第53話

「──はぁ、どうしたらいいのかなぁ」


 京都の街を歩きながら、私──雨宮瑠璃子は大きく嘆息した。

 嘆息した理由は至って単純。自分の不甲斐なさに私自身が辟易したからだ。


 ──三日前、私は如月さんを助けたいと賢人さんに伝えた。もちろん如月さんと対峙して昏倒させられた彼に向かって、そんなわがままを伝えるのはすごく気が引けた。

 それでも──それでも彼はそんな私のわがままに賛同してくれて、如月さんを助ける方法をみんなで考えようと言ってくれたのだ。

 すごく嬉しかった。単なるパーティーメンバーとしてではなく、好きな人が自分の意見を肯定してくれた。私はその心地良さに頭が蕩けそうだった。


(なのに──結局、何の手段も思いつかないなんて……はぁ……)


 結論から言うと、如月さんを救う名案はその場ではでなかった。これが単なる作戦会議なら良かったが、今回のは私のわがままが発端なのだ。

 その当事者である私が何の案も出せず、賢人さんや星奈ちゃんたちに負担をかけてしまっている。その事実に、ひどく負い目を感じていた。


「気分転換に散歩してみたけど、あんまり意味なかったな。うぅ、どうしよう……賢人さん、私のこと面倒くさく思ってないかなぁ……」


 きっと賢人さんの性格ならそんな事は思わない……とは思う。そう頭で理解していても根拠のない不安に駆られるのが、恋する乙女の思考回路というものなのだ。


(あ、ここガイドブックに載ってたお店だ)


 気落ちしながら歩いていると、見覚えのある看板が目に入った。京都へ行くと聞いて購入したガイドブックに載っていた和スイーツのお店だった。


(今はゆっくり観光してる場合じゃない、けど……あ、頭を使うときは、糖分も大切だよねっ?)


 ちょっと小腹が空いていた事も後押しとなり、私は心中でそれっぽい言い訳を吐露しながら店内へと歩を進めた。


「いらっしゃいませー! お好きな席へどうぞ」


 今日が平日という事もあり、店内は意外と空いていた。私は店員さんの言葉に従い、空いている席へ座ろうと店内を見回し──固まってしまった。


「どうして……貴女が……?」


 視線の先には先日の騒動の張本人──如月さんが座っていた。驚きの感情が私の思考を満たし、それ以上の言葉が出なかった。


「──なんや、奇遇どすなぁ。あんたも甘いの好きなん? あ、良かったらこっち座り。そこに立ってても店員さんの邪魔やからなぁ」


「えっ……? あ、は、はい……」


 まるで友人にでも会ったかのような気軽さで、彼女は自席へと手招く。複雑な心境なまま、私は促されるまま彼女の向かいに座った。


「あの……どうしてここに……?」


 私は恐る恐る問いかけた。すると如月さんはくすりと淑やかな笑みを見せる。


「見ての通り食事──いや、自己満足や」


「自己満足、ですか? それはどういう……」


「ううん、気にせんでええ。それよりウチも疑問に思てることがあんねん」


 パフェに盛り付けられた白玉を、スプーンで弄くり、転がしながら彼女は言う。


「──なんで管理局に言わんかったん? 今もこうして街を出歩けるって事は、あの騒動の原因がウチなん、他に漏らしてないんやろ?」


「そ、それは……その……」


 私は返答に困った。勿論、その問いに対する答え自体は持っている。だけども今回の騒動の裏側にある事情を何も知らない私が、当人に向かって「助けたい」だなんて言えるはずがなかった。善意が時として誰かを傷付けてしまう事くらい、私も知っていたからだ。


「──ほな、うちはそろそろ行くわ。これ、お釣りはいらんから。」


「え? あ、はい……?」


 私が返事に詰まっていると、如月さんは何事もなかったかのように席を立った。折り目の無い綺麗な万札を机に置くと、スッと私の方へ押し滑らせた。


「あの、多すぎでは……?」


「ふふ、気にせんでええ。高位の冒険者からすれば端金なくらい、あんたならよう知っとるやろ」


 戸惑う私に如月さんは笑いながら言った。それから店の出口へと向かって歩み出す。

 上座側に座っていた彼女が、椅子に腰掛ける私の隣を横切った。


 ──ふわりと、花のような香りが舞った。


 如月さんの香水だろうか。

 それも、どこかで嗅いだ事のある香り。すぐには思い出せないが、最近嗅いだ香りだ。


「──気になるんやったら、稲荷山まで来るとええ」


 すれ違いざまに放たれた言葉。私は咄嗟に後ろを振り返ったが、如月さんの姿は消え失せていた。まるで今話した相手が夢幻であったかのように、跡形もなく。


彼女のまとった香水。その残り香だけがその場に残されていた。

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