第50話
「──瑠璃子、
俺は【収納】ポーチから破壊の杖を取り出しつつ、瑠璃子に魔法による支援を求めた。
既に耐性系のバフは得ている。つまり、俺が望むのは攻撃系の補助魔法だ。
「で、ですが……」
たった今起きた光景を目にして、既に彼女が人間ではない事くらい瑠璃子も理解したはずだ。
それでも如月さんと戦う事に抵抗を感じているようだった。
「さっきの再生力を見ただろ。それに俺を素手で吹っ飛ばす規格外の攻撃力──本当にこっちがやられちまうぞ」
これは感覚的なものだが、公園内を包む謎のスキルによって俺の身体能力は低下しているように感じた。
恐らく如月さんのスキルには、体力吸収以外にも弱体化の効果があるのだろう。
だとしても、この俺にダメージを与えたのは異常だ。
なにせ俺は元々ブッ飛んだステータスを持っている。たとえ数値が半減しようとも一万以上の防御力はあるのだ。
少なくともAランク冒険者──しかもスキル未使用の素手でダメージを与えられるはずがなかった。
「そう、ですね……わかりました。──【
瑠璃子が発動した魔法によって俺の肉体が強化された。
純粋な攻撃力を高める【
元々ステータスが馬鹿高い俺にとって、この二つの魔法がもたらす恩恵は大きい。
「──さて、お望み通り本気でやってやろうじゃねぇか!」
不敵な笑みを見せる如月さん目掛け、俺は疾駆した。
あっという間に彼女の眼前まで詰め寄り、杖の殴打を繰り出す。
──ガンッ!
「なっ……!?」
確実に決めたと思った一撃は、ただただ舗装された地面を砕いた。
その場に如月さんの姿は見えない。
杖を振り上げてから打ち下ろす。その刹那の間に彼女の姿が忽然と消えたのだ。
「一体どこに──」
「賢人さん! 左です!」
瑠璃子の叫ぶような声。それと重ねるように如月さんの詠唱が響いた。
「──【
反応できた頃にはもう手遅れだった。俺の視界は──閃光によって既に奪われていた。
──刹那、雷鳴と共に俺の脇腹に激痛が走った。
「ぐあぁぁッ!?」
懐かしい痛みに俺は表情を歪めた。
いつぞやの雷華狼にも散々食らわされた雷属性の攻撃だった。
「ぐっ! 魔法矢か……!
脇腹を押さえつつ俺は毒づいた。
魔法系統の攻撃は属性抵抗スキルの方が優先される。そのため防御力高くても結構ダメージを喰らうのだ。つまり、俺との相性はよろしくない。
「あははっ! まだまだ行くでぇ!」
また別方向からの声。
すぐさま周囲を見渡して視界に如月さんの姿を収めるも、彼女は既に二射目──いや、同時に三本の矢を番えていた。
──あ、これはヤベーかも。
そんな風に思考した刹那に魔弾は放たれた。
「さ、させません! ──【
俺の目の前に巨大な光の盾が現出した。
瑠璃子の防御魔法だ。如月さんが放った紫電纏う矢は、鉄壁を誇る大盾によって防がれた。
「サンキュー、瑠璃子! 助かった!」
「いえっ! むしろ一射目に間に合わなくてすみません……。すぐ回復しますから──【
瑠璃子の発動した回復魔法によって、痛みがスッと消えていった。
普段、ダメージを受けないのでそこまで意識してなかったが、負傷を伴う戦闘だと後衛ヒーラーの存在がいかに心強いか実感するな。
「悪いが……こっちにゃ頼もしい仲間がいるんでな。魔法矢だろうが何だろうが、お前が飽きるまで存分に受けてやる。なに、硬さには自身があるからな──たっぷり魔力を注いでくれて構わねぇぞ?」
全快した身体で破壊の杖を軽快に振った後、銃口の如く如月さんへ突きつけた。
この行為に特筆するような意味はない。だが、俺なりの警告のつもりだった。
──そちらが引くまで俺は諦めない、という強い意思表示。
何の目的があってか知らないが、彼女は人間の生命エネルギー的なものを集めている。
無論、ただの推察ではあるが──観光客の生命までは奪っていない点を鑑みれば、大外れって程でも無いだろう。
そして、この推察が正しければ長期戦になって悪戯に消耗するのは彼女も避けたいはずなのだ。
「あーあ、東京の人は、ほんまいけずやわぁ……」
金色の尾を揺らしながら、憎たらしげに、しかしながら余裕を含んだ声で如月さんは呟いた。
「その反応……やはり消耗戦は苦手なようだな?」
俺が問い掛けると、如月さんの表情が少しだけ和らいだ。そして笑みを浮かべる。
「ふふ、馬原はん、見かけによらず
「なら、今すぐ手を引け。一緒に戦った仲だ、話くらいは──」
「──そやけど、無理なんどす」
「……っ!?」
──話くらいは聞いてやる。
そう言い終える前に、彼女は──如月さんは俺の懐まで詰め寄ってきていた。
反応できないほどの速度。気付けば彼女は俺の身体に手のひらを重ねていた。
「ウチには太陽が必要なんや。誰かの光でしか輝く事のできひん──憐れなウチには」
──ふわりと、甘い香りが漂う。刹那、時間の進みが遅くなったような感覚が俺を襲った。
得体の知れぬ恐怖。思考の中では警鐘が鳴り響いている。
きっとこの攻撃は避けなければならない。
頭の中ではしっかりと理解していたが、それでも俺は彼女の瞳を見つめる事しかできなかった。
「せやから、ちょっと本気で吸わせてもらうで──
月のように黄金色に輝く彼女の瞳が、一層その光を強めた。
穴を開けた風船の如く、俺の身体中から
「ぐっ……! ナンバーズ、スキル……ど、うして?」
意識が朦朧とする中、俺は必死に口を動かして彼女へ問いかけた。
掠れた視界の中に映った如月さんの表情は、とても悲しそうだった。
後方から瑠璃子の声が響いたような気がしたが、何を言っているのかわからない。
「──ちょっと寝てもらうだけや。心配せんでえぇ」
──ふわりと、またあの甘い香りが漂う。
俺の意識は、そこで途絶えた。
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