第19話

 星奈や瑠璃子とパーティーを組んでから三週間が経った、ある日。


「うーん、暇だなぁ……」


 俺は自室のベッドに転がり、天井を見上げながら呟いた。

 今日はパーティーで取り決めた探索活動の休業日である。

 本来は休日らしくプライベートを楽しむべきなんだが、いかんせん俺は休日の過ごし方がよくわからない。

 だって、冒険者始めるまで毎日が日曜日だったんだもの。


「もう三週間も経つのか」


 スマホのロック画面に表示された日付を見て染み染みと思う。

 この三週間で、俺たちは様々なダンジョンを探索してきた。

 その甲斐もあって、先日、遂に俺はBランクへと昇格する事ができた。


 このランクまで到達した冒険者という職業は、人気ウィーチューバー並みの稼ぎがある。

 雪菜の学費だって、これからの稼ぎで十分工面してやれるはずだ。

 だからこそ、こうしてだらだらと一日過ごす事に何ら問題はないのだが──


「やっぱり暇だ。雪菜遊ぶか」


「ふーん……だれで遊ぶって?」


「わっ!? いつの間に!?」


 ドスの効いた声が室内に響き、俺は思わず飛び起きた。

 見れば包丁を手にした雪菜の姿が。

 そしてその表情はなぜか優しい笑顔ヤンデレスマイルである。


「くうっ、お兄ちゃんが放置し過ぎたばかりに、ヤンデレ属性に目覚めちまったか。悪いが俺はそっちの属性は無し──いや、むしろ有りか?」


「キモいこと言ってないで早くお昼ご飯食べてくんない? 今日休みって聞いてわざわざ作ってあげたんだけど!」


「……はい、いただきます」


 俺は素直に従った。

 俺がベッドでゴロついて暇そうにしてても、ちゃんと昼ご飯を用意してくれる愛しの妹。

 その好意を無駄にするほど、俺は愚かな兄ではないのだ。



 リビングへ向かうと、既に食卓に料理が並べられていた。

 チャーハンと中華スープだ。手軽で美味しい主婦の味方。

 香ばしい匂いが食欲をそそる。


「いただきます!」


 席についた俺は早速食べ始めた。

 いや、美味い。美味すぎる。俺が市販のチャーハンの素を使って作るやつの3倍はうめぇぞ!


「さすがだな雪菜。めちゃくちゃ美味いよコレ」


「……それ市販のチャーハンの素で作ったやつだし、そんなベタ褒めされても困るんだけど」


「そうなのか? それなのにこの美味さ……雪菜の愛情がたっぷり含まれてるに違いない! 俺はこのチャーハンでご飯3杯はいけ──」


「頭おかしいの? マジでキモいからやめて」


 普通に怒られた。

 仕方ないので俺は黙って食事に集中する事にする。

 そんな俺を見て雪菜は嘆息し、それから自分も食べ始めた。



「ところでお兄ちゃん、今日は何か予定でもあるの?」


 食事も終わりかけた頃、不意に雪菜が尋ねてきた。


「んー、特にこれといった用事は無いな。暇だしソロでダンジョンに潜ろうかと思ってたところだ」


 三週間のダンジョン巡りによって俺のレベルもだいぶ上がった。

 無論、ステータスも異常にアップしている。

 ダンジョン選びさえ間違えなければ、ソロ探索も十分可能なのだ。


「そうなんだ。──なんか変わったねお兄ちゃん」


 俺の返事を聞いて、雪菜は優しく微笑んだ。

 普段の雪菜なら絶対に見せない表情。

 あまりの可愛さに、俺は少し見惚れてしまった。


「そ、そうか? いつも通りだけどな?」


「なんかね、今はすごく生き生きしてる。ママやパパが死んじゃった時はなんていうか──自暴自棄って感じだったよ」


「ふむ」


 言われてみれば、そうだったかもしれない。

 

 ──当時の俺は高校生で、自分の進路に悩んでた時期だった。


 ただでさえ自分の将来に不安を感じていた頃だ。そんな時に突然、両親が事故で亡くなってしまった。

 冷たいと思われるかもしれないが、両親の死そのものは意外とすんなり受け入れる事ができた。年齢的にも大人に近かったし、当時まだ小学生だった雪菜の存在もあったからだ。


 ただ俺は、自分がどうすれば良いのかわからなくなってしまったのだ。

 将来の重要な分岐点で頼れる人間を失ってしまい、頭が真っ白になってしまった。


 結果として俺は選択する事を恐れた。

 その後の俺がどうなったか。いまさら語る必要はないだろう。


「そうか。変われたんだな、俺」


 ──そして今現在の俺がどう変わったかも。


「そうだよ、変わったよ」


 俺の独白めいた呟きに雪菜が答える。

 それから、悪戯っぽく笑った。


「ま、超シスコンでキモいのは変わらないけどね!」


「なっ! キモくないぞ! 俺は純粋に雪菜の事を想ってだな──」


「あー、はいはい。わかったからキモ兄。私はもう部屋に戻るからね!」


 俺の言葉を遮って雪菜は立ち上がると、食器をそそくさと台所に下げた。


「──私も結構お兄ちゃんのこと好きだよ。キモいけど」


 去り際にそれだけ言い残すと、雪菜は自室に戻っていった。

 

「えっ? ……えっ?」


 あまりに唐突なデレに、俺は歓喜の感情を通り越して間抜けな疑問符を吐き出す事しかできなかった。





 ──Bランクダンジョン【小鬼王国ゴブリンキングダム


「はあ、結局ダンジョンに来ちまったな。どんだけ暇なんだ俺は」


 ゴブリンの根城である薄暗い洞窟を一人で歩きながら俺は嘆息した。

 食卓でも話していた通り、暇つぶしにダンジョン探索に来ようとは考えていた。

 しかし実際に一人で来てみると、どうだろう。

 休日出勤するサラリーマンの気分になってしまい、溜息が零れ出ただけだった。


 まぁ、それでも他にやることも無いので潜るんだけどね。

 昼食の後、雪菜にどこか買い物にでもいかないかと誘ったものの、デレたのが恥ずかしくなったのか部屋から出たくないと言って頑なに拒否されちゃったし。


「今度、星奈たちを遊びに誘ってみるか? いやでも探索以外で誘うとなんか犯罪臭がするな……ぬあっ!」


 ──カチッ!


 思索に耽りながら歩みを進めていると、俺の足が何かを踏み抜いた。

 ありきたりな効果音を鳴らすそれは、紛うことなきトラップのスイッチだ。


「あー、やっちまった」


 星奈の加入により、トラップさんとは最近ご無沙汰だったのですっかり忘れていた。


 ──ヒュッ!


 そんな風切り音と共に左側の壁が開いてトマホーク──いわゆる手斧が飛んできた。

 頭蓋を叩き割らんと回転するそいつを俺は──杖ではたき落とした。


「うーん。対処できるが、やっぱ邪魔くさいな」


 トラップは基本的に物理攻撃、または状態異常攻撃である。

 高ステータスかつ、状態異常耐性を持つ俺はゴリ押しで突破できてしまう事が多い。

 とはいえウザい事に変わりはないので、星奈の存在の有り難みがよくわかる。それに転移罠みたいなのは俺じゃ一切防げないしな。


 ちなみに現在の俺のステータスはこんな感じである。


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :馬原 賢人

天職 :賢者

レベル :41


体力 :19416

魔力 :0

攻撃力 :14822

防御力 :14619

敏捷 :14573

幸運 :15230


<スキル情報>

【反転する運命】ナンバーズ:ゼロSLv2

 SLv1効果:

 ・保持者の魔力値に-100%の補正。

 ・保持者の魔力値以外のステータス基礎値に-50%の補正。

 Lv2効果:【無碍の杖】おろかもののつえ

 ・失った魔力値の20%分、魔力を除く全ステータスを増加させる。


【火属性魔法】SLv3

【水属性魔法】SLv1

【風属性魔法】SLv1

【地属性魔法】SLv1

【雷属性魔法】SLv1

【詠唱短縮】SLv1

【聖属性魔法】SLv1

【回復魔法】SLv1

【状態異常解除】SLv2

【状態異常耐性】SLv5

【闇属性魔法耐性】SLv1

【杖術】SLv MAX

────────────────────────────────


 高田さん曰く、もはや人間のステータスではないらしい。

 というのも、日本に数名在籍するSランク冒険者の中で、最も攻撃力が高い人物ですら攻撃力6120との事。 

 その倍以上の攻撃力を持つ俺は人外と形容されても納得である。


 ちなみに、『それなら俺はもうSランクで良いのでは?』と尋ねたが、規定上はBランクで実績を積まないといけないらしく、そればかりは高田さんでもどうしようもないそうだ。ルールってのは大変だね。

 


 そんな事を考えながら探索を進め、あっという間に二層目まで降りてきた。


(他の冒険者パーティーか?)


 途中、冒険者と思しき四人組が前方に見えた。

 その顔ぶれは、イケメンの青年、大柄な男性、寡黙そうな眼鏡っ娘、スレンダーな美少女と多種多様である。

 

 俺は無言で会釈だけした。

 すると相手のパーティーからも似たような反応が返ってきた。


 冒険者同士がダンジョンで出逢っても、あまり会話する事はない。

 冒険者は個人事業主なので、基本的に他の冒険者は競合他社にあたるからだ。不用意に会話して相手に情報を与えたりしないのである。

 逆に言えば、利さえあれば関係性を構築する場合もあるけどな。

 他にも生死に関わる情報なんかは交換する事も。まぁ、その辺は人としてのマナー的な意味合いが強いな。


(うっ、なんかあの子、すげーこっち見てんな)


 すれ違う寸前、スレンダーな美少女が俺をジッと見ている事に気付いた。

 その意図は不明だが、多分『え、何こいつ、ぼっちなの?』とか思ってるんだろう。

 このランク帯でソロ探索なんて、滅多に無い事だからな。


(ちくしょー、今だけなんだからな! いつもは頼れる仲間がいるんだからな!)


 俺は心の中でそっと抗議した。

 今の俺はぼっちではないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る