第52話

「──とまぁ意気込んだものの、実際どうしたもんかね」


 観光地での騒動から三日たった昼下り。

 俺はホテルの自室で机に突っ伏していた。


「むぐむぐ……難しい問題じゃの。魔獣と違って倒せば終わりという訳にも行くまい……むぐ。作戦を立てるにも相応の時間を要するのは仕方の無いことじゃて」


 向かいに座るユーノは土産菓子をもそもそと食みながら答えた。餡を薄い生地で包んだ、あの有名な奴だ。名前は──何だっけ。まぁいいや。


「そうなんだけどさ。ほら、病室であんなに自信たっぷりに宣言した手前、早く行動しないと面子がな……」


 何を隠そう、先日の病院でのやり取りでは作戦と呼べる作戦が全く思いつかなかったのだ。

 これは言い訳だが、そもそも物理でぶん殴るか魔法をぶっ放すしか能の無い俺に、詳細不明のスキルから如月さんを救う術など無いに等しかった。

 無論、それは他のメンバーにも同じ事が言える。皆、ダンジョン探索向けの天職だ。持ち合わせているのは攻撃、または補助スキル。つまりは、俺と似通った事しか出来ない。

 名案が浮かばずに行き詰まるのは予定調和だった。


「格好つけ過ぎるからじゃよ……相手は攻撃能力だけでなく、妾のナンバーズスキルによる鑑定すらすり抜ける特異なスキル持ちじゃぞ? 一筋縄でいかん事くらい容易に想像がつくじゃろう。ほれ、一つやろう」


「あぁ、ありがとな……むぐ、旨いなこれ……」


 そんな訳で如月さん救出作戦は各自持ち帰りとなり、ホテルで頭を悩ませる現在へと至る。


 ちなみに俺は目が覚めてから、すぐに退院できた。理由は単純で、俺のステータスを構成する要素の大部分が魔力だったからである。

 体力……つまりは生命力を司るステータスも、スキルによって数万ほど引き上げられているのだ。

 つまり、奪われたエネルギーの大半も魔力だった。そのお陰で実際の肉体に対する影響が殆ど無かったらしい。

 が剥がされた状態、とでも言えばわかりやすいだろうか。とにかくイメージはそんな感じだ。


 しかしまぁ……我ながらだいぶ人間やめてんな。なんだよオーラって。このままいけば超サ〇ヤ人化して例のアレを放てるんじゃないか?


(待てよ……あらゆる生命からエネルギーを集める……まさかな……)


 もしや如月さんは元〇玉を撃つ為にエネルギーを集め回ってんのか、などという馬鹿丸出しの思考を巡らせていると、ユーノがおもむろに吐露した。


「一つ、妾に案があるのじゃが……」


「ん? 何か名案でもあるのか?」


「ここは素直に管理局を頼るのはどうじゃ? 確か非戦闘系の天職で封印師シーラーがおろう」


 唇の端についた餡を舌で舐めとりながら、ユーノは提案した。


「なるほど、封印師シーラーか。俺たちの仮説が正しけりゃ、それが確実だが……」


 封印師シーラーとは主に管理局や警察機関に所属する特殊な天職の事だ。

 そんな彼らが持つ唯一のスキルは、【非活性化ディアクティベート】。天職やスキルに関する能力を一切封印するスキルである。戦闘力は皆無のため探索活動に従事する事は難しいものの、それでもこの社会においてこの天職の有用性は大きい。

 何せ冒険者は良くも悪くもだからな。道を踏み外した奴らを食い止めれるのが、どれほど社会貢献に繋がることか。

 要するに、犯罪を犯した冒険者を無力化できる唯一の存在。それが封印師シーラーという天職だ。


「問題は無力化した如月さんを、管理局がどう扱うかだよな。要請には相当の理由が必要だから、今回の騒動について説明する必要がある。そうなると彼女を無罪放免にするのは難しい」


「そうじゃの……そればかりはどうしようもない事じゃ……」


 ユーノは複雑な表情を見せた。

 いくら殺人を犯していないとは言え、スキルで相手を衰弱させるのは立派な傷害事件である。無罪にする方が難しいだろう。

 無論、あらゆる行為には責任が伴う事は嫌というほど理解している。彼女は世間的に見ても罰せられるべきであると言う事も──だけど。


「……でも、何か複雑な事情があるのかもしれないんだよな。こんな事件を起こす理由ってやつがさ」


 ──三浦さんも、こんな気持ちだったのかな


 俺が初めてナンバーズスキルを行使した日、三浦さんはフォローしてくれていた。

 客観的に見ても俺が悪いという事は、きっと理解していたはずだ。それでも結果ではなく、結果に至った過程を彼女は見てくれていたのだ──だから。


「だから──救いてえよな。もしナンバーズスキルが何者かに与えられたものだとしたら、如月さんはある意味、被害者だ」


 この考えは完全に俺のエゴだ。そこに社会的な正義は存在しない。


「──ほむ、お主は相変わらずよの。じゃが、その方が人間ヒュムらしくて良い」


 ユーノは俺の顔を見て微笑んだ。

 それからすぐに悪戯っぽい表情を見せて言う。


「そんなお主の悪しき企みに妾も乗ってやろう。実のところ管理局にこの件を伝えずとも封印師シーラーを呼ぶ手段があるのじゃ」


「……は? それってどう言う意味だ? まさか狐塚局長に賄賂を渡すとかじゃないよな……」


 いやまぁ、確かにあの人ならメリットさえあれば色々計らってくれそうだが……。

 俺が怪訝な表情を浮かべると、ユーノは首をぷるぷると振った。


「あの胡散臭い男の手を借りる必要は無い。──何せ、既にお主はその者と親しき仲なのじゃから」


 は? 既に親しい……?

 管理局繋がりで知り合いと言えば片手で数える程度しかいない。つまりそれは……。


「……マジで?」

 

 意味深なユーノの言葉を受け、俺の頭にはとある女性の姿が浮かんでいた。

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