第49話
広い敷地内の一部はダンジョンの発生によって冒険者以外は立ち入り禁止区域となっているものの、それでも観光スポットとしての機能は失っておらず連日多くの人が訪れていた。
それは本日も例外ではない。だが、先程まで観光客で賑わっていたはずのこの場所も、昼夜が逆転してからは不気味な静寂に包まれていた。
「──こりゃ酷いな」
そんな円山公園の入口付近に俺は降り立つと、抱きかかえていた瑠璃子を降ろしながら吐露した。
「みなさん、大丈夫でしょうか……?」
瑠璃子が心配そうな表情を見せた。その視線の先には公園内で倒れる人々の姿があった。
公園の入口で多く倒れているあたり、黒マネキンどもから逃げ出そうとしたのだろう。
観光客の他にも、騒ぎを聞きつけた警官や施設の警備員なども一緒になって倒れていた。
「わからん。少し確認してみるから待ってろ」
俺は倒れている人に近寄るべく、公園内へと足を踏み入れた。
刹那、奇妙な感覚が俺の身体を襲った。
(──なんだ、この感覚は? )
何か身体の力が抜け落ちていくような、そんな感覚。
高いステータスが功を奏して、大事に至るような影響は無い。
だが、あまり良いものではないということはすぐに理解できた。
言うなれば、某名作RPGでひたすら毒沼を歩いているような、そんな気分だ。
この空間に居座れば、どんどん体力を削られていくことだろう。
(とは言え、倒れた人の生命までは取っていないようだな……殺すことが目的じゃないという事か)
意識を失った人の状態を確認したところ、ちゃんと呼吸していた。
恐らく体力を奪い続けることが重要なのだろう。
「大丈夫だ、息はしている。ただ、この公園全体で何らかのスキルが発動してるみたいだ。敷地内に入ったら問答無用で体力を奪われるぞ」
「ええっ!? 賢人さんは、だ、大丈夫なんですか?」
「ま、馬鹿みたいにステータスは高いからな。すぐにどうって事はない。問題は倒れた人たちだが……」
「安全な場所へ移してあげたいですが、私たち二人で運ぶには数が多すぎますね……」
瑠璃子の意見は的確だった。
見れば、入口の他にも公園内のあちこちで人が倒れている。
俺たちが運び出すにはあまりに時間がかかり過ぎる。
「そうだな……ここは管理局に任せて俺たちは元凶を叩こう。その方が手っ取り早く観光客たちを解放できるだろう」
「わかりました! では私もそちらに行きますね」
「ああ、まずは少し入ってみて感覚を確かめてくれ。異常があればすぐに報告するんだぞ」
方針は固まった。後は瑠璃子がこの謎のスキルの影響をどれだけ受けるかだな。
「何だか緊張しますね……」
少しぎこちない動作で彼女は片脚を踏み入れた。
「ひゃっ……!」
すると、少しだけ瑠璃子の身体がフラついた。
そんな彼女の肩を素早く抱き止めた。
「大丈夫か? あまり無理はするなよ?」
「は、はい! 大丈夫です! 変な感覚で少しびっくりしましたが、動くのに支障は無さそうです!」
恥ずかしかったのか若干頬を染めつつも、彼女は体勢を立て直した。
流石はSランク冒険者といったところか。
魔法系天職と言えど、レベルが高い分身体能力系のステータスもそれなりにあるからな。
「それじゃ、ひとまずダンジョンの入口に向かうぞ。えっと……ゲートはこっちか」
整備された公園内にあるためか、ご丁寧にも立看板でダンジョンの方向が示されていた。
白い矢印に従って俺たちは歩みを進めていく。
「さっきの魔獣、全然いないですね?」
歩きながら瑠璃子が疑問を吐露した。
確かに、公園内には先ほどの黒マネキンの気配は無い。
目に映るのは倒れた観光客の姿ばかりだ。
「恐らくだが、黒マネキン共はあくまでも手段の一つじゃないかと思う。広範囲でエネルギーを収集するためのな。ここは空間自体が吸収スキル範囲内だからそれが不要なんだろう」
親玉の護衛にしては些か戦闘力不足だしな。
わざわざ近場に置くのは合理的じゃない。
「なるほど……! さすが賢人さんですねっ!」
「ま、まぁな……」
俺の推察に瑠璃子も納得したようだ。天使のような笑顔で俺を全肯定してくれる。
嬉しいのだが、別に大した推察でも無く、むしろこそば痒くて俺は頬を掻いた。
しばらく進むと、ゲート付近にぽつりと佇む人影が見えた。
月夜に浮かぶ金色の瞳。
その満月ような輝きを放つ双眸は、はっきりと俺たちの姿を捕らえていた。
「──よう来たなぁ」
街路灯の電気が切れており、暗くてその顔はよく見えない。
だが、その声色から女性という事はわかった。
いや、それだけじゃない。──この声はむしろ耳馴染みがあった。
「その声……どうして、あなたが……?」
頭に浮かんだ人物の名。
それを俺が口にする前に、瑠璃子が信じられないといった様子で吐露した。
そんな彼女の焦燥混じりの問いかけに、元凶の女はけらけらと笑った。
「理由なんか知ったところで、意味はあらへん」
そう呟きながら、ゆっくりとした歩調で前に進む。
彼女の動作に呼応するように、宵闇に浮かぶ満月がその輝きを強めた。
月明かりに照らされ、次第にその輪郭が顕になってゆく。
その姿を見て、俺はハッとした。
なぜなら、眼前に佇む彼女の身体には、人間には無いものが備わっていたから。
「如月さん……あんた、
狐のような金色の獣耳と獣尾を揺らして、こちらに微笑む彼女──如月さんの姿は、まるでファンタジー小説に出てくる獣人のようだった。
「ふふ、なんやそれ。東京で流行っとるん?」
「そんな姿で誤魔化されてもな。それとも人間とでも言い張るのか?」
面影は如月さんだが、その容貌は人と掛け離れていた。
いくらなんでも今から人間ですと押し通すのは無理があるだろう。
「そんなん、どうでもええ。ここまで来たさかいには、あんたらにも餌になってもらう」
なぜか如月さんは悲しげな瞳を見せた。
それから、手に持っていた弓を構える。
──刹那、彼女の双眸がカッと光った。
「え?……あっ?」
「瑠璃子ッ!?」
次の瞬間、瑠璃子が身体が崩れ落ちた。
同時に、俺の身体にもずっしりと負荷がかかる。
どうやら如月さんがスキルの効果を強めたみたいだった。
体力が削られると同時に、身体の力が抜けてゆく。
「ふふ、安心したらええ。一緒に
「へぇ……そりゃ有り難い……だが、その割には射貫く気満々みたいだけどな!?」
「あら? 男の子やし、こんくらいで死ねへんやろ? ──【
俺が皮肉たっぷりに言い放つも、その返事は魔力で生み出された矢の一射だった。
瑠璃子を抱きかかえると即座に跳躍してそいつを躱した。
空を裂く音と共に、先ほどまで俺の立っていた地面が抉り取られる。
「んんっ……け、賢人、さん……すみま、せん」
回避した際の揺れと衝撃で瑠璃子の意識が戻った。
「気にするな。それより動けそうか?」
次々に放たれる魔弾を回避しつつ、俺は瑠璃子へ尋ねた。
すると彼女は無言でコクコクと頷き、それから魔法を詠唱した。
「──【
俺たちの身体を暖かな光の魔力が包み込んだ。
それによって体力減少が緩和され、身体が軽くなった。
「ひとまず、これで大丈夫だと思います……完全に相殺は出来てませんけど……」
「いや、充分だ。それより……
「はいっ! 任されましたっ!」
可愛らしい瑠璃子の返事を聞いた後、俺は攻勢に出ることにした。
続けざまに放たれる矢の嵐。驚異的ではあるが、銃ほどの連射性は無い。
次の矢を番える刹那の間。
その隙に俺は抱えていた瑠璃子を降ろすと、すぐさま如月さんの方へ疾駆した。
『──【
ほぼ同時に瑠璃子が補助魔法を発動する。
一つは水属性耐性の付与、もう一つは矢の雨から彼女自身を守護する防御魔法だ。
いつもの攻撃系の
敵対しているとは言え、ユーノと同じ人間の近縁種。過剰な攻撃力は不要と判断したのだろう。
「──悪いが少々手荒にいかせてもらうぞ!」
俺は如月さんの懐へ詰め寄ると、弓を持つ腕を掴み取った。
亜人とは言え、持ち前のステータスなら腕を捻り、武器を取り上げるのも容易だろう。
そう考えたのだが……。
──ぐにゃり。
歪な音が俺の鼓膜に響いた。さらには異様な手応えの無さ。
違和感を感じて、俺は咄嗟に手元へ視線を移す。
「……は?」
視界に映ったそれを見て俺は、間抜けな声を上げてしまった。
「あらまぁ、か弱い乙女相手にえげつないことしはるんやねぇ──」
呑気な事を言いながら、如月さんがけらけらと笑った。
だが、そんな彼女の様子に反して、その姿は笑えないものになっていた。
彼女が弓を持つ左腕。その肘から下が千切れて失せてしまっていたのだ。
そしてその失った腕は──俺の手がしっかりと掴んでいた。
「きゃあ!? け、賢人さん……いくら何でもやり過ぎでは……!?」
客観的に見て俺が彼女の腕を力任せにもぎ取ったように見えたのだろう。
瑠璃子が後方で信じられないといったような声を上げた。
「い、いや、違うぞ、瑠璃子! 俺はまだ何も──」
俺は何もしていない。まだ捻ってすらいない。
それなのに──勝手に腕が分離したのだ。
焦燥する瑠璃子を落ち着かせようとして、ほんの少しだけ意識が後方に向く。
──次の瞬間。
「──ほら、余所見しとったら怪我すんで?」
「……かはっ!?」
爆発するような衝撃が俺の腹部を襲った
見れば、如月さんの放った拳が俺の腹にめり込んでいた。
Aランクとは思えぬ膂力に、肺から空気が漏れ、そのまま俺は後方へと吹き飛ばされた。
「だ、大丈夫ですか!?」
すぐさま瑠璃子が俺の傍へ駆け寄ってきた。
「くっ……あぁ……大丈夫だ」
衝撃に痛む腹部を擦りながら俺は立ち上がった。
まさか俺の肉体にダメージを与えるとはな。本当に彼女は──何者なんだ。
「今のは挨拶や。うちを止めたかったら、本気で来いひんと死ぬで?」
特に俺に追撃するわけでも無く、彼女は余裕の笑みを見せた。
それから地面に落ちた左腕を拾い上げると──本来の位置へと近づけた。
すると途端に繊維のような物が伸びて元通りに接合される。
それを見て俺は確信した。
「ははっ……再生するのか。どうも俺たちの知ってる回復魔法とはちょっとばかし違うみたいだな」
──彼女は既に、人間や亜人の類ではない。
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