第18話

 雷華狼を討伐した俺たちは、そのまま管理局へとやってきていた。

 その理由は──言うまでもない。

 3人で仲良くベンチに座わって、受付番号が呼び出されるのを待った。


「いやー、それにしても楽しみっすね」


「ん? 何がだ?」


「いや、決まってるじゃないすか。買取額っすよ、か・い・と・り・が・く!──雷華狼はこれまでのダンジョン探索の歴史の中で1度しか確認されてないんすよ? どんな値が付くかも想像付かないっす!」


 いつになく高いテンションで話す星奈。心なしかその表情には期待が満ちていた。

 ジト目ダウナー系キャラだと思っていたが、こんな顔もするんだな。

 お金の魔力と言うのは恐ろしいものだ。


「つっても需要がアパレルなんじゃ限度も知れてるんじゃないか? 長年使えて、中古需要もあればスーパーカーみたいな値段は付くかもしれんが……」


「……はぁ、パイセンは夢がないっすねぇ。ガン萎えっすよ。あれっすね? ネズミーランドでニッキー指差して『中身おっさんだよ』とか言っちゃうタイプっすか? そうなんすか? おん?」


「……な、なんかごめん」


 俺が夢のない返答をしたせいで熱が冷めたようだ。秒でテンションが元に戻った。

 いや、ごめんじゃん。


「星奈ちゃん、あまり賢人さんを困らせちゃダメだよ?」


「別に困らせてないっすよ。今のは忠告っす。ネズミーランドの夢を壊す奴は全員ニッキーの名の元に断罪されるっす」


「おい、なんか話がすり替わってるぞ!?」



 そんな感じで下らない会話を続けていたら、あっという間に受付番号を呼ばれた。

 3人揃って受付へと向かった。


「ようこそ、ダンジョン管理局へ……ってあら? 馬原さんでしたか」


「あ、高田さん。こんにちは」


 奇遇な事に受付に出たのは高田さんだった。

 いつも通りの可愛らしい笑顔で俺を迎える。


「ふふ、本日のご用件は……素材買取ですね」


「えぇ、そうです。ですが、未解体ですし結構大物なので、直接解体スペースに運んだ方が良いかもしれません」


 特に雷華狼はワンボックスカー程度のサイズがある。

 こんな場所で広げたら大変な事になりそうだ。


「なるほど、では先に解体施設までご案内しますね」


 そう言うと受付カウンターから高田さんが出てきて、俺たちを案内し始めた。

 先導する高田さんへ俺たちも付いていく。


 解体施設というのは文字通り、魔獣を解体する設備の揃った建物の事である。

 ドラゴン等の巨大な魔獣を解体できるよう、それなりの広さが必要だ。

 そのため、普段管理局として訪れている建物とは別の場所にあるのだ。

 

「ところで気になっていたんですが、そちらの方々が馬原さんのパーティーメンバーですか?」


 解体施設に向かう途中、高田さんが星奈と瑠璃子に視線を向けつつ俺に尋ねた。

 そういえばパーティーでダンジョン管理局に来るのは初めてだったな。

 管理局の一職員さんとは言え、高田さんには初めて活性化アクティベートした時からお世話になってるし、紹介しといた方が良いだろう。


「ええ、そうです。『ピアーズ』のおかげでいい仲間と巡り会えました。……ほら、星奈と瑠璃子も自己紹介くらいしとけ」


「え? あぁ、神坂星奈っす。賢人パイセンとは名前で呼び合うくらいに仲良しっすー」


「あ、雨宮瑠璃子です。同じく賢人さんとは仲良しですっ」


 ──ぎゅむっ


 やたらと仲良しを強調しながら、俺の両腕に二人が抱きついた。

 それぞれ異なり、それでいて柔らかな感触が俺の腕に伝わってくる。


「ぬあっ!? お、お前ら、一体何をやってるんだ!?」


 焦りと緊張でバクバクと高鳴る鼓動。うっ、死ぬ。

 星奈はともかく、特に瑠璃子の抱きつきは凶器に等しい。

 NARIKINイチオシプリンの三倍は柔らけえ。こいつら、俺が童貞と知っての狼藉かっ!?


「盗賊のカンがっすね、賢人パイセンを守れと言ってる気がするっす」


「わ、私も神様がそう告げているように感じました!」


 よくわからない理論を述べる二人。

 そんなことはどうでもいいから、早く離れてくれ。


「ふふっ、仲良しなんですね。さんに素敵な仲間が見つかってよかったです」


「す、すみません……二人ともまだ子供なもので……」


 そんな俺たちの様子を見ていた高田さんは余裕の表情で微笑む。

 さすが大人の女性だ。こんな茶番劇みたいなのを見せられても、大人の対応を──あれ?


「私は高田恵美と言います。見ての通り、管理局の職員ですが、実は私も賢人さんと仲良しなんです。SNSじゃなくて、プライベートの連絡先も知ってるくらいですし。──ね、賢人さん? あ、後で私の予定の空いてる日、送っときますね」


 その言葉を聞いた二人の表情が固まった。

 俺の腕に抱きついたまま、星奈と瑠璃子は顔を見合わせる。


「瑠璃子、ちょっとそのデカブツでパイセンを喜ばせとくっす。その間にウチが【アイテム奪取】でパイセンのスマホを──」


「うん了解だよ、星奈ちゃん。これも賢人さんのため。私はいつでも身を捧げ──」


「だぁー! やめんかい!」


 そんな調子がこの後もしばらく続き、買取査定を終えるまでに、いつもの倍の時間を要したのは言うまでもない。





 そして、二時間後。


「……で、どうしてこうなったんだ?」


 管理局からほど近い場所にある居酒屋チェーン店。

 その一角にある個室で、目の前に並べられた飲み物や料理を眺めながら、俺は呟いた。

 そんな俺の疑問に対して、隣に座る星奈が答える。


「どうしたも何も、探索後の打ち上げじゃないっすか。冒険者はハードワークっすからね。わりと一般的っすよ? あ、パイセンはビールでいいっすか?」


「え? ああ、ビールでいいぞ」


「りょっす」


 彼女の手元にはタッチパネル式の注文端末があり、手際よく鉄板メニューをぽちぽち注文していた。


「って俺が聞きたいのはそういうことじゃなくてだな……」


「ふふ、星奈さん、私は日本酒でお願いできるかしら?」


「渋いっすね。りょっす」


「いや、聞きたいのはまさにそれです。なぜ高田さんまでいるんですか。打ち上げの定義を根本から覆さないでください」


 そう、こうした会を設けることに全くもって異議はないのだ。

 俺の疑問は、なぜこのメンツになったのか?である。

 買取査定中にちょっとトイレで席を外したら、いつの間にか決定していた。

 全くもって謎である。


「うふふ、細かい事は抜きにしましょうよ、賢人さん。こういう場は人数が大いにこしたことはないですから。大金も入った事ですし、パーッといきましょ」


 そう言ってにっこりと笑う高田さん。

 

「高田さんに食事を奢るのはやぶさかではないですよ。むしろこんな騒がしい居酒屋でいいのかって感じですが」


 今回のダンジョン探索で得た金額は約1200万円である。

 特に雷華狼の価値が凄まじく、魔石と毛皮で1000万円もの値がついたのが大きい。

 それを俺たちで三等分して一人頭400万円ほどの大金を獲得したのだった。

 それだけの大金を得ながら、行き着いた先がこの居酒屋チェーンというのも逆に申し訳ない。


「ふふっ、ちゃんとしたデートはまたの機会にお願いしますね?」


「ででで、デートって……」


 いかんいかん。

 童貞が耳慣れないワードベスト5にランクインする言葉を受けて思わず吃ってしまった。

 高田さんが言ってるのはもっとフレンドライクなものに違いない。

 海外圏だと社交的な意味合いもあるらしいからな。


「それに、今日は私の方がオマケみたいなものですから」


 そう言って高田さんは星奈と瑠璃子に視線を向けた。

 その言葉に星奈と瑠璃子が反応する。


「そっすよ。ウチらじゃパイセンのお酒の相手ができないんで、仕方なく連れてきたっす。あくまでもパイセンのためっすからね。勘違いしないで欲しいっす」


「星奈ちゃんの言う通りですっ! あ、ちゃんと後で賢人さんの個人情報──じゃないです。なんでもないです!」


「おい、なんか裏で取引してないかっ!? しかも限りなくブラックなやつ!」


 何やら不穏なワードが聞こえたので、俺がすかさず言及するが、


「そんなわけないっすよ。何言ってんすかパイセン」

「そ、そんなことはないです」

「ふふっ、公務員がそんなことしませんよ」


 あ、はい。そうですか。

 よくよく考えたら、こんな元ニート童貞の個人情報に大した価値はなかった。

 多分、俺の聞き間違いだろう。むしろ聞かれたら普通に喜んで教えるし。


「ところでみなさん、適性ダンジョンのボス魔獣を倒したんですよね。それなりにレベルも上がってるんじゃないですか?」


 高田さんはそう言って話題を切り替えた。

 なんだか先ほどのグレーな話を上手いこと流された気もするが、まぁ気のせいだろう。


「あー、そうかもしれないですね。ちょっと見てみます」


 高田さんの問いに答えるべく、俺はポーチからステータスカードを取り出した。

 頭の中でステータスオープンと念じる。


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :馬原 賢人

天職 :賢者

レベル :28


体力 :5624

魔力 :0

攻撃力 :4294

防御力 :4235

敏捷 :4221

幸運 :4412


<スキル情報>

【反転する運命】ナンバーズ:ゼロSLv2

 SLv1効果:

 ・保持者の魔力値に-100%の補正。

 ・保持者の魔力値以外のステータス基礎値に-50%の補正。

 Lv2効果:【無碍の杖】おろかもののつえ

 ・失った魔力値の20%分、魔力を除く全ステータスを増加させる。


【火属性魔法】SLv3

【水属性魔法】SLv1

【風属性魔法】SLv1

【地属性魔法】SLv1

【雷属性魔法】SLv1

【聖属性魔法】SLv1

【回復魔法】SLv1

【状態異常解除】SLv2

【状態異常耐性】SLv3

【闇属性魔法耐性】SLv1

【杖術】SLv8

────────────────────────────────


 ボス討伐後、4レベルも上がっていた。

 そして相変わらず、異常なまでのステータス成長率である。


「わぁ、素晴らしいですね……このステータスなら、あと数回、討伐実績を積めばランクアップできそうですよ」


「そうなんですか?」


「えぇ、このCランク以降の昇格はステータスに加えて、ダンジョンの探索実績が条件ですから。──賢人さんが成長していく姿が見れて、私も嬉しいです」


「あはは……ありがとうございます」


 高田さんは胸に手を当て、まるで自分の子供の事のように喜んでくれる。

 こうやって自分を認めてくれるのは悪い気がしない。俺も自然と笑顔が綻ぶ。


「何ニヤついてんすか、パイセン! 騙されちゃダメっす! 玉の輿狙われてるだけっすよ!」


「そ、そうですよ! 賢人さん! 次は私が賢人さんを悪い異性から救い出しますから!」


「あはは、何いってるんだ、お前たち。高田さんがそんな人なわけないだろう」


 全く、本人の前でなんて失礼な事を。

 いくら星奈と瑠璃子でも、人の悪口を言うのはダメだぞ。


「──すみません、うちのメンバーが変な事を言って。そもそも俺みたいなヤツが高田さんみたいな素敵な方と付き合えるわけないのに、こいつらときたら好き勝手に……ほんとすみません」


「え? あ、いえ、そんな事は……」


「あ、お気遣いは無用ですよ! ちゃんと俺は自分の身をわきまえてますんで!」


 俺はあははと冗談混じりに笑い飛ばすと、親指を立てた。

 そもそも高田さんと俺が釣り合うわけがないのだ。


「だぁー! もうダメっす! 手遅れっすよ瑠璃子」


「諦めちゃダメだよ、星奈ちゃん! むしろこの鈍感さが唯一の希望──」


「っ! なるほど……隔靴掻痒かっかそうようなのはお互い様ってわけっすね」


 なにやらヒソヒソと離し始める二人。

 よくわからんが、難しい熟語知ってんな。クイズ番組くらいでしか見たことないぞ。

 確か、もどかしいって意味だっけ?


「そんな事より、星奈と瑠璃子はどうなんだ? レベルは上がったのか?」


 そんな俺の問いかけに、二人はステータスカードを提示した。


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :神坂 星奈

天職 :盗賊

レベル :33


体力 :6419

魔力 :3800

攻撃力 :655

防御力 :570

敏捷 :1309

幸運 :1394


<スキル情報>

【罠探知】SLv6

【罠解除】SLv5

【気配察知】SLv7

【短剣術】SLv5

【投擲術】SLv5

【加速】SLv4

【逃走術】SLv6

【アイテム奪取】SLv4

【解錠術】SLv5

【収納上手】SLv4

────────────────────────────────


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :雨宮 瑠璃子

天職 :神官

レベル :32


体力 :4799

魔力 :15739

攻撃力 :461

防御力 :384

敏捷 :288

幸運 :883


<スキル情報>

【聖属性魔法】SLv5

【回復魔法】SLv6

【状態異常解除】SLv5

【状態異常耐性】SLv6

【闇属性耐性】SLv5

【杖術】SLv2

────────────────────────────────


「この通りっしゅよ。ま、パイセンみたいな人外ステータスは無いっすけど」


「へぇ、結構上がってるじゃないか。これもあの雷華狼を倒したおかげか?」


 二人とも3レベルほど上がっていた。

 それにスキルレベルも戦闘で使用していたものは少し上がっているようだった。

 30レベルを超えると途端にレベリングがキツくなるとは聞いていたが、それでもこれだけレベルが上がるということはボス魔獣は相当経験値が美味しいみたいだ。


「ボス魔獣は通常1~2ランク上位の魔獣ですから、かなり経験値を得られます! 逆に言えばボス魔獣に挑んでいかないと、これ以上のレベルアップは見込めないんです。Cランクで停滞する冒険者が多いのは、リスクを避けて適性の魔獣だけを狩って生計を立ててる人が多いからですね!」


「さすが瑠璃子。詳しいな」


「えへへ、そ、そうですかね?」


 瑠璃子が得意げに解説してくれた。胸を張る度にぷるんとメロンが揺れる。

 さすが、冒険者学校に通うだけあって、この辺の知識はしっかりあるようだ。


「しかし、なるほどな……確かにあの雷華狼の雷撃は俺の防御力でも、めちゃくちゃ痛かった。適性ステータスの冒険者からすればかなり危険だろうな」


「しょっすよ。かくいうウチらだってパイセンのステータス知らなかっらら、Cランクのボスなんて挑むはずがにゃいっす。挑まにゃくても稼げるんすから」


 あんな化け物に何度も挑んでBランクを目指す意義は確かに薄い。

 俺たちだってボス魔獣抜きで200万は稼いだわけだし、それを平均的なパーティー人数で割れば日給4~50万である。十分に高収入だ。

 ……ところで、さっきから何か星奈の様子がおかしくないか?


「まさかとは思うが。星奈、さっきから何飲んでるんだ?」


「何いってんしゅか? オレンジジューチュっしゅよ」


 彼女の手元にあるグラス。

 その色は……濁ったオレンジジュースに見えなくもない何か。

 ピンと来た俺は俺は持ち前のステータスを駆使し、さっと星奈のグラスを取り上げた。


「だぁー! 何しゅるんすか! いくら間接でもそれはだめっしゅ! 乙女の純情っしゅ!」


「……瑠璃子、取り押さえときなさい」


「は、はい! 了解です!」


 何かを察した星奈が顔を真赤にして喚くが、俺は素早く瑠璃子に指示を出して拘束させる。

 それから奪い取ったそいつを一口飲んだ。


「カシオレやんけ! はい、有罪ギルティ!」


 星奈へのお説教コースが確定した瞬間であった。

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