雪菜の憂鬱な毎日

「雪菜ぁ、一緒に帰ろっ」

「ひゃっ!? もうっ! 毎回抱きついてくるのやめてよね?」

「ふふ、だって雪菜可愛いから抱きつきたくなるんだもん!」


 授業の終わりを告げるチャイム。帰り支度をする私に抱きついてきたのは絵里だった。

 彼女は、避難先である横浜市の学校で知り合った友だちだ。見ての通りの人懐っこい性格で、夏休み明けに突然編入してきた私ともすぐに仲良くしてくれた。


「それよりさぁ、さっきも言ったけど一緒に帰らない?」

「いいけど……っていうか聞くまでもないじゃない。いつも一緒に帰ってるんだから」

「えへへ、それもそっか!」


 漫才みたいなやり取りを交わしながら、私たちは帰路についた。

 見慣れない町並み。私が今まで住んでいた場所とは異なる景色。それらを眺めながら私は歩く。


「まだ慣れないよね? 困ったことがあったらいつでも言ってね」


 ぼんやりしながら歩く私を心配したのか、絵里は私の腕をそっと抱き寄せた。

 まだ知り合って間もない彼女だけど、私がどういう経緯で横浜市に引っ越したのかくらいは知っている。

 東京が魔獣に占拠されたニュースは全国で報道されており、東京そこから来たというだけで、私がこっちに引っ越してきた事情は十分に伝わるのだから。


「うん、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


 もっとも──私の憂鬱は東京に住めないせいじゃないんだけどね。

 そんな本音を隠しながら、私は愛想笑いを返した。



「ただいま……」


 途中で絵里と別れたあと、私は帰宅した。


(ユーノちゃん、今日も仕事かぁ)


 今の住まいは広さ3LDKほどのありふれたファミリーマンションだ。そこで私はユーノちゃんと二人で暮らしていた。

 二人暮らしと言っても、実質は一人暮らしみたいなものだ。というのもユーノちゃんは冒険者の仕事で駐屯地にいることが多く、あまりこっちには帰ってこない。

 彼女はS級冒険者なのだから仕方のないことなんだけど、少し寂しくも感じた。


 ──それに、不安だってある。


 そのうち彼女まで戻ってこなくなってしまうんじゃないかという、漠然とした不安が。



 自室に足を踏み入れた私は、着替えもせずにベッドに突っ伏した。

 そのまま首を傾け、壁にかけた衣服に目を向ける。持ち主に着られることも無く、すっかり部屋の飾りとなってしまった真っ赤な魔導着ローブへと。


「……お兄ちゃん」


 無意識に吐露した言葉が引き金となって、嫌な感情が込み上げてくる。

 今すぐに声を上げて泣き出したい。そんな気分だ。


「……っ」


 だけど私はベッドに顔をうずめて、その感情を押し殺した。

 今はまだその時じゃないと思ったから。

 星奈ちゃんに瑠璃子ちゃん。それにユーノちゃんも。みんなが、お兄ちゃんを取り戻すための方法を必死に探してくれている。

 その結果がどうなったかを知るまで、涙は流すべきじゃないと思った。


「はぁ……ご飯つくろ」


 しばらくベッドに顔をうずめたあと、私は起き上がって部屋着へ着替え始めた。

 ここから私は、いつもどおりに過ごすのだ。


 この憂鬱な毎日を誤魔化すために、できるだけ。

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