第17話

「グルルルッ……!」


 パチパチと雷閃が弾ける音。

 そして獰猛な唸り声をあげる雷華狼。

 その威圧感は凄まじく、並の冒険者なら恐怖で竦んでもおかしくない。


 だが、俺は目を逸らさない。

 雷光を纒う大狼を真っ直ぐ見つめ、杖を構えた。


 ──そして駆けるッ!


「ハアァァーッ!!」


 疾走しながら杖を後ろに引き、そして咆哮と共に振り抜いた。

 

「グルッ!ガルルルッッ!!!」


 重く、鈍い一撃。

 だが、Cランクと言えども、流石は上位種の魔獣といったところだ。ダメージを受けつつも驚異的な咬合力で俺の杖を受け止めた。

 刹那、その身体から雷光が放たれる!


「さっきまでと同じ手が通用するかッ!!」


 バチバチと音を鳴らしながら、杖を伝って俺の身体を駆け抜ける雷閃。

 だが、俺には一切ダメージを与えられない。

 瑠璃子がかけた補助魔法バフにより、雷撃ダメージは全て遮断されていた。


「──【雷神の加護レジスエレメント・ラギア】、パーティーに雷属性無効を付与する耐性系上位魔法っす。もうお前の雷撃それは効かないっすよ!」


 雷華狼を引き付ける俺のすぐ脇を星奈が駆け抜けた。

 盗賊の高い敏捷ステータスを活かし、雷華狼の頭上へと跳躍する。

 その両手には二対の刃。


「【双蛇牙アンフィスバエナ】ッ!」


 叫ぶと同時、短剣術スキルを頭上で発動。

 落下の勢いをナイフに乗せ、雷華狼の首目掛けて突き刺した。


「ガルアアァーッッ!!」


 悲鳴にも似た咆哮。それと同時に鮮血が散った。


「獲ったっ……す!」


「いや、まだだ!」


 確かにナイフは雷華狼の身体に突き刺さった。

 だが致命傷には至っていない。

 雷華狼が咄嗟に咥えた杖を離して身体を逸らしたため、肩に刃が突き刺さったようだ。

 それでも相手に苦痛を与えるには十分な攻撃なのだが、雷華狼は動じなかった。

 突き刺さったナイフに怯む事なく、放電しながら星奈に体当たりをかます。


「かはっ……!?」


 彼女の細い身体が大きく跳ね飛ばされ、樹木に激突した。

 

「星奈ッ!」「星奈ちゃんっ……!」


「痛つつ……だ、大丈夫っす、瑠璃子がいるんで。それより……パイセンは早くそいつぶん殴ってくださいッ!」


 横たわりながらも手をぷらぷらとさせて問題ないとサインする星奈。

 すぐさま星奈の元へと駆け寄り回復魔法の詠唱を始める瑠璃子の姿が見えた。

 ここは瑠璃子の魔法を信じよう。


「あぁ……わかった。すぐに終わらせてやる」


 俺は視線を雷華狼と戻した。

 星奈の方へと意識が向いたのは刹那の間だったが、既に雷華狼は攻撃態勢に入っていた。

 その太い牙が俺を噛み砕かんと迫りくる。


「──【風柳】」


 俺は杖術スキル【風柳】を発動し、その牙を杖で受け流した。

 攻撃を防がれるや否や、雷華狼は爪による一閃を繰り出して俺を裂かんとする。

 俺もすかさず杖術スキル【打突】を発動。杖の石突を爪に当てて綺麗に弾き返した。


「グルルルッッ!!」


 爪と牙による猛攻はしばらく続いた。

 激しく動く度に肩口に突き刺さったナイフから血が溢れるが、気にも留めない。

 獲物を仕留めるべく、怪我も顧みずに繰り出される怒涛の攻撃。

 その全てを俺は杖で受け流し、弾き返していった。

 

 ──後方から瑠璃子の声が響く。


『後はお願いします。賢人さん──【戦神の刻印バル・スティグマ】っ!』

 

 恐らく星奈の治療を終え、新たな補助魔法を発動させたのだろう。

 俺の身体に光の刻印が現われ、途端に力が湧き出す。

 向上した能力値を確かめるように、俺は杖を強く握りしめた。


「ガルッ……!?」


 変化を感じ取った雷華狼が、ほんの僅かな隙を見せた。

 その刹那の間を逃さない。俺は高く跳躍する。


 ──見下ろす格好で雷華狼と目があった。

 焦燥、畏怖。色んな感情が混ざり合うその瞳には、振り上げた俺の杖が映し出される。

 きっと、こいつは敗北を悟った事だろう。


「仲間が世話になったな。きっちり返させてもらうぞ、犬ッコロ。とはいえ潰しちまうと星奈に怒られるからな。──この一撃俺の全力、しっかり

 

 冷たく、それでいて一方的に言い放った後、俺は杖を振り下ろした。



「星奈、大丈夫か?」


 雷華狼が絶命した事を確認した俺は、星奈へと声をかけた。

 結構な勢いで樹木に激突してたし、変な後遺症でも残らないか心配である。


「瑠璃子の回復魔法はスキルレベルが高いっすからね。この通り、ピンピンしてるっす」


 そう言って手を広げる星奈。

 彼女の言う通り、傷という傷は全て魔法によって治癒したようだ。


「確かに大丈夫そうだな……だけど、あまり無茶はするなよ。そもそも、どうしてあの時、短剣術を使ったんだ?」


 先ほどの戦闘中、彼女は投擲術ではなく短剣術スキルを使った。

 いくら瑠璃子の補助魔法バフの効果で感電しないとは言え、盗賊という天職そのものが近接戦闘には不向きである。今回のように敵の反撃で返り討ちにあうリスクは十分にあった。

 

「うっ……そ、それは……」

 

 俺の問いかけに、星奈は目を横に逸した。

 そんな彼女に瑠璃子が助け舟を出す。


「ふふ、星奈ちゃんも賢人さんを助けたかったんですよ。それと賢人さんが作ってくれたチャンスを無駄にしたくなかったのもあると思います。短剣術の方が威力が高いですから」


「それはわかるが、それにしたって危険を冒す必要は……」


 そう言いかけた俺の唇を、瑠璃子の人差し指がそっと塞いだ。

 彼女の思いがけない行動に、俺はドキッとして言葉を詰まらせる。


「許してあげてください、賢人さん。あの場面、投擲術ではどうしても誤射フレンドリーファイアの危険性がありました。どれだけ賢人さんの防御力が高くても、大切な仲間に刃を向けるのは嫌なんです。……ね? 星奈ちゃん」


「うー、余計な事は言わなくていいっす!」


 恥ずかしさのせいか、顔を赤くして唸る星奈。

 瑠璃子がそんな彼女を「まぁまぁ」と宥める。


「そうか、俺のために……」


 そういえば駆け出しの頃、俺も三浦さんに言われたな。

 後衛職は誤射に注意しなければいけないと。

 それを聞いた当時の俺自身、絶対に誤射だけはしたくないと、そう強く思っていたはずだ。

 星奈もきっと同じ気持ちだったのだろう。

 

「──ありがとうな、星奈」


 無謀な近接戦闘を挑んだのは悪手だ。その事実は変わらない。

 だけどそれは、俺の事を大切な仲間だと思った上での選択だった。

 その真意を知って俺は嬉しくなった。


「べ、別に感謝されることじゃないっすよ。遠距離スキル持ちの常識っすから!  だぁー! ってか賢人パイセン、雷華狼の頭潰れてるじゃないすか! 全くもう……」 


 強引に話題を切り替え、そそくさと倒した雷華狼の死体を【収納】し始める星奈。


「あー、悪いな。でも、許してくれ。星奈がやられたのを見て、手加減できなかったんだ」

 

 俺のからかい混じりの言葉によって、彼女の耳が赤くなる。

 それを眺めながら、俺は微笑んだ。

 

 パーティーってのはいいもんだ。

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