第51話

 ──目を覚ますと、見知らぬ白い天井が目に映った。


 ここは、どこだ?

 あれ、俺は何をしてたんだっけ。


 覚醒したばかりでおぼつかない思考を巡らせ、今自分が置かれている状況を整理する。

 そうだ、俺は確か公園で如月さんと戦って──そしたら彼女がナンバーズスキルを使用して……。


「そうだ、街は!? 瑠璃子は……!?」


 そこまで思考したところで、ハッとなり飛び起きた。

 上体を起こしてようやく気付いたが、どうやら俺は病院の一室で寝ていたようだった。


「おぉ、ようやく起きよったか」


 耳慣れた声に、俺は視線を少し下げる。

 そこには、丸椅子に腰掛けて足をぷらぷらさせるユーノの姿があった。


「ユーノ? どうしてここに……? いや、そもそもどうして俺は病院に? 瑠璃子や如月さんはどうなったんだ?」


 次々に浮かぶ疑問が無意識に唇から零れ出た。


「はぁ……全くお主という奴は……」


 混乱気味の俺にユーノは軽く嘆息すると、その小さな身体で俺の上体を抱き留めた。


「ユ、ユーノ……?」


「まずは自分の身体を気遣わんか。妾も星奈もどれほど心配したことか……」


 嬉しさと不安の入り混じった声。

 相変わらず彼女は自宅外で仮面を外せない為、その表情は読み取れない。だけど、何となく彼女が今どんな顔をしているのか想像はできた。


「……悪いな、心配かけちまって」


 そう言って彼女の髪を撫でる。


「……全くなのじゃ」


 ユーノは不満気に吐露したものの、撫でられて満足したのか俺の身体からそっと離れた。


「それで、今の状況を教えてくれるか?」


「うむ、わかったのじゃ。ひとまず結論から言えば皆無事じゃ。瑠璃子も観光客もな」


「……そうか」


 ユーノの言葉を聞いて俺は安堵した。

 如月さんはその宣言通り、俺たちを殺す気が無かったようだ。ホッとした反面、自分に対して苛立ちがこみ上げてきた。


「とんだバカ野郎だな俺は。俺の甘さが……仲間を、瑠璃子を危険な目に」


 ──完全に油断していたのだ。

 それは単に相手が知人如月さんだったというだけではない。

 たとえ交渉が決裂しようとも、最終的には自分の力なら何とかできる。その過信が油断を生んだのだ。

 もし如月さんに殺意があったなら、俺だけでなく瑠璃子までその生命を散らす結果になっていたことだろう。そう思うと、ゾッとした。


「これ、そんな顔をするでない。気持ちはわかるが、それはお主の良さでもあるのじゃから」


 ユーノの言葉に俺は首を傾げた。

 フォローされるような資格は俺には無い。そう考えたからだ。

 そんな俺の様子にユーノは肩を竦めた。


「……全く、お主は何もわかっておらんの」


「うっ、どういう意味だよ?」


「もしお主がリスクを徹底的に排除するような性格なら、妾はとっくに殺されておろう? なにせ妾は人間ヒュムではない。妾がお主らを害さんと言う保証はどこにも無いのじゃから」


「それはそうだが……それでも──」


 それでも仲間を危険に晒した事実は変わらない。

 そう紡ごうとした俺の唇を、ユーノの細い指が塞いだ。


「──それでも妾は、お主の、そのに救われたのじゃ。じゃから、お主はそのままでよいのじゃ。そのままのお主で、次また、頑張ればそれでよい」


「ユーノ……」


 俺はそれ以上、言葉を発せなかった。

 この感情を表現するのに適切な言葉がわからなかったのだ。

 それでも、ありきたりな言葉を使うなら──救われた。そんな気がした。


「さて、そろそろ瑠璃子や星奈を呼んでこよう。あやつらもお主の容態を気にしておったしの」


 そう言ってユーノは話を切り上げると、病室を出ていった。

 背がちっこいので、その後姿はお見舞いにきた小学生そのものだが、今はそれが何だか頼もしく見えた。





「──賢人さんっ!」


「むぐっ……!?」


 しばらくして、ユーノは星奈と瑠璃子を連れて病室にやってきた。

 そしてベッドの上で身体を起こす俺を見るや否や、瑠璃子は真っ先に駆け寄ってきて俺の顔に二房の巨大な果実を押し付けた。


「よかった……このまま目を覚まさないんじゃないかと、心配していたんです……っ!」


 視界が遮られて表情はわからなかったが、その声色は今にも泣き出しそうだった。


「だぁー! それ以上やったらパイセン窒息死するっすよっ!」


 星奈がそんな風に声をあげながら、俺から瑠璃子を引き剥がす。

 俺としては大歓迎な状況だったのだが、残念だ。


「パイセンもパイセンっすよ? 怪我人なのを良い事に瑠璃子のおっぱいを堪能しちゃ駄目っす!」


「……し、してねーよ。誤解を招くような事を言うな」


 いや、嘘だけど。だって男の子なんだもん。

 仕方ないよな?


「お、おっぱ……す、すみません私ったら、はしたないことを……」


 星奈の言葉を聞いて恥ずかしさがこみ上げてきた来たのか、瑠璃子が頬を赤く染めた。


「おほんっ、それより本題に入ろう。ひとまず星奈やユーノは公園内の出来事について把握してるか?」


「あ、はい。それについては私が説明しました」


 二人の代わりに瑠璃子が答えた。


「うむ、聞いておるぞ」

「うちも把握してるっす」


 それに同意するように星奈たちは頷く。


「そうか、なら話は早いな。それでだ──俺が意識を失った後、どうなったんだ?」


 そう言って俺は視線を瑠璃子へ向けた。

 彼女に視線を向けた意図は、俺が知りたいのは彼女──如月さんのその後の動向だからだ。

 質問を投げかけられた彼女はいつになく真剣な眼差しで答える。


「……賢人さんが倒れた後、如月さんはダンジョン内に入っていきました」


「……瑠璃子は攻撃されなかったのか?」


「はい、彼女は私には何も……それどころか倒れた賢人さんを私の元に運んできて病院に連れてってやれと……そう仰ったんです」


「それは本当か?」


 瑠璃子の話を受けて、俺は少し驚いた。

 まさか敵である俺たちを気遣うような行動を取るとは想像もしなかったからだ。


 単に目的を優先したいが為に、たまたま見逃してもらえた。瑠璃子に手を出さなかった理由は、その程度だとばかり考えていたのだが、どうやら少し違うようだ。


「ますます彼女の目的がわからんな……」


 瑠璃子の話を聞いて俺は首を傾げた。

 敵対する俺たちを生きて帰す程度にはお人好しなのだ。その心根まで悪人だとは到底思えない。問題は、なぜあんな大騒ぎを起こす必要があったのか。


「うち的には、何か訳アリな気がするっすよ」


 星奈の一言に瑠璃子も頷いた。


「はい、私もそう思います……きっと彼女には助けが必要なんだと、思います……賢人さんを私に引き渡す時、とても悲しそうでしたから……」


 確かにそうかもしれない。瑠璃子の推察にそんな感想を抱いた。

 そう言えば俺の意識を奪う寸前も、如月さんは物悲しそうな表情をしていた。まるで俺たちを手に掛けるのが苦痛だと言わんばかりに。


「……だから私、琴音ちゃんの事は管理局には報告してないんです。ごめんなさい。こんな騒動があったなら本当はちゃんと報告するべきなのに、勝手な事してしまって」


「いや、大丈夫──むしろ良かったと思う。さっき星奈も言ってたろ? 訳アリみたいだって。瑠璃子の話を聞いて、俺も同じ感想だ。ここで第三者……それも公的機関が介入してくると、それこそややこしい展開になる」


 恐らく、如月さん何かに追い詰められているのではなかろうか。

 他人から生命力を奪わなければならないような、そんな状況に。


「──ほむ、もしやスキルのデメリットかの」


 俺が思考を巡らせていると、ユーノがぽつりと呟いた。


「確か瑠璃子の話では、そやつはナンバーズスキルを使用したのじゃろう? なら、お主の魔力のように、何らかの制約を受けておるのではないか?」


「なるほど……可能性としては有り得るな」


 彼女が使用したスキル──【月の雫ナンバーズ:エイティーン】は、恐らく対象の生命力を吸うスキル。ならば、そのデメリットもそれに関連したものである可能性は高い。

 過去に戦ったエゲリアも幽体レイスのメリットを享受すると同時に、アンデッドの弱点もデメリットとして受け継いでいたしな。


「つまり、要約すればデメリットで失った何かを補うために、他人から生命力を奪っている、そんな所っすかね?」


 ユーノの言わんとしている事を星奈が簡潔にまとめた。

 これまでの状況を踏まえれば充分、腑に落ちる内容だった。


「賢人さん、一つわがままを言ってもいいですか……?」


 今回の騒動の背景が見え始めたところで、瑠璃子は改まって俺に訊ねた。その表情は少し緊張気味だ。

 そんな彼女に俺は笑みを返した。


「──助けたいんだろ? 如月さんの事」


 それから瑠璃子の言わんとしているであろう事を、先回りして答えた。

 心根の優しい彼女の事だ。

 あの時の如月さんの表情を見て、もう敵として見れない事くらい、容易に想像できた。

 戦闘中ですら攻撃系の補助魔法の使用を躊躇っていたくらいだしな。 


「どうして……?」


 俺の言葉を受けて彼女は虚を突かれたような表情を見せたが、それも一瞬。


「いえ……この質問は必要ないですね……賢人さんは、そういう人ですから」


 そう言って彼女は、いつもの可愛らしい笑みを俺に向けた。あ、天使。


「ふふっ、賢人さんは何でもお見通しなんですね」


「エスパーじゃないぞ。ちょうど俺も同じ事を考えていたからな」


 結局のところ、俺は甘ちゃんな性格から変わる事はできないのだろう。

 ほんの僅かとは言え、関わりを持った手前、瑠璃子同様、彼女如月さんの事を放っておくことなんてできないのだ。

 

「そうだったんですね。でも、良かったです」


 心底嬉しそうに微笑む瑠璃子は普段以上に可愛くて、なんだか照れ臭くなった俺は視線を外して頬を掻いた。


「はぁー、ボコされたっていうのに、パイセンは本当に甘ちゃんすね」


 嘆息しながら、やれやれと肩を竦める星奈。

 当然の反応だった。なにせ自分を昏倒させた敵を助けたいなんて言い出すんだからな。


「悪いな星奈。俺はそういう性格なんだよ」


 とは言え、たった今決まりかけた方針を曲げるつもりは毛頭なかった。

 俺は星奈に軽く謝罪する。


「べ、別に悪いとは言ってないっすよ……ただ、次はちゃんとうちにも手助けさせるっすよ。パイセンがボコされるの、ムカつくんで。甘ちゃんのパイセンの代わりにボコってやるっすよ」


 言いながら、星奈は気恥ずかしそうに視線を逸した。

 なんだ、そういう事か。遠回しで素直じゃない奴だ。


「そうか……そうだな。なら、次はがっつり支援を頼む」


「……りょっす」


 相変わらずの気だるそうな返事。それを聞いて何だかホッとした。


「さて、それじゃ──作戦会議といこうじゃないか」

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