第20話
──六層目まで降りてきたところで、見慣れない魔獣と出会った。
「あんまり見かけないタイプだな。八頭身ゴブリンの亜種か? それにしては結果にコミットしきれてない気もするが……」
ここ【
実際、この場に辿り着くまでに何体か倒した。
それだけダンジョン内の魔素濃度が高いのだ。より上位のゴブリン種が出たとしても、そう不思議ではない。
俺は改めて眼前に立ちはだかった魔獣を観察した。
──こいつは俗に言う、ゴブリンキングってやつか?
背は通常のゴブリンよりかは遥かに高い。
かといって八頭身ゴブリンみたいに筋肉隆々というわけでもなかった。
どちらかといえば、メタボのおっさん体型である。
ゲヘゲヘと品のない笑みはどこか高慢さを感じさせ、その剥げた頭には錆びたボロボロの冠が載っていた。
外見情報から何となくゴブリンキングっぽい感じなのはわかるが、さらにそれを裏付けるのが従者の存在である。
このメタボゴブリンの周囲には多数のゴブリンがいた。
ノーマルからアーチャーやメイジなど、その種類は千差万別。そこには八頭身ゴブリンも含まれている。
どうやら複数のゴブリン種がこのメタボゴブリンに付き従っているようだった。
間違いない。こいつはゴブリンキングだろう。
「一応、このダンジョンのボス魔獣だって聞いてたんだが──ま、いっか」
そんな事をボヤきながら俺は杖を構えた。
とにかく立ちはだかるなら倒すのみ。難しい事を考えるのは俺の性ではない。
「グゲヒヒヒヒッ!」
ゴブリンキングが手に持った王笏を高らかに掲げた。
嵌め込まれた薄汚い宝玉が光り輝く。
その直後、周囲の従者ゴブリン達の身体が淡く光り始めた。
「ゲヒャッ!!」
「うおっとっ!?」
八頭身ゴブリンが、爆ぜるように飛びかかってきた。
通常よりも素早く──そして重い。この感覚を俺は知っている。
「これは
「ゲバブッ!?」
俺はゴブリンジェネラルの大鉈を弾き返すと、即座に杖で殴り返した。
その一撃によって八頭身ゴブリンの頭蓋は砕かれ、呆気なく絶命した。
攻撃力1万オーバーは伊達じゃない。
「グギャギャ!」「イーッ!!」「ゲゲゲゲッ!」
こいつらも道具を使う程度には知能のある魔獣だ。
通常であれば、上位種である八頭身ゴブリンがやられた時点で少なからず畏怖するところだが、そんなこともお構いなしに各々が攻撃を仕掛けてきた。
そいつらは畏怖どころか、強者に真っ向から立ち向かう勇敢な瞳をしていた。
恐らく、ゴブリンキングの固有能力だろう。
配下を強化できるのだから、士気を高めるような能力を持っていても不思議ではない。
「ゲフゥ!?」「ゴギャッ!?」
飛び掛かるゴブリンを叩き落とし、詠唱するゴブリンを石突で貫く。
数十体いたゴブリン達は、次々とその数を減らしていった。
その様子に焦ったのか、ゴブリンキング本体も王笏を構え、何かを仕掛けようと行動した。
──だが遅い。
「ボス魔獣だろうが何だろうが、俺の敏捷ステータスに敵う奴はいないんだよ」
ゴブリンキングの動向を察知した俺は、その一秒後には杖をぶん投げていた。
強靭な膂力によって投擲されたそれは、槍の如くそいつの胸を刺し貫いた。
その一撃により、ゴブリンキングは絶命した。
「これでお山の大将はいなくなったな。さて、どうする?」
残された烏合の衆を睨みつけた。
指揮官を失ったゴブリン共は、驚愕と畏怖の感情を濁った瞳に灯らせる。
もはや彼らに残された選択肢は少ない。
一拍置いた次の瞬間には、まるで蜘蛛の子を散らすようにダンジョンの奥へと逃げていった。
「ふぅ……まさかこんな早くに出会うとはな。管理局の情報が間違ってたのか? 帰ったら一応報告しておくか」
俺自身この現象について考察する気はさらさら無いが、とりあえず情報は渡してやった方が良いだろう。
俺はゴブリンキングから破壊の杖を引き抜いた。
ドロリと、赤黒い液体が杖の柄を伝わり落ちる。
「うぇ……格好つけて投擲なんかするんじゃなかった」
持ち手にモンスターの血液がべったり付着した杖は嫌悪感しかなかった。
もし時間を遡れるなら数分前の俺を叱ってやりたい。格好つけても何も良いこと無いぞ、とな。
「さてと、魔石を回収するか」
ゴブリン系の魔獣は魔石以外に売れる素材が無い。
それはボス魔獣であるゴブリンキングにも当てはまった。
こんなメタボリックな肉体に需要なんか皆無である。
とはいえ、今はそれが有り難かった。なにせ今日はソロでの探索である。
普段【収納】を担当する星奈が不在のため、大物は一切回収できないのだ。
そんなつまらない事でレア素材を泣く泣く捨てていくのは心底嫌だった。
だからこそ、今日の探索はここ【
──ゲヒヒヒヒッ!
俺が魔石をほじくり出そうとナイフを取り出した時、そんな声が響いた。
声がした方向へ視線を向けて、──俺は驚いた。
「は? なんで?」
なぜならそこには、錆びた冠をつけたメタボゴブリン──もとい、ゴブリンキングの姿があったから。
(別個体だよな?)
思わず俺は足元に転がる死体を再確認した。
無論、そこには胸を穿たれたゴブリンキングの死体が確かにあった。
俺には状態異常耐性もあるし、幻覚を見せられているという線は薄そうだ。
となれば、やはり目の前に現れたゴブリンキングは紛れもなく別個体だろう。
「ゲヒヒヒッ!!」
先ほど倒したゴブリンキング同様、王笏を掲げた。
すると、先ほど霧散していった下っ端ゴブリン共が光に群れる蛾の如く、わらわらと集まってきた。
先ほどまで恐怖で表情を歪ませていたくせに、王の威を借りた途端に下卑た笑みを浮かべる始末。
「──二体目が湧いた理由はよくわからんが、ひとまず二回戦スタートって事だよな。素直に逃げなかった事、後悔するなよ?」
げひげひと笑うゴブリン共を睨みつけ、俺は杖を強く握りしめた。
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