第35話
──【
それこそが、俺が手にした、もう一つの
いや、あたかも別スキルのように扱うのは少し語弊があるな。
これもまた、
零と九、この二つのスキルは表裏一体。
──そしてこれは、本来持っていた賢者としての資質を表に出すだけの能力。
その効果は至ってシンプルだった。
発動してから一定時間、俺に掛かっていた全てのステータス補正効果を無効化し、さらに魔力を全回復させる。
すなわち、現在の俺は正真正銘の賢者というわけだ。
『──【
俺はおもむろに回復魔法を発動した。
自ら回復魔法を使用するのはこれが初めてだった。
「はははっ、すごいな回復魔法ってのは……!」
久々に感じた魔力を消費する感覚に、自然と笑みが零れ出た。
身体から痛みが消失した事を確認すると、俺はエゲリアに向き直った。
「馬鹿な……なぜ貴様が魔法を扱えるッ!? あの御方から頂いた情報では、ゼロ番の代償は魔力だったはずでは……ッ!?」
俺が回復魔法を使用した事実に驚愕の表情を見せるエゲリア。
無理もない。100%勝てるイージーゲームから、途端に魔術師同士の魔法合戦に切り替わったわけだからな。
それにしてもあの御方というのはいったい何者なんだ?
その情報をそいつが把握しているというのは本来ありえない事なのだ。
謎は深まるばかりである。
ぜひとも──コイツをボコして情報を手に入れないとな。
「そんなに驚くなよ。見かけ通り俺は賢者なんだ。そりゃ、魔法の一つや二つ、使うこともあるだろうよ!!」
驚きと焦燥で隙だらけのエゲリアへ向けて俺は杖を構えた。
それから、これまた久しぶりに使う魔法を詠唱する。
『【
杖の先端から飛び出したのは、バスケットボール大の炎球だった。
真っ赤に燃え盛るそれは、エゲリア目掛けて一直線に進んでゆく。
『ぐっ、舐めるなよ! 【
俺の放った【
奴の放った黒炎が俺の炎球と正面衝突し、見事に消失してしまったからだ。
「クク、クハハハッ! 魔力を取り戻した所で調子に乗るなよ、
俺の魔法を相殺した事で自信を取り戻したのか、エゲリアは愉快そうに笑った。
「……ちっ、流石にイージーモードってわけにはいかないか」
相変わらず腹の立つ言い振りだが、その指摘は確かに痛いところを突いていた。
事実、俺の魔法に関するスキルレベルは高くても火属性のレベル3なのだ。
魔法系スキルは注ぎ込んだ魔力量に魔法固有の倍率を乗じた数値が威力や耐久値として算出される。
例えば、【
そうすれば、こいつの威力補正は130%なので、単純に1300の威力だと考えればいい。
もちろん、距離減衰や耐性スキル等の細かい補正も存在するが、それは今は考えなくて良いだろう。
そして上位の魔法スキルであればあるほど、その魔法の補正値は高まる傾向にあるのだ。
俺の持つ魔法で言えば、【
さらに上位の魔法となれば、200%や300%の補正を持った魔法だって存在するはずだ。
元々持っていたステータスから概算すると俺の魔力量は約15万前後。
たとえ、その全てを【
つまり、魔法合戦においては、上位魔法を扱える相手が圧倒的に有利なわけだ。
「だったら、これでどうだ!」
ならば、とにかく当てる事だけに集中すれば良い。
極大の一発よりも、相手の防御魔法を掻い潜って確実にダメージを与える事が重要だ。
『──【
俺は【
放たれた炎球が真っ直ぐにエゲリアへと向かっていく。
『ふん、何をするかと思えば──【
突如として出現した真っ黒な壁によって容易く防がれてしまった。
だが、その好機を俺は逃さない。
回り込むように俺は駆け出し、さらに追撃の魔法を二重展開する。
『【
射出された空気の刃と、大地を迸る雷。
どちらも火属性と比べて威力倍率は低いものの、発生速度の早い魔法だ。
俺の放った二種の魔法はエゲリアが展開した防壁を回り込んで挟撃し──命中した。
下級魔法とは言え、それなりに魔力を注いだ。
倍率によるボーナスは無くとも、俺の魔力量からすればそれなりの威力のはず。
だがしかし──
「クク、何をするかと思えば……まさかその程度で同じ土俵に立ったつもりでいるのかッ!」
効果を失った【
だが、その後ろから現れたエゲリアは、ほぼ無傷と言って差し支えなかった。
奴が、ニヤリと勝ち誇った笑みを見せた。
『──【
──無数の魔法矢がまた俺を襲った。
「ぐうッ!」
俺は駆け出して、回避行動に移った。
だが、敏捷ステータスが低下している分、その被弾は先ほどより増えている。
身体に走る激痛を俺は必死に堪えた。
スキルレベルで負けている以上、魔法で相殺するのは分が悪いと考えたのだ。
こいつの魔法を相殺するには、魔法のランク差を補完するための余分な魔力を注ぐ必要があるからな。
魔力が尽きてしまえば俺の勝率はゼロとなってしまう。
それだけはなんとして避けなければならなかった。
「ククク、そもそも貴様の低級魔法など、俺の耐性スキルの前には程度が知れているわ! 魔法が使えようが使えまいが、貴様の敗北は変わらんッ!」
さらに続けて放たれる魔法攻撃。
祭壇内の建造物を利用しながら俺はそれを必死に避けていく。
(まさか、耐性スキル持ちとはな……それもギリギリまで隠して、嫌味な野郎だ)
あの様子だとかなりのスキルレベルがあるのだろう。
それこそ、相殺なんて必要無いくらいに──
(──いや、待てよ?)
なら、どうしてあいつは魔法を相殺したんだ?
高位の耐性スキルがあるのなら、防御のために魔力を使う必要が無い。
俺を小馬鹿にするためだと言えば、そこはかとなくそんな気がする。
だが、魔力は有限だ。
いくら俺にサプライズしたいと言っても、そう何度も無駄にする意味があるか?
──何か理由があるはずだ。
俺の魔法を防がなければならなかった、絶対的な理由が──
『──【
俺は遮蔽物に使っていた石像の影から飛び出すや否や、魔法を放った。
轟ッと音を響かせ、炎弾がエゲリアへと向かってゆく。
「またその魔法か。そんなもので俺は倒せん──【
向かい来る炎球に向けてつまらなさそうな視線を向けると、エゲリアは闇属性魔法を放って──迎撃した。
やはりおかしい。つい先ほど、自分は耐性スキル持ちだとカミングアウトしたはずだ。
ならば、もう防ぐ意味はないのだ。
(──物理攻撃完全無効、防がないといけない魔法。そうか、そういうことか)
その様子を見て俺は確信した。
こいつを無敵たらしめるナンバーズスキルの──デメリット能力に。
「……そろそろ遊びは終わりだ。俺の最大火力を以って、貴様を消し飛ばしてやる」
俺との魔法合戦に飽きたのか、エゲリアはつまらなさそうに吐露した。
それから、次第に奴の周囲に膨大な魔力が収束していくのを感じた。
「そいつはちょうどよかった。俺もそろそろ飽きてきたところだからな」
そう言って俺は──不敵に笑った。
「くく、この状況が理解できていないのか? だとしたら余程の──」
「──
「……ッ!?」
遮るように放った俺の言葉に、エゲリアの表情が変わった。
どうやら図星みたいだ。ポーカー勝負だったら良いカモにされてるぞ、コイツ。
「その顔は肯定って事で理解するぞ。……物理攻撃完全無効だなんて仰々しい言葉を使ってやがるが、実態はただのアンデット化なんだろ、お前のスキルはよ。そしてそのデメリットは──アンデットの特性を丸々引き継いじまう事。──火・聖属性ダメージ三倍、敏捷ステータス大幅減少、そうしたアンデット魔獣の持つ弱点があったら──そりゃ火属性は意地でも防がなきゃ困るよな?」
なぜ、火属性魔法に限っては全て迎撃する必要があったのか。
なぜ、その場から動こうとしないのか。
──全ては、アンデットの特性によって、そうせざるを得なかったからだ。
低下した敏捷ステータスでは、同格相手の攻撃を容易に回避する事ができない。
だから、その場に留まって弱点攻撃については必ず防御行動を取っていたのだ。
「くく、くくくッ……なるほど、まさか俺のスキルの特性を見極めるとはな。これだから、しぶとい奴は嫌いだよ」
弱点を暴かれたというのに、
「だが、それを知ったところで貴様に何が出来る! 見ての通り、貴様の魔法が俺に届くことはない! 俺の扱う上位魔法ならば、貴様がその下級魔法に最大まで魔力を注ごうとも防ぐ事が可能だ!!」
奴の言葉は正しかった。
最初に言った通り、俺がありったけの魔力を【
それが【
「──だから言っただろう。俺も魔法合戦には、飽きたんだ」
けれども、奴は肝心な事を忘れている。
賢者になろうが、何だろうが──俺はお前をぶん殴るって宣言した事をな。
『──【
俺は静かに詠唱した。この杖を奴に届かせる最良の魔法を。
「
これも奴が正しい。
一見すると優秀な魔法だが、必ずしも万能ではない。
通常、武器には
「そりゃ、ご丁寧に忠告ありがとよ。確かにお前の言うとおりだ。普通の武器にその耐久値を超える魔力を付与することはできない──ま、普通の武器ならな」
俺はありったけの魔力を杖に注ぎ込んだ。
すっかり手に馴染んだ、この杖──<破壊の杖>へと。
その行為に一切の躊躇いは存在しない。
──次第に杖は真っ赤な赤熱色へと変色し、その先端に業火が灯された。
見た目はとても熱そうなのだが、流石は俺の魔力だ。
俺が持つ分には全くと言っていいほど熱を感じなかった。
「一つ良い事を教えてやろう。──この杖は<破壊の杖>と言ってな。基本的には重くて硬くて殴るのに手頃な事ぐらいが取り柄の平凡な杖なんだが、一応、これでも特殊な権能があるんだよ」
赤く燃え盛る杖を見せつけながら、俺は解説してゆく。
「それは、絶対に壊れないという事だ。それが、この杖の持つ唯一の権能。どれだけ俺が魔力を注ごうが、この杖は壊れない。絶対にな」
「何っ……!?」
──溜める。溜める。溜める。
俺は手にした破壊の杖へと、保有する魔力の全てを溜め込んでゆく。
それは通常の武具では実現し得ない、究極の
それはあらゆる耐性を突破し、実体無き存在すらぶん殴る究極の鈍器。
──やがて杖はその姿を燃え盛る魔槌へと変貌させてゆく。
「諸々と情報を聞き出したかったが諦めよう。魔力的に一発が限界だからな。──悪いが、手加減できんぞ」
言葉と同時に俺は疾駆した。
【
それに相手はスキルのデメリットによって敏捷ステータスが低下している。
必然的に奴は──攻撃を受けなければならない。
「馬鹿な! こんな、こんな馬鹿な事があってたまるかッ! ──【
動揺で瞳を揺らしながら、エゲリアが防御魔法を発動させた。
それに合わせるように、俺も攻撃スキルを発動させる。
「──【
俺の持つ【杖術】で最高位に位置するスキル。
本来、魔術師が多用するはずのない護身用スキルである【杖術】。
それを極めた愚か者だけが手にする杖の極意。
以前、瑠璃子が言っていた通りだ。
杖術を極めた先にはとんでもない奥義が隠されていたのだから。
なにせ、そのスキル倍率は他の戦闘系スキルの最高位と同等──驚異の400%だ。
無論、その威力補正は
──轟音が鳴り響いた。
エゲリアが発動させた【
その真っ黒な防壁にピシリと亀裂が走った。
次第にその亀裂は大きくなり、奴を守る壁は──崩壊してゆく。
「そんな、この俺が──あの御方に認められたこの俺がッ!!」
砕けた黒壁の隙間から、驚愕に目を見開くエゲリアの姿が見えた。
だがそれも刹那、──俺は渾身の力で杖を叩きつけた。
「があ゛あ゛あ゛ァァァッッ!?」
攻撃が当たった直後、エゲリアの身体が豪炎に包まれた。
10万オーバーという規格外の魔力を
それだけだけでも破格の威力だが、さらにその威力がスキル補正と弱点属性によって膨れ上がっているのだ。
その存在を焼き消すには、十分過ぎる火力だった。
──数秒の時間が経ち、後には黒っぽい煤だけが場に残った。
空っぽまで魔力を使い果たした俺は疲労感と共に嘆息した。
それから先ほどまでエゲリアだった黒っぽい煤を眺めて吐露す。
「お前が魔獣でなくて良かったよ。こんな倒し方したら、星奈に怒られちまうからな」
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