【小鬼王国】編

幕間 ─彼女の気がかりな事─

「──【暴風矢ストームアロー】ッ!」


 私の放った弓術スキルが、緑色の巨人の眉間に突き刺さった。

 それから少し間をおいて、そのでっぷりとした巨体が後ろに倒れていく。


 ──カランッ。


 倒れ込んだ拍子にそいつの頭から錆びたボロボロの王冠が地面に落ちた。

 元々、劣化していたのだろう。地面に落ちた衝撃で、それは簡単に欠けてしまった。


「ナイススキルだよ! あやか!」


「相変わらず、良い弓の腕だ。俺も安心して【挑発】できるというものだ」


「みんな、無傷……私の出番は、ありませんでしたね」


 さきほどの魔獣──ゴブリンキングが絶命した事を確認した後、私の仲間たちが駆け寄ってきた。

 魔法剣士マジックナイトの青桐大和くん。

 大盾士ビッグシールダーの熊田武さん。

 司教アークプリーストの東雲陽子ちゃん。

 みんなAランクを超える猛者であり、私──東條あやかの大切な仲間たちだ。


「それにしても、こんな浅い層にゴブリンキングが出るとはね。僕たちもツイてないよ」


 先ほど倒した魔獣の死骸を横目に大和くんが肩を竦めた。

 彼がそんな風に言うのも無理はない。

 たった今、私達が探索していたのはB級ダンジョン【小鬼王国ゴブリンキングダム】の五層目だったから。

 本来、ゴブリンキングはこのダンジョンのボス魔獣という位置付けだ。

 出会すとしたら最下層である第十五階層のボス部屋が正しい。


「むしろ幸運かもしれんぞ。もしこいつと遭遇したのが適性ランクの冒険者なら、厳しい戦いであっただろう。あるいは死亡していたか。そうした事故を未然に防げたと思えば、俺たちの不運は決して無駄ではないということだ」


「そう、ですよ。熊さんの、言う通りだと……思います」


 そうだろう、と豪胆に笑う熊田さん。

 東雲ちゃんも同じ考えらしい。うんうん、と熊田さんの意見を肯定していた。


「確かにそう言われればそうだね。僕たちがCランクの壁を乗り越えて、わざわざAランクまで上がった意義を忘れるところだったよ。ありがとう、熊田さん」


「気にするな大和。大志を抱き続けるのは非常に難しいものだ。戦いに疲れて失念する事もある。それを思い出させるのも仲間の務めよ」


 一見すれば、気の合う仲間たちの何気ない会話。

 だけど、私はその会話の中にどうも違和感を感じていた。

 

 ──これは単なる「不運」なのだろうか?


 強力な魔物が発生する条件には魔素の濃度が関係してくる。

 その濃度は日によってムラがあり、これまでの探索でもやや上位の魔物が浅層に出現するなんて事は多々あった。


 今回の事もそうした数え切れない「不運」の一つかもしれない。

 

 だけども本当にそうなんだろうか。

 いくら運が悪かったとして、なんて事が、ありえるのだろうか?


 根拠のない不安感が私を包む。

 これは私の持つ固有スキル【第六感シックスセンス】が何かを知らせているのだろうか?

 この固有スキルは見えない何かを感じ取らせる効果を持つ。

 その曖昧な性質故に、普段あまり役に立った試しが無い。

 だが、今回ばかりはちゃんと機能してるのかもしれない。そして私に何かを伝えたがってるのかもしれない。

 そう考えると、私はいっそう不安になった。


「どうしたんだい? なんだか顔色が悪いよ?」


 思考に耽っていると、大和くんが心配そうに私の顔を覗き込む。

 どうやら思いのほか私の表情は芳しくないらしい。

 私は慌てて笑顔を作った。


「ううん、大丈夫だよ。──いきなりボス魔獣が出るなんて思ってなかったから、いつもより緊張したみたい」


 彼にこれ以上心配させても仕方ないと思い、私は嘘をついた。

 それに、私自身、この胸に渦巻く不安感の理由がわからないもの。

 ただの杞憂かもしれない。そんなことで仲間みんなに迷惑はかけたくなかった。


「そうか、ちょっと疲れちゃったんだね。まあ、心配しなくても今日はここで引き上げるつもりさ。帰ったらゆっくりしなよ」


「そうなの?」


「一応、珍しい事象だから管理局に報告しようと思ってね。それに、とっくにボス魔獣は討伐したんだし、このまま深層に潜る旨味もないと思うんだ」


 いつもどおりの爽やかな笑顔を見せる大和くん。

 私ほど深く受けとめてはないんだろうけど、彼は彼なりに今回の件をどうするか考えてあったようだ。

 その言葉を聞いて私は少しホッとした。


「みんなもそれでいいよね?」


 大和くんが他のメンバーに確認を取った。

 みんな、大和くんの意見には賛成なようだ。


「ああ、問題ない。適切な判断だ」


「私も、異議なし」


 こうして私たちのパーティーは早くもダンジョンから帰還する事になった。

 儲けは少し減ったが、普段はAランクダンジョンで稼いでるし、問題ないだろう。


「あ、熊田さん。一応、今回の分は次回の探索で埋め合わせしようとおもうんだけど──」


「そうだな。ちなみにどこに潜るつもりだ?」


「候補としては【大神殿】かな? あそこはガーゴイルが多いし、僕たちの能力なら適切だと思うよ」


「問題ない。B級では、少し物足りんと感じてたからな。久々に歯応えのある探索が楽しめそうだ」


 地上に戻る道中、大和くんと熊田さんがそんな会話を繰り広げていた。

 参加こそしなかったものの、私は二人の後ろからその会話を聞いていた。


(──【大神殿】か)


 何度か探索経験のあるAランクダンジョンだ。

 あそこで出現するガーゴイルは硬いだけが取り柄の魔獣である。

 私の弓術は貫通力に長けたスキルだし、そいつらとはとても相性がいい。

 それに、もう一人のアタッカーである大和くんも、魔法剣という高耐久の魔獣に有効なスキルを持っている。

 さらに熊田さんは複数の敵を引き付けるスキルがあるし、東雲ちゃんは範囲ヒール持ちだ。

 きっと安定した狩りができるだろう。


(そうだよね。何も不安になる要素なんてないんだ)


 私には頼れる仲間いて、みんな一定以上の実力がある。それを思えば、先ほどまでの不安感が嘘のように無くなった。



 二層目まで戻ってきたところで一人の冒険者とすれ違った。

 赤黒いローブを羽織った若い男性だ。


(ソロの冒険者……しかも魔術師なんだ)


 周囲に仲間らしき人影は無かったので、多分ソロの冒険者なんだろう。

 このランクでソロというだけでも十分に珍しいのだけど、さらに珍しいことに彼は魔術師系統の天職のようだった。

 よほど【詠唱短縮スペルブースト】による戦闘に自信があるのだろう。


(キングは私達が倒しちゃったし、多分、大丈夫だよね)


 B級とはいえ、ゴブリンは魔獣の中でも最弱の部類。

 配下のゴブリンを強化する能力を持つゴブリンキングさえいなければ、ソロでも十分安全に戦えるはずだ。

 そんな事を考えているうちに、いつの間に私は地上へと帰ってきた。

 

 ──太陽が眩しい。


 こんなにも日が高い時間帯に戻ってきたのが久しぶりで、私は少し目を細めた。

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