第104話

 ──タロッサダンジョン。

 その内部構造は、いわゆる洞窟タイプと呼ばれるものだ。

 岩でできた通路。奥底から響く何かの物音。その在り来りながらもダンジョンらしい雰囲気に、俺は少しだけ懐かしさを感じた。


「これが〝ダンジョン〟……確かに天然の洞窟とは、少し違う感じがするわ」

「そうだな。それより大丈夫か? こういう場所で戦うのは始めてだろ?」

「少し暗いけど……光量は十分ね。それと広さも大丈夫。むしろ直線的で狭い場所は、あたしにとって有利だわ」


 岩壁に手を触れながらモニカが言う。

 幸いな事に壁面には淡く光る苔のようなものが生えており、視界はそこまで悪くない。少なくとも魔獣との戦闘に支障はなさそうだ。


 ちなみにタロッサダンジョンというのは、俺がとりあえずで付けた名である。この世界のダンジョンがどのようにして命名されるかは不明だが、ひとまず呼び名が無いと不便だからな。


「にょほっ……少なくともこのフロアには罠はありませぬぞ。ま、あったとして我は解除できんのですが」

「いや、位置がわかるだけで十分だ。」


 今回のダンジョンで最も気を使うべきは、トラップさんの存在だ。これに関しては、エレノアの魔道具を頼る事にした。

 そんな彼女の手にはL字型の金属棒が一対。何だか反応した箇所でを押すと隠されたアイテムが手に入りそうな形状をしているが、あえて言おう。これは、ただの罠探知機だ。従って、セーフである。


「後は頼りないですがランプもありますぞ! 魔石を利用しているので、燃料の心配もありませぬ」

「魔石って……さっきのゴーレムもそうだけど、余計お金かかるんじゃないの?」

「こちらは低級魔石を使用するのでそれほどでもありませぬ。倒した魔獣の魔石を使えば実質無料タダですぞ! いい響きでしょう! 実質無料タダ!」


 スマホ契約の謳い文句かよ。

 それにしても、マジで色んな便利アイテム持ってんのな。かゆいところに手が届く感じのアイテムが亜空間から次々と出てくる点は、優秀の一言に尽きる。今度から彼女のことは、エレノえもんとでも呼ぶか。



 ひとまず危険な罠が無い事を確認した俺たちは、洞窟の奥へと歩を進めていった。


「思ったよりも魔獣が出てこないな」

「そうね。静かすぎて気味が悪いくらい……」


 既に10分ほど歩いているが、未だに魔獣の一匹とも遭遇していない。このタイプのダンジョンならゴブリンだったり、虫系魔獣くらいは棲み着いていそうなものだが。そんな事を考えながら歩いているうちに、少し開けた場所に辿り着いた。


「ここにも何もいないのか……珍しいな」

「にょにょ……確かに不自然ですな……大抵、この手の開けた空間は親玉が待ち構えているのが鉄板なのですが……」

「いや、あんまりフラグを立てるなよ。とんでもねぇヤツが出てきたらどうすんだ」


 呆れ顔で返すも、エレノアはにょほほほと気色悪い笑みを見せるだけだった。

 それにしても、本当に何もいないな。見渡す限り、岩しかねぇ。結晶化した鉱石みたいなのが埋まってるあたり、魔素が満ちてる事は確かなんだけどな。


「にょほ、これは魔鉄鉱ですな。これはこれで、それなりのお金になりますぞ」


 近くにあった岩の塊。そこから剥き出る鉱石を眺めて、エレノアがそんな事を言う。魔鉄鉱と言えば、中級の冒険者用装備などに幅広く使用されている金属である魔鉄の原材料だ。エレノアの鑑定が確かならば、確かに良い金になりそうだ。


「どうしますか? ケント殿。とりあえず、ここの魔鉄鉱をいくつか持ち帰れば、本日の探索費用くらいは回収できそうですが……」

「地道に稼ぐ方針ならそれでもいいんだが、お前の借金額だとそうもいかないだろう」

「にょほほほっ、いやはや、それほどでも……!」

「いや、一ミリも褒めてねーよ。……ったく、見た感じダンジョンはまだ奥に続いてそうだし。もう少し探索を進めてみて、それでも収穫がなければソイツを手土産にして帰ろうぜ?」


 ぶっちゃけエレノアが抱える多額の負債は、平民如きが小手先でどうこう出来るレベルじゃない。それをたった一撃で覆せるのが、蒼玉竜サファイアドラゴンの討伐だ。その痕跡くらいは見つけておきたいというのが本音だった。


「そういうことだから、今は先へ進むぞ」


 そう言って探索再開を促した、その次の瞬間。


「──にょわあああああっ!?」

「エレノアっ!?」


 ダンジョン内に、エレノアの悲鳴が響き渡った。それに続く、モニカの叫び声。驚いて振り返ると、そこにはエレノアを掴み上げる巨大な〝岩〟の姿があった。


「な、何よあれ!? ゴーレム!?」

「っぽいな! 確かありゃ……岩石魔人ロック・エレメントだ。モニカ、戦うぞ!」


 そのランクはBランク相当。前世で俺が攻略した【鋼鉄要塞アイアンクラッド】に出現する金属系のゴーレムよりかは弱いはずだが、それでも今の俺たちにとっては強敵だ。


「にょほおおおお!? お、お腹が絞られますううう! こんな形でスタイルアップは嫌ですぞおお!!」


 ゴーレムに腹を締め上げられて、緊張感のない悲鳴を上げるエレノア。その持ち上げた腕目掛けて俺は跳躍。スキルを発動させる。


「この野郎っ──【氷霊リューネ鋭拳グロッサ】ッ!」


 ゴーレム系の魔獣は物理攻撃耐性を備えているが、俺のスキル──【魔拳術】ならば、それは関係ない。良くも悪くも、この拳は魔法攻撃判定なのだから。

 勢い良く放った拳が、岩石魔人ロック・エレメントの腕を見事に凍結させた。


「モニカ! 魔法攻撃系のスキルは持ってるかっ?」

「任せてちょうだい! アイツの腕、粉々に砕いてあげるわ」


 心強い返事と共に、モニカが槍を構えた。事前に【白聖衣クロス】を発動させたのだろう。既に彼女の身体には、白い魔力が纏わりついていた。


「【聖光閃撃ルミナス・ブレイク】ッ!」


 詠唱と共にモニカが虚空を突き上げると、そこから光が迸った。

 放たれた一閃は、音よりも速く岩石魔人ロック・エレメントへ到達すると、その腕を瞬く間に焼き砕いた。


 ──それからやってきた轟音が、洞窟内に響き渡る。


「にょほぉぉぉっ! お、お尻が……」


 岩石魔人ロック・エレメントから解放されたエレノアが盛大に尻もちをついているが、今は気にかけている場合ではない。すぐさま彼女を抱き上げると、その場から距離を取った。


「にょにょにょ……お姫様抱っこですとっ! ケント殿も大胆ですなぁ」

「うるせぇ、いいからアレ出せアレ! 秘密兵器があるんだろ!?」


 戦闘中だってのに気色悪い事を言い始めるエレノアを一蹴して、俺は催促した。すると、エレノアは抱き上げられたまま、【収納】魔法を発動させる。


「まさかここで使う事になるとは。さ、これですぞ……ケント殿ならきっとコレを使いこなせるはずです……!」


 彼女が取り出したのは、一本のベルトだった。金属製のバックルに竜を模した刻印が彫り込まれたイケイケな感じのやつだ。

 これこそがエレノアの秘策アイテム〝竜帝の帯紐〟だった。


「……おい、何も起こらねーじゃねぇか!」


 受け取ったベルトを早速装着してみたが、特に変化は見られない。確かエレノアからはステータスを大幅に上昇させるという効果だと聞いていたのだが、これ如何に。俺が不審な目を向けると、エレノアは手をわちゃわちゃさせて説明し始めた。


「ケント殿! 装着するだけでは安全装置が働いて効果を得られないのです! 我のマジックアイテムには〝詠唱句トリガー〟が必要ですぞ!」

「そういうことかよ。それで〝詠唱句トリガー〟ってのはどうすりゃいい?」


 俺が尋ねると、エレノアは何やら決めポーズを見せた。


「こうやって……こう腕を動かして、それから叫ぶのです! 〝擬竜人化ドラゴノイド〟と! ポーズも重要ですぞ! 間違えればちゃんと起動しませぬ!」

「……は?」


 何を言ってるんだコイツは。そのクソダサ変身ポーズを俺にやれと言うのか?

 精神年齢39歳の俺に、そのちびっ子が喜びそうな変身を決めろと。コイツはそう言ってるのか?


「ちょっとケント! そっちはまだ立て込んでるの!? このゴーレム、壊しても壊しても再生してきてキリがないんだけど!?」


 岩石魔人ロック・エレメントと応戦していたモニカが叫ぶ。彼女の火力をもってしても、流石にBランク相当の魔獣を単独撃破は困難なようだった。


 ちきしょう。こりゃ覚悟を決めねえといけねーみたいだ。ええい、どうにでもなれ!

 俺は先ほどエレノアが見せたポーズを、見様見真似で繰り返す。


「おぉ! その調子ですぞケント殿! 様になってます!」


 俺を見てパチパチと拍手するエレノア。ブチギレそうになるのを必死に抑え込み、俺は起動に必要なポーズを決めて叫んだ。


「──〝擬竜人化ドラゴノイド〟ッ!」

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