度はこちらの方が下だろう。


「わかりました。では早速、受付しますね! 依頼票によると、タロッサの西門を出た先にある山林で目撃があるみたいです。あ、素材収集依頼ですけど【収納】ポーチはレンタルされます? 白級なら銅貨二枚で借りれますよ」

「おぉ……レンタルがあるのか。是非とも借りたいな」

「ではすぐにお持ちしますね。念のためですが……持ち逃げされますと契約魔法が発動して大変な事になりますのでご注意くださいね?」

「あぁ、いきなり人生棒に振るつもりはないから安心してくれ」


 そんな感じで手続きを進めていく。


「それにしても……まさか【収納】ポーチが借りれるなんてな」

 

 これは以前にハンザさんから聞いた話だが、この世界じゃ【収納】系のスキルが付与されたマジックアイテムはとても高価らしく。個人で保有するにはそれなりに金を積まないといけないらしい。そんな貴重なアイテムをたった銅貨二枚で借りれる事に、ただただ驚きだ。


「この国には、冒険者の支援制度がありますからね。戦闘系の天職ロロスを授かる人は少ないですから、少しでも支援して国全体を豊かにしようって取り組みらしいですよ」

「なるほど、そういうことか」


 この世界に魔獣が存在する以上、国の発展には冒険者の協力が不可欠である。

 協力と言っても、ただ街の平穏を守るだけじゃない。ダングスライム討伐など、国の生産力の向上に直結するような依頼だって沢山あるわけだ。

 国は、その辺の重要性を理解しているのだろう。少なくとも我が国の王様はちゃんと王様してるってこった。



「あのさ……さくさく進めてるけど大丈夫なの、それ。名前からして強そうだけど……」


 俺と受付嬢の会話を聞いていたモニカが不安げに吐露した。どうもホースイーターと言う名前から、とんでもないバケモノを想像してるらしい。


「なんてことないさ。単にデカい蛇の魔獣だよ。動きも緩慢だし、毒もないから巻き付かれなけりゃ大丈夫だ」


 日本じゃE級の上くらいの強さの魔獣だ。大蛇と聞けば、めちゃくちゃ強そうに思えるが実はそうでもない。むしろ大きさ以外は普通の蛇と変わらないのである。

 一般人からすれば危険なのは間違いないのだが、肉体が強化されている冒険者ならまず問題ないだろう。


「へぇ、そうなんだ……って、なんでそんなこと知ってるのよ? まるで戦ったことあるかのような言いぶりね」

「……冒険者になる為にアンガスさんから色々教わったんだよ」


 ま、本当は前世で瑠璃子に教えて貰った知識だけどな。


「私も驚きました! お詳しいんですね! ええと……」

「ケントだ。こっちはモニカ」

「ケントさんですね! それだけ知識があるなら、依頼もすぐに達成しちゃいそうですね!」


 言いながら微笑む受付のお姉さん。


「さて、ギルドのお姉さんのお墨付きも貰ったわけだし……サクッと討伐しにいくか」

「うぅ、本当に大丈夫かしら……」

「最初は緊張するけど、慣れれば簡単だって。さっ、行こうぜ」

「いや、あんたも初めてでしょ?」

「……イメトレで討伐済みだ」

「余計、不安になったわよっ!?」


 こうして俺たちの初仕事が幕を開けた。



 ◇



 それから俺たちは受付のお姉さんから教えられた情報に従い、タロッサの西門から外へ出た。街道をしばらく進み、ホースイーターが出没する山林へと足を踏み入れる。


「いいか? もしも標的以外の魔獣を見つけたら、すぐ教えてくれ。今の俺たちじゃ敵わない魔獣の可能性もあるからな」

「う、うん……わかったわ」


 それが日本のダンジョンと決定的に異なる点だった。

 この世界じゃ、魔獣はただの生き物だ。その棲息地がランクで分かれているだなんて、そんな親切なことはない。たった今足を踏み入れたこの場所にだって、いきなりA級のドラゴンが出没してもおかしくないのである。

 もっとも、その環境に適していない魔獣が現れる事は無いので、その点は安心だが。


(この山林なら、黒牙狼ブラックファングくらいは出てきそうだな)


 黒牙狼は日本で言うところのC級だ。その黒曜石の牙は金属鎧すら貫く。もし遭遇すれば俺たちの防具では、簡単に噛み殺されてしまうだろう。万が一、そのレベルの魔獣が出てきた場合は潔く撤退せねばならない。


「ねぇ、ケント。これは?」


 周囲を警戒しながら歩んでいる途中、モニカが何かを見つけたようだった。彼女の示した箇所へ目をやると、地面を擦ったような痕跡が。それもかなり大きくて重い。その証拠に、生えていた背の低い草木が踏み倒されていた。


「お手柄だな。こりゃ多分、俺たちが探してるホースイーターが通った跡だぞ」

「そうなんだ。見る限り、すごく大きいわ。本当にあたしたちだけで倒せるのかしら……」

「……確かにこいつはかなりでかいな。俺の知識だともう少し小ぶりだった気がするんだが……」


 蛇の魔獣であるからして全長が長いのは当然だが、太さについては丸太くらいだったはずだ。しかしながら、今しがた発見した痕跡は、瑠璃子から聞いていた太さの二倍以上あった。


(環境のせいか? ダンジョンと違って、外はエサとなる魔獣も豊富だろうしな)


 とはいえ、大人しく引き下がるという選択肢は無かった。どれほど肥えてようが、魔獣の性質そのものが変わることはない。ただデカいだけの蛇だ。


 俺とモニカは、そのまま地面に残された腹鱗の跡を辿り──そして見つけた。


「ひっ……お、大きい……!」

「しっ、静かに……」


 とぐろを巻いて、すやすやと眠る──巨大な蛇ホースイーターの姿を。

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