魔王と世界樹

「──大陸に設置していた塔ですが、どうやら人族が侵入したようです。恐らく一番目ファーストの手先かと」

「ふぅん……ってことは狙いは杖かな」


【神の家】の一室。アストラフェの報告を受けたジオルドは、不機嫌そうに目を細めた。


 彼の正面、いかにも高価そうな机に置かれたのは、大理石のような材質でできた世界地図である。その上には塔やゴーレム、それから樹をモチーフにした駒が配置されていた。


日本こっちのスルトもあっさり防がれちゃったみたいだし、どうも動きが読まれてる──いや、そういう結果になるようにされたのか」


 ジオルドはそのうちの一つ、ゴーレムを模したと思しき駒を指で弾く。すると駒は材質相応のカンと硬い音を響かせながら床を転がっていった。


「えぇ、恐らくは。……いかがなさいますか?」


 床に転がった駒を横目に流しつつ、アストラフェは指示を仰いだ。

 するとジオルドは少し考えるような素振りを見せ──


「いや、君が手出しする必要はない。配置している守護者で時間を稼げば十分さ」

「……見逃されるのですか?」

「あぁ。一番目ファーストが関与する限り、僕らが選択することに意味はないからね」


 彼が下した決断は、意外にも保守的なものだった。

 当然のように杖の防衛に動くだろうと思い込んでいたアストラフェは少し驚いた。

 だがしかし、すぐさま決断の意図に気が付き、言葉を紡ぐ。


「因果律への干渉──相変わらず厄介な能力ですね」

「あぁ、本当にね。……そういうわけだから、ひとまずは静観かな。それに、ここで下手に君を動かせば、恐らく相手は【世界樹】を差し向けてくるだろう。そうなれば、ここの祭壇は維持できない」

「あの精霊モドキを、ですか? それほど危険なのでしょうか?」

「君は知らないだろうけど、が持つのは守護能力だけじゃない。その気になれば国一つ滅ぼす矛にだってなる。そういう代物さ」


 ジオルドは前世──アルカナムで、【世界樹】による攻撃を受けた事があった。

 エルフの国を侵攻した際、彼らの最後の足掻きとして。

 当時のジオルドは魔王の肩書に相応しい絶対的な力を持っていたが、そんな彼ですら傷を癒すためにしばらく身を隠す羽目になった。それほどの力が【世界樹】にはあるのだ。


 ──故に、アストラフェを動かすことはできない。


 それは彼女が持つダンジョンマスターとしての特性を利用するためだ。

 彼女が守護する限り、ダンジョンが外部からの力によって破壊されることはない。


「承知しました。では、私は祭壇の維持と魔素の放出に全力を尽くしましょう」

「あぁ、よろしく頼むよ」

「私はこれで失礼します」


 アストラフェは一礼すると、そのまま部屋を退出した。

 彼女がいなくなった後、ジオルドは頬杖をつきながら机上の樹の駒へ目を向ける。


「──ま、これも杖を確実に手に入れるための策なんだろうけど。まさかそのためだけにエルフの古代兵器を持ち出してくるなんてね。相変わらず、あの錬金術師は食えないな」


 ジオルドはこの状況を楽しんでいるようだった。

 チェスで例えれば、今は【世界樹】によってチェックをかけられた状態に等しい。

 しかし、それでも彼の心には余裕が満ち溢れていた。

 なぜなら本来の力を取り戻した彼なら、【世界樹】など恐るに足らないからだ。

 世界を調律し、自らを完璧な存在へと昇華する。そんな彼の能力ならば。


「あちらが準備を整えるのが先か。それとも僕が力を取り戻すのが先か──競争といこうじゃないか」 


 あどけない顔立ちとは裏腹に、その瞳には欲望が揺らめく。

 世界に魔族だけの楽園を築き上げる。そんな彼の大きな欲望が。

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