彼の居ない世界で 其の二
「──け、賢人が……賢人が死んでしまったのじゃッ!!」
飛び込んできたユーノが放った一言が、その場の空気を凍てつかせた。沈黙が空間を支配するが、それもほんの数秒のこと。
「は……? パイセンが……死んだ……?」
初めに静寂を裂いたのは星奈の声だった。信じられないと言わんばかりの表情で、ユーノから告げられた事実を繰り返す。その後の行動は意外だった。
「ユーノッ!? いったいどういうことっすか!?」
「ぬわあぁぁッ!? そんなに、ゆ、揺らすでないのじゃっ!?」
「せっ、星奈ちゃん!? お、落ち着いて……!」
ユーノの肩を掴んで激しく問い詰める星奈。彼女自身、そんな事をしても無意味だと頭では理解していた。けれども、咄嗟に感情が先走ってしまったのだ。
「これ、説明するから!! まずは離すのじゃーっ!?」
「……っ!」
耐え兼ねたユーノが叫ぶと、その手に淡い光が灯った。
それは聖属性魔法の【浄化】がもたらす光であった。その効果は精神汚染などの
光を浴びた星奈は、ユーノを揺さぶる手をぴたりと止めた。
「……ごめんっす」
魔法によって落ち着きを取り戻した星奈は、ひどく申し訳無さそうに吐露した。
「気にするでない。気持ちはわからんでもないからの。それで本題じゃが……」
乱れた衣服を整えながらも、ユーノは言葉を続けた。
「残念ながら、そのままの意味なのじゃ……既に妾の鑑定にそう出とるのじゃ。賢人の、没年が、死亡時の行動歴と共にな……」
俯き気味に経緯を語るユーノ。その真剣な様子が、これが冗談の類でないことを証明していた。
「そ、その情報が間違ってるっていう可能性は無い、のかな……?」
瑠璃子が恐る恐る尋ねた。星奈共々、一番近くで彼のチートっぷりを見てきた瑠璃子にとって、賢人が敗北したというのは、にわかには信じがたい情報だった。
実際は生きているんじゃないか。彼の底なしのステータスがそんな希望を瑠璃子に抱かせたのだ。故に、彼女は問いかける。
しかしながら、その問いに対してユーノが首を縦に振ることはなかった。
「妾のスキルに刻まれた以上、それは記録であり不変の事実なのじゃ……」
彼女の固有スキルは、この世のありとあらゆる知識を得るというもの。そこには個人の動向も含まれた。
だがしかし、これは未来を予知するものではない。彼女のスキルが見通すのはあくまでも記録である。そして記録とは既に起こった事象なのだ。
「じゃ、じゃあ……本当に賢人さんは……」
彼の死が確実であると理解して、瑠璃子は口元を両の手のひらで抑えた。
そこから彼女は一切の言葉が発せず。ただただ、込み上げる感情に肩を震わせるだけだった。
「「……」」
受け入れがたい事実が、またこの空間に沈黙を呼び戻した。俯き、押し黙る星奈と瑠璃子。どんよりとした重たい空気が応接間を満たしていく。
そんな中、ユーノはおもむろに仮面を取り外すと、狐塚へと鋭い視線を向けた。その瞳は青白く光り輝いている。
「さて……そろそろ教えてくれんかの? 返答次第では──妾はお主と敵対せねばならぬ」
いつになく冷たい口調。そこに普段の無邪気さや愛らしさは含まれていない。S級冒険者の
「いやはや、怖いことを仰っしゃりますねぇ……」
「……これは冗談の類ではないぞ?」
「もちろん私としても真摯に受け止めておりますとも。ですが、少し質問が漠然としてましてねぇ。なかなかにお答えが難しいと言いますか……!」
気迫たっぷりのユーノを前にしてなお、臆する事なく飄々とした態度を続ける狐塚。
「さっきも言ったであろう? 妾は死亡時の行動記録を見たと。確かにそこに記載があったのじゃ──〝転生した魔王のナンバーズスキルにより死亡〟とな」
「ほう……それはそれは……何ともダンジョンらしいワードですねぇ」
「ふん、それで済めばこんな質問はせんのじゃ。当然じゃが、あやつを殺めた存在について調べようと思ってな。妾の
星奈や瑠璃子へ知らせる為に局内を駆けている間も。この場に来て状況を伝えてる間も。彼女はスキルをずっと発動させていた。
魔王や転生といった、創作物にあっても実在しない概念についての情報を、脳内の書庫の隅々まで探したのだ。
「──さすれば唐突に妾の固有スキルのレベルが上昇したのじゃよ。まるで妾がこの情報を求め始めるのを見計らっていたかのようにな。そして権限レベルが上がった事によって転生に関する情報が、我が【
言い放つユーノの視線は、彼の細長い双眸ではなく胸元の見えない何かを捉えていた。
「お主はいったい何を知っているのじゃ? 〝転生者〟の称号を持つ者よ」
既に彼女には視えていた。【
「いやはや、これは言い逃れできませんねぇ……!」
転生者なる存在である。そう指摘された孤塚は、焦るどころか待ち焦がれていたとでも言わんばかりに胡散臭い笑みを見せた。
「アンタ……いったい何を隠してるんすか? まさか……目的はパイセンだったんすか……?」
飄々かつ思わせぶりな言動の孤塚。それに対する不信感と苛立ちから、星奈は彼の胸ぐらを勢いよく掴んだ。十代の少女とはいえ、そのレベルは適正Sランク相当。男性一人を浮かすくらいの力が星奈にはあった。
「おっと……暴力は反対なんですがねぇ……うぐっ?」
「そんな言葉は聞いてないっす。さっさと質問に答えるっすよッ!?」
ユーノの時とは比べ物にならない勢いで、孤塚の身体を揺さぶる星奈。
「……」
こんな時に彼女を止めるのは、いつも瑠璃子の役目であったが今はそれもない。当の彼女は──真剣な眼差しで孤塚の顔を見据えるだけだった。
「──ま、その辺にしとき。そのオッサンは貧弱ステータスやからな。S級が本気でシバいたらポックリ逝ってまうで」
「琴音ちゃん……?」
「おぉ、琴音さん! ちょうど良い所に来て下さいました! ちょっと彼女らに説明を──」
部屋に入ってきたのは琴音だった。険悪な空気が漂うのも厭わず、彼女は平然と部屋の奥まで歩んでソファに腰掛ける。そして狐塚の胸ぐらを掴む星奈に向かって。
「……そのオッサンは一応あんちゃんの味方や。まぁ、胡散臭いし、ちょいムカつくから一回くらいならシバいてもええとは思うけどな」
「あのぅ、琴音さん……? シバかれるのは困るんですが……」
「……二回までオッケーや」
「琴音さんっ!?」
「うそうそ、冗談やん」
珍しくも悲痛な声を上げる狐塚。そんな彼を見て琴音はけらけらと笑った後、今一度、星奈の顔を見て問いかけた。
「ま、そんな胡散臭いオッサンをどつくよりも、ええ話があるんやけど聞きたないか?」
「……いったい、なんすか?」
琴音と狐塚の馬鹿らしいやり取りで毒気が抜けたのか。星奈は、腕に込めていた力を抜いて琴音の方へと向き直った。
解放され、へたり込む狐塚を横目に琴音がにやりと笑う。
「単刀直入に言うと──あんちゃんを生き返らせる方法や」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます