第92話

「おかえり! ねぇ、どうだった!?」


 神託の間から戻るやいなや、モニカから質問が飛んできた。どうやら俺がどんな天職を授かったのか気になっていたようだ。

 しかしまぁ、なんと答えればいいのやら。少なくとも自慢できるような天職でないことは確かだ。ましてや彼女──モニカとは幼き頃からの仲、つまりは腐れ縁というやつだ。世辞を言いあえるような間柄ではない。授かったのが市民以下の弱小天職だと知られれば、馬鹿にされそうだ。


 ……や、違うな。確実に馬鹿にされる。それこそ腹を抱えて大笑いされるに違いない。


「……そ、それなんだが……ほら、あれだ。人っつうのは無限の可能性を秘めていてだな……何も初期ステータスが全てじゃないのさ。遊び人だってレベルが上がれば賢者に転職できるわけだしさ、与えられた天職だけで人を評価しちまうのは些か早計だと思わないか? 俺はそう思うんだよなぁ。つまり何が言いたいかと言うとだな、そのアレだよ、アレ──」

「早口過ぎて何言ってるかよくわかんないわ。御託はいいからさっさと見せなさいよっ!」

「いでで!? つねるなって! ただでさえ天職授かってムキムキなんだからっ!?」

「失礼なやつね! そんなに変わってないわよ!」

「いや……少なく見積もっても三倍くらいは──いだだッ! わかった! 見せる! 見せるから! とりあえずつねるのをやめろ!」

「……ったく、しょうがないわね。最初から素直に出しとけばいいのよ」


 彼女の容赦ない暴力に屈服した俺は渋々、鑑定板を取り出した。


「いててて……はぁ、これ絶対アザになってるだろ……」


 ちくせう。以前の俺ならばこの程度じゃ痛覚すら反応しなかったと言うのに。

 不満を心の中で吐露しながら、例の如くトリガーとなる呪文を唱えた。


「〝開示せよ〟──ほら、これだよ」

「ふーん……どれどれ……?」

「いっ……」


 急にモニカが距離を縮めてきたので、変な声が出た。彼女の右肩が俺の左肩に触れる。

 うーん……幼馴染とはいえ、流石に緊張するな。いや、むしろ幼馴染特有の無防備さのせいか。ぶっちゃけモニカってマイラさんに似て可愛いし。なんかいい匂いもするしよ。

 そんなバキバキ童貞さながらの感想はさておき。

 隣で俺のステータスを眺めていたモニカは躊躇いもなく吹き出す。


「ぷっ……〝愚者〟って……あはははっ! あんた、こんな変な天職授かったのね……!? これで村を出るつもりなの? ぷぷっ……!」

「う、うるせーな! 見ろ! この固有ユニークスキルの数を! 天職に頼らずとも俺には才能があるんだよ……!」


 はい、嘘です。魔族のお姉さんアストラフェのお陰です。


「そりゃあ確かに固有ユニークスキルはすごいけど……あんた、私よりも防御力が低いのに拳で魔獣と戦うつもり?」

「うぐ……それなんだよなぁ……」


 冷静に指摘され、ぐうの音も出なかった。この世界の魔獣がどれほど強いかはわからない。ただ、少なくとも楽勝ってわけにはいかないだろう。


(ようやく不確かだったモノ前世の記憶が確からしいものになったっつーのによ)


 天職を授かった時に現れた謎の少女。あいつも前世と言っていた。その言葉で、これまで夢や妄想の類ではないかと疑っていた記憶が真実に変わったのだ。ならば彼女の示す通り、俺は中央大陸にあるエルフの里とやらに向かうべきだろう。

 なぜなら日本には雪菜がいるのだ。もし俺がこの世界アルカナムに留まってしまえば、彼女は本当に独りぼっちになってしまう。


 それに……俺を殺したヤツがあのまま大人しく東京観光してるとは思えないしな。


(モニカと別れるのは寂しい気もするが……仕方ないよな)


 彼女にはちゃんと家族がいる。それに天職だって明らかに優秀そのもの。俺が消えたところで、きっと彼女はこの世界で幸せに生きてけるだろう。


「でもまぁ、無いもんは仕方ねぇ。キツイかもしんねぇけど、〝愚者コレ〟でやれるだけやってみるさ」


 だからこそ、村に帰って平和に過ごすなんて選択肢は俺にはなかった。たとえクソみてーな天職だろうが、戦えないわけじゃない。それこそ、ぶん殴るのは得意分野だしな。


「ちょ、ちょっと本気なの……? あんた、本当に村を出ちゃうの……?」

「最初からそのつもりだって。前からずっと言ってただろ?」

「で、でも魔獣って本当に危険なのよ! あんたのパパやママだってそれで……」

「心配してくれてありがとな。でも、もう決めた事だから。俺はこのまま街のギルドに行くよ。こんな情緒の欠片もねぇ別れ方で悪いけど、マイラさんによろしく言っといてくれ」

「え、あっ……ちょっと待ちなさいよっ!?」


 モニカの制止を無視して、俺は教会の外へ出た。あまりダラダラと会話していては名残惜しくなりそうな気がしたからだ。そのまま街にある冒険者ギルドへ向かうべく歩き始めた。


「……もうっ、し、仕方ないわね!」

「いや、なんでしれっとついてきてんだよ……こういうのって、さらっと済ませた方が寂しくなくていいんだぞ。俺の優しさが台無しじゃねーか」


 先ほどの会話がまるで無かったかのように、ずんずんと俺の横を歩くモニカ。

 マジでなんでついてきてんだよ。お前の向かう先は、反対方向の馬車乗り場だろうよ。


「うるさいわね! あんたの天職じゃすぐ犬死にしそうだし! そもそも、そんな天職じゃ仲間だって集まりっこ無いでしょ!?」

「いや、それはわかってるって……俺は別にソロでも構わないんだ。小銭稼ぐだけなら無理して危険な依頼を受ける必要も無いからな」


 俺の目的はあくまでも旅をして中央大陸へと向かう事だ。何も高ランクの冒険者になって金持ちになりたいわけじゃない。変な話、その日の宿代とパン代を稼ぐだけなら、弱い魔物しかでないエリアで薬草収集だけこなしてたって一向に構わないのだ。


「まぁ、そういうわけだから。何とかなるだろ」

「……ら……たしが……やるっての」

「ん? なんか言ったか?」


 隣でモニカが呟くように何かを言う。声が小さい上に早口でよく聞き取れなかった為、俺は聞き返した。するとモニカは頬を赤らめながら、捲し立てるように言い放った。


「──だから、あたしが組んでやるっての!」


 は? 組む? いったい何を言ってるんだ、この子は。

 なんと返せばいいか悩んでいると、彼女は勝手に何やら弁解らしきものを吐露し始めた。


「か、勘違いしないでよ!? たまたま冒険者向きの天職授かっちゃったから、ちょっと興味が湧いただけよ! べ、べべ、別にアンタの為とか、そんなんじゃないんだからねっ!?」

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