第93話

 教会を後にした俺たちは街の商業ギルドへ立ち寄り、そこでアクリ村宛の郵便を依頼した。

 内容はもちろんモニカの事だ。突然、俺についてくるなんて言い出したもんだから、せめてマイラさんや父親であるローガスさんには連絡しておかねばならない。旅に出る以上は一方通行の連絡になってしまうが、無いよりかはマシだろう。



 それを終えたら、次はいよいよ目的の冒険者ギルドだ。

 街にある建物の中でも一際大きく、外壁にはギルドの象徴たる竜のエンブレムが掲げられていた。お陰様で街の地理に明るくない俺たちでも、その場所がすぐにわかった。

 内部は語るまでもなく想像通りだった。剣や斧、杖などを装備した老若男女で賑わう。とはいえ大した感想は湧いてこない。強いて言うなら、まるで土日の管理局みたいってとこだな。前世の記憶持ちの俺が抱く感想なんざ、それくらいだ。


「こ、ここが冒険者ギルドなのね……」


 キョロキョロと周りを見渡し、街とは異なる活気に息を飲むモニカ。このあまりのっぷりのせいか、周囲から視線をちらほら感じる。しかしまぁ、ここでわざわざ咎めるのも野暮ってもんだ。初めて管理局を訪れた時は、俺もこんな感じだったしな。


「ねぇ、ちょっと聞いてる……?」


 返事しなかったせいか。モニカが不安げに俺の顔を見た。


 ──どうしよ? 大丈夫だよね?


 彼女の表情から、そんな感情が読み取れた。そんな調子なら、ついて来るなんて言わなきゃよかったのにとも思うが今さらだ。

 仕方なく俺は言葉を返した。


「あー、そうだな。意外と大きい」

「あんたってば、どうしてそんな落ち着いてられるのよ? あたしたち、これから冒険者になるのよ……?」

「そりゃ、俺はモニカと違って前々から決めてたからな。そこは覚悟の差ってヤツだろう」

「うぐ……正論だけど、なぜか腹が立つわね」


 いや、何でだよ。まぁ、確かに少しだけカッコつけた言い方だったのは自覚してるけどさ。現代冒険者の先輩なんだ。それくらい許してくれ。


「ま、とりあえず登録を進めるぞ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


 言いながら俺はそれっぽいカウンターへと足を進める。その奥で事務作業をしているお姉さんへと話しかけた。


「えーっと、冒険者登録はここでいいのかな?」

「えぇ、ここであってますよ。新規の登録ですか?」

「あ、はい……俺と……あと一応コイツも」

「い、一応って何よ! アンタが貧弱な天職だから来てやってるんでしょっ!」

「あー、わかったっわかった! いてぇから、その馬鹿力でつねるなって!」

「あはは……仲がよろしいんですね。さて、お二人ですね。早速手続きしちゃいますので、こちらの魔石にお手をお願いします」


 受付のお姉さんの指示に従い、俺たちは順番に魔石に手を触れた。すると魔石から淡い光が放たれ、彼女の持つ真っ白なプレートに文字が刻まれはじめた。


「おぉ……なんだかよくわからんがすごい」

「ちょっと! 田舎者っぽいこと言うのやめてよ!」

「いや、実際、俺ら田舎者だし……」


 モニカは気にしすぎなんだよなー。ここに永住するわけでもないんだから、外面なんか気にしなくていいのに。でもまぁ、女子ってそんなもんなのか? ママ友同士のマウント合戦が激しいみたいな話、ネットでたまに見かけるし。


「はい、これで登録完了ですよ」


 そうこうしているうちに登録が終わったらしい。受付のお姉さんが先ほどの白いプレートを渡してくる。


「おぉ……こんなに早く終わるのか」

「昔は書いてもらった登録証と鑑定板を照らし合わせたりしてたんですよぉ……しかも受付係が目視で……。でも今は最新の転写魔石が導入されたので! 手続きがすごく簡単になったんです!」


 聞いてもないのにキラキラした目で嬉しそうに語る受付のお姉さん。

 察するに、この転写魔石が導入されたのは最近っぽいな。前時代的でクソみたいな社内運用からやっとこさ開放されたってわけか。そりゃ、語りたくなるよな。や、経験は無いけどさ。だって元ニートだし。でも、その手のコラム漫画みたいなのはSNSやってりゃよく流れてくる。お陰さまで何となく共感できちゃうんだよな、これがまた。


「……どこの世界も社畜は苦労してんだな」

「しゃち? 何の話ですか?」

「いや、なんでもない」

「……あんたってば、時々わけわかんない事呟いてるわよね……大丈夫?」


 ジトっとした目で俺の顔を見るモニカ。

 何だか居心地が悪くなったので、俺は話題を切り替えた。


「ちなみに、これは?」


 受け取った白いプレートを掲げて尋ねる。鑑定板がステータスカード代わりなのは理解してるが、これを見たのは初めてだった。何か特別な機能でもあるのだろうか。


「ギルドの登録証ですよ。鑑定板の機能も付いてます。ちなみに色は現在のランクを表していまして……あちらのボードに貼り出された紙が依頼票なんですけど、見出し部分の色と対応してるんです。白は最低ランクですね。そこから空色、藍色、緑、黄、橙、赤、黒の順で難易度が高くなります」

「へぇ、色で識別してるのね」

「そうですね。字が読めない方には受付が代理で内容を読み上げるんですが……。あまりにも無作為に依頼票を持ってこられては貼り直しも大変なので……難易度だけは誰でもわかるように色分けしてあるんです」


 素直になるほどな、と思った。

 ぶっちゃけこの世界の識字率はそこまで高くない。平民なら尚の事だ。

 何せ学校制度が無いからな。基本的には親か読み書きできる知り合いから教えてもらうか、書物から独学で学ぶしかない。

 うちの村じゃ、教えれるレベルで読み書きできるのはハンザさんのような商売人だけだった。昔、俺とモニカは少しだけ教えてもらった事があるが、それでも本当に簡単な読み書きしかできない。


(──そう考えると、旅仲間に学のある人物が必要かもな。中央大陸とか言語や文化すら違う可能性もあるだろうし……)


 ちなみに鑑定板の表示に関しては、不思議な事に誰でも内容を理解できる。シスターさん曰く、スキルとは神の恩恵であり、神の言葉は誰にでも理解ができるからだそうだ。なるほど、わからん。


「登録手続きはひとまず以上ですが、他に何かありますか? あ、報酬などは直接依頼票を持ってきてくだされば、都度説明はできますので!」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。それではまた何かあればお声かけください〜!」


 受付のお姉さんとの話を切り上げた俺たちは、ひとまずギルド内の待合スペースみたいな所へと移動した。


「とりあえず登録は完了したな。さて、お次は──」

「ついに依頼を受けるわけねっ!」

「いやいや、ちょっと待て」

「何よ? その為にここに来たんじゃないの?」


 不思議そうな顔をするモニカ。初めての事だらけで仕方ない部分もあるが、彼女は肝心な事を忘れている。


「まずは装備を買おう。俺は素手でも大丈夫だけどモニカには必要だろ? 仮に採取系の依頼から始めるにしても、防具だけは買うべきだ」

「そ、そっか……! そうよね……」


 落ち着いて考えればすぐにわかることだけに、恥ずかしそうにするモニカ。


「それじゃ、早速向かうぞ」

「う、うん……」


 モニカを引き連れて冒険者ギルドを出た。それからは道行く人に尋ね聞いて、一番安い武具屋を探した。

 本当はそこそこの品質のものを買いたかったが、事情が変わったので仕方がない。基本的に剣などの前衛向けの装備は金属製なので値が張るのだ。


(今の所持金なら……鉄槍と革防具程度なら買えそうだな)


 一応、俺の懐にはこの日の為に用意した金がある。親の死後、使わなくなった家と土地を売って作った金だ。とはいえ所詮は、辺境の不動産。街の土地と比べれば大した額ではないので、初期投資は慎重にしないとな。



「毎度あり!」


 そんなこんなで地域最安価が謳い文句の中古武具店で、最低限の装備を整えた。モニカ用の鉄槍と革防具一式。俺は武器が不要なので手袋とブーツだけ購入した。


「とりあえず今はこれで頑張るしかないな。見た目は……まぁ我慢してくれ」


 一式を装備したモニカの姿を見て、俺は申し訳なさのあまり頬を掻いた。中古品でおまけに安物とだけあって、見た目はあまりよろしくない。ぶっちゃけクソダサい。

 もちろん俺のポケットマネーで買ったモノなので文句を言われても困るのだが、それでもこんなクソダサ装備を女の子に着せるのは妙な申し訳なさがあるのだ。


「ううん……大丈夫。あ、ありがと……! ……大切にするわ」


 なんだか珍妙な出で立ちになってしまったモニカは特に不満を言うこともなく。少しだけ照れくさそうにお礼を言う。


「お、おう……? まぁ気にしてないなら、そりゃ良かった」


 なんだか意外な反応だったので、俺は少し拍子抜けした。


(……現代ファッションを知ってるだけにダサいと思うだけで、意外と現地人的にはそうでもないのか? いや、どう見てもダサいよな……?)


 そんな事を頭に浮かべながら、またギルドに向かって歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る