第40話

 なにはともあれ、役割が定まった俺たちは、早速【蠱毒の洞穴】の探索を開始した。

 今回は初めてとなるレイドとしての活動だ。

 愉快な仲間たち星奈や瑠璃子の余計なお節介が発端とは言え、承諾してしまった手前、きっちりタンクの役割を果たさなきゃならんとな。


 ちなみにレイドというのは複数のパーティー同士が契約などを締結した上で、共同でダンジョン探索などにあたる行為を指す言葉だ。今回の場合は特に契約みたいなのは結んでいないが、政府──つまりは管理局が仲介となって、お互い管理局の依頼に基づいて協力関係にあるという感じだな。

 

 パーティーもレイドも本質的な意味で言えば大きな違いはない。

 なにせ冒険者は個人事業主扱いだからな。変な話、俺と星奈だって競合他社みたいなもんだ。

 だから、会社的に言えばどちらも『協業』という言葉が当てはまるだろう。それが長期的なものか、短期的なものかの違いくらいだ。社会に出てないから詳しくは知らんけど。


 じゃあ全部引っくるめてパーティーでいいんじゃないか?

 そんな疑問が頭に浮かぶだろうが、その背景を語るのは少なくとも探索中の今ではないな。長いし。

 余談だが、呼称についてはダンジョンや天職といったゲームチックな概念が多いために、自然とこうした言葉で区分けするようになったらしい。

 

「それじゃ、先導は頼む。敵が来たらすぐに入れ替わるから教えてくれ」


「任せときぃ、これでも最優の天職や。索敵からトラップさんまで、盗賊シーフのお嬢ちゃんにも引けは取らへんでぇ」 


 そう言った後、岸辺さんはおもむろに指で印を結び始めた。


「ほな頼むで。忍法【口寄ノ術──影鼠】」


 彼がスキルを発動させると、足元の影から無数のネズミっぽい何かが湧き出した。

 それらは岸辺さんが指示を出さずとも、統率された動きで一目散にダンジョン内へと散っていった。

 これが噂の【忍術】スキル──召喚術、遠距離攻撃、近接戦闘、回避タンク、殿から奇襲まで、ほぼ全ての天職と同等の役割をこなせると言われる最優の天職。

 一点を極めたスペシャリストには及ばないが、痒い所のどこにでも手が届くバリエーションの豊富さは優秀の一言に尽きる。

 くそう、俺もやってみたいぞ、忍術!


「諸々の探知はあの子らにお任せや。言うても伝達に若干タイムラグがあるさかい、念の為にお嬢ちゃんも【気配察知】回しといてな」


「りょ、りょっす……!」


 岸辺さんは星奈に一声かけた後、先行して歩き出した。

 彼はダンジョン構造を把握しているので、斥候兼先導役として先頭を進むのだ。

 敵と遭遇した際はすぐにポジションを切り替えれるよう、俺はそのすぐ後に続いた。


「いや、すごいっすね、忍術。殴るしか能の無いパイセンが霞んで見えたっす……」


「シッ、ダメだよ星奈ちゃん。そんなこと言ったら賢人さんに失礼だよ……」


「これこれ、一応あやつも最近は魔法を扱えるようになったではないか。……まあ、妾たちが後衛じゃから、役割としては別にいらんのじゃが……とにかく、一芸ではなくなった事に変わりはあるまい?」


 おい、聞こえてんぞ。しかも正論言うのやめて。普通に傷ついちゃうから。

 全く、俺だってまさか自分が魔法を使える日が来るなんて夢にも思わなかったさ。

 こんなことなら最初に近接職も募集しとくんだった。

 つっても、並の冒険者なら俺が物理で殴った方が早いんだけどさ。


 不満と後悔を心中で吐露しながらしばらく進むと、先導する岸辺さんがハンドサインで俺たちに停止を促した。


「──早速やけど、魔獣の群れが近付いて来とるみたいやわ」


「そうみたいっすね。ウチの【気配察知】にも反応あるっす」


 どうやら、魔獣さんたちのお出ましみたいだな。

 俺は愛用の杖を掴み持つと、素早く前に出た。

 

 ──カサカサカサッ


 そんな擬音が当てはまりそうな、不快で、背筋が痒くなりそうな音。

 それも一つではない。もっともっと複数だ。

 音の集団が、洞窟内に響き渡り、そして俺たちの視界にその姿を見せた。


「ひいぃ、なんとおぞましい魔獣なのじゃ……」


腐肉喰らいスカベンジャーや! 個体は強ないが、アホみたいに湧いてくるでっ!」


 スカベンジャーと呼ばれた──大の男くらいの全長はあろう、巨大ゲジゲジ魔獣は不愉快な足音と共に、わらわらとこちらに集結しつつあった。

 その数はかなり多い。数十、いや奥から響く足音的に百は超えるか。

 既に視界に俺たちの姿を捉えた個体については、無数にある節足のうちの前二本を高く上げ、ギィギィと気色悪い鳴き声でこちらを威嚇し始めていた。

 いや、キモ過ぎん!?


「俺はともかく、流石にこの数は──何匹か後衛に抜けるぞ?」


 俺はタンク並の硬さはあれど、魔獣を誘引、挑発するヘイトスキルを持ち合わせていない。流石にこの数全てを抑え切る事はできないだろう。

 素直に懸念事項を伝えたところ、なぜか星奈はグッと親指を立てて笑った。


「大丈夫っすよ、パイセン! 【竜王山脈ドラゴンフラッド】での失敗から、ウチも学んだっす。だから、ちゃーんと準備してるっすよ!」

 

 あれ、なんか嫌な予感がするな?


「【逃走術──魅惑香】」


 そう言って星奈は俺の背中に何かを投げつけた。

 その物体は俺の背中に当たると同時に弾け、何やら液体をぶち撒けた。


「お、おい、星奈。いったい何したんだお前……?」


「市販のペイントボールに【逃走術】スキルを付与したアイテムっす。本来は魔獣から逃げる時にデコイとして投げつける奴っすね」


 デコイ。はて、なんだそれは。

 星奈の説明には具体的なスキル効果が含まれておらず、俺は小首を傾げた。

 そんな俺に、星奈の隣にいたユーノが補足説明してくれた。


「要は、魔獣を惹きつけるアイテムじゃ。それをお主に付ける事で、擬似的なヘイトスキルとしたのじゃよ。ほむ、それにしてもよく思いついたの。確かに【逃走術】はヘイトスキルとは対極の存在じゃが、それをあえて利用するとはの」


「なるほどなぁ。はぁー、お嬢ちゃん、見かけによらず切れ者なんやな! ノーマルの天職でS級張るんも伊達じゃないってわけやな!」


「すごいです、星奈ちゃん!」


「べ、別にそうでもないっすよ……普通っすよ!」


 みんなからべた褒めされて、気恥ずかしそうに頬を掻く星奈。

 とはいえ、評価されるのは嬉しいのか、その表情はまんざらでも無さそうだ。

 

 ──いや、それはそれでいいんだけどさ?


 俺は今、魔獣を誘引する液体をぶっ掛けられたわけだよな?

 それって、つまり──


 俺は恐る恐る、相対する魔獣の群れへと視線を戻した。

 バカでかいゲジゲジ共の真っ赤な複眼──その全てが、俺を凝視していた。

 

 刹那──ガサガサと音を立てて、その赤い目が俺へと殺到し始めた。

 

「ひいいっ……ふ、ふざけんじゃねえ! キモすぎるだろ!!」


 俺は半ば狂乱状態で、杖を振り回した。

 強靭な膂力で振るわれた杖によって、ゲジゲジ共の身が潰れ、足が千切れ飛ぶ。

 その度にピチャリと、深緑の液体が俺の頬に跳ねた。ひいい。

 なんつー余計な事してくれたんだ星奈の奴!


「安心せえ、しっかり援護したるからな! ──【魂喰らいソウルイーター】ッ!」


 後方から日坂さんの声が響いた。

 同時に、半透明の髑髏がいくつか俺の背後を通り抜けた。

 髑髏がその大口を開いてゲジゲジに噛み付くような素振りを見せた。

 ただ、実体無き存在のためか、噛み付いたはずのゲジゲジの身体をするりとすり抜けてしまう。

 けれども、何かしらのダメージは与えているようだった。

 噛み付かれたゲジゲジは、次々とひっくり返り、その身を痙攣させて絶命していった。


「「【破魔矢ディバインアロー】」」


「【幻影飛剣ファントムエッジ】」


 さらに瑠璃子とユーノが同時に【聖属性魔法】を放った。

 それに続いて星奈が【投擲術】を発動する。

 彼女らの放った遠距離攻撃が次々とゲジゲジ共を蹴散らしていった。


「ほな、ウチも撃たせてもらいます──【氷霊リューネ魔弓フレチェ】」


 背後で如月さんの澄んだ声が聞こえたか、ぶっちゃけどんなスキルかよく見てなかった。

 とりあえず、俺は精一杯だったのだ。

 我先にと俺の身体に取り付こうとするゲジゲジ共をぶん殴るのにな。


 ──それから、十数分ほど時刻が進み。


「……よ、ようやく、終わったの……か」


 皆の援護もあった甲斐もあり、百はいたであろうゲジゲジの群れを一匹たりとも残さず殲滅させる事ができた。

 普通であれば、歓喜すべきところだろうが、そんな余力は俺には残されてなかった。

 頬にこびり付いた謎の液体をローブの裾で拭い取る。

 血はともかく、これがマジできつい。なんか粘ついてるしよ。


「──お疲れちゃん。馬原くん、大活躍やん! ほれ、これ使いーな」


「あぁ、ありがとう……」


 岸辺さんが俺に労いの言葉をかけつつ、タオルを渡してくれた。

 ああ、いい人だな。俺はそんな感想を頭に浮かべた。

 冷静に考えれば、社交辞令レベルのささやかな気遣いなのだが、極限まですり減ったメンタルがそう錯覚させたのだ。

 しかしまぁ、これで俺の役目も──


「──ほな、この調子で気合いれていくで! まだ下にもあるんやからな!」


 ……そうだった。ここまだ一層目じゃん。

 あれ? このダンジョン──俺の歩んだ冒険者稼業の沿革で、最高峰に辛くね?

 

 初めて固有ユニークスキルを活性化アクティベートした時に味わった絶望。

 それをSランクになってから再度味わう事になるとはな。

 懐かしいその味は、とてもとても──苦かった。 


 おぇええぇ! ちげーよこれ! アイツらの体液の味じゃねーか!! ぺっぺっ!

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