第16話
メキメキと枝の折れる音がした。
カサカサと枝葉の擦れる音がした。
嵐に巻き込まれんと、俺たちから離れていく様々な音。
騒がしくなった森の中で、一際大きな音があった。
そいつだけは、俺たちにゆっくりと近づいてくる。
──ここの
「はははっ、一挙両全とはこの事か……!?」
眼前で唸る大狼の魔獣を見て、俺は思わず笑顔になった。
狙っていた獲物とこんな形で邂逅するとは。
その姿を形容するなら、美しいの一言に限る。
金色に輝く体毛は、まるで雷光を纏ってるようだ。
──いや、比喩ではない。本当に雷閃が舞うように走っていた。
その雷閃がパチパチと駆ける度に、むせ返るほどに甘い芳香が広がる。
腹の立つ事に、俺はその香りに覚えがあった。
先ほど、瑠璃子が傍に来た時に感じていた香り。
それは瑠璃子から発せられたのではなく、こいつの芳香が風に舞ってきただけだったのだ。
ちくしょう、舞い上がっていた俺に謝れよこの犬ッコロ!
「──雷華狼……金花狼の上位種っすね。まさか生きて拝めるとは思わなかったっす」
亡霊でも見たような顔で星奈が呟いた。
「なるほど……ボス仕様ってわけか」
どうやらお目当ての金花狼とは少し違うらしい。
やたらデカい上に電気タイプっぽいしな。
だけど、表情から察するにこいつも相当レアな魔獣みたいだ。
「パイセン──来るっすよ!」
──
「クッ……【風柳】ッ!」
ステータスの高さのおかげで、対応は十分間に合う。
俺は杖術スキル【風柳】を発動して、迫りくる鋭爪を受け流さんとする。
硬い爪と杖が触れ合った瞬間、雷光が迸った!
「ぐああぁぁぁッ!?」
「賢人さんっ……!?」「パイセンっ!?」
俺の全身を衝撃が駆け抜ける。
その痛みと熱さに俺は堪らず声を上げた。
クソッ、そういう系かよ!
「チッ!」
俺は素早く後方へ跳躍し、雷華狼から距離を離した。
「パイセン、だ、大丈夫っすか?」
「あぁ、問題ない。……ダメージを受けたのが久々で少し驚いただけだ」
「……そんな風には見えないっすけど」
どうやら星奈にはお見透しみたいだな。
どうも魔法的な攻撃に関しては単純な防御力の数値だけでは完全に防げないようだ。
となると、この魔獣は俺にとって厄介極まりない。
俺の攻撃は全て物理打撃だ。つまり、攻撃時には必ず接触する。
その度に電流が流るとしたらたまったもんじゃない。
「私が
そう叫ぶと瑠璃子は詠唱に入った。
どうやらこの場面で有効な魔法があるらしい。
「わかった! 星奈はバフ貰うまでは投擲スキルだけにしとけよ」
「りょっす! パイセンも無理しないでくださいっすよ!」
瑠璃子の言葉を信じて俺は駆け出した。
星奈も頷き、俺とは別方向へ駆け出す。
「ガルゥルゥッッ!!」
攻撃の気配を察した雷華狼が咆えた。
──また雷撃で焦がしてやろう。
そう言わんばかりに牙を剥き出し、真っ向から俺に当たりに来る。
「食らいやがれッ!!」
かち合う寸前で俺は身を屈め、振り上げるような殴打をヤツの顎に打ち込んだ。
刹那、バチバチと俺の身体に電流が迸るが、痛みに耐えて一気に振り抜く。
「グルッ……! グルアァァッッ!!」
攻撃力3000オーバーの一撃を受けて、雷華狼は一瞬怯んだ。
だが、それも束の間。
牙が数本折れ、唾液と共に血を溢しながらも、体勢を立て直し、爪による一閃を俺に浴びせた。
「ぐッ! があああぁぁ!?」
強靭な膂力から繰り出される一撃に、俺は大きく後方へ吹き飛ばされた。
爪による斬撃そのものは杖によって防いだものの、追加効果の雷撃が全身を焼き、俺の肉体へ確実にダメージを蓄積してゆく。
感電によって意識が飛ばされそうになる。
そんな俺の状態を好機とばかりに、雷華狼は追撃の構えを示した。
「こっちも忘れないで欲しいっすよ!【
側面に回り込んだ星奈が、投擲スキルを発動した。
投げナイフによる援護射撃。
顔面目掛けて真っ直ぐ飛んでくるそれを──雷華狼は爪で容易く弾き飛ばした。
──それから、お返しとばかりに無数の雷撃を放つ。
「ッ!? 遠距離攻撃持ちっすか!? だぁーっ!?」
飛来する雷撃を星奈は慌てて回避した。
全ては避けきれなかったのか、そのうちのいくつかが星奈にダメージを与える。
「痛たたっ……! はっ!? まずッ!?」
衝撃で吹き飛ばされ、痛みに怯む星奈。
獰猛な狩人は獲物の隙を見逃さない。
そんな星奈目掛けて稲妻の如く跳躍した雷華狼が、その牙を剥く。
「この野郎ッ! お前の相手はこっちだ!」
俺は敏捷ステータスをフル活用して、星奈と雷華狼の間に割り込んだ。
それから、杖による薙ぎ払いを脇腹にぶちかます。
「グルォッ……!」「ぐがあぁぁッ!?」
吹き飛ばされた雷華狼と、感電した俺。
それぞれの痛みで同時に咆えた。
「くそッ……はぁはぁ……」
すぐさま杖を構え直し、唾を吐き捨てた。
まだ俺の体力は残っている。だが、それは相手も同じだ。
「グルルルルッ……!!」
唸る雷光の化身。その身体に目立った外傷はない。
目に見えるダメージ的にはこちらが不利な様にも思えた。
このままでは何れ俺の体力が尽きて負けるだろう。
だがそれは、俺がこいつとこのまま殴り合えばの話。
そんな事をする必要はない。
──俺たちはパーティーだ。
『──かの者に守護を与え給え』
「待ってたぞ、──瑠璃子」
『はいっ! お待たせしましたっ! ──【
彼女が放った魔法が俺たちを包み込んだ。
暖かく、それでいて優しい光。それは鎧となって俺たちの肌を覆った。
もう何も恐れる必要はない。
俺は構えた杖を眼前で唸る大狼へと突きつけた。
「──さぁ、第2ラウンドだ、犬ッコロ! その甘々スメルで童貞の心を弄んだ罪は重いぞ!?」
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