第47話
「日坂さん……? どうしてここに?」
声の主は、つい昨日探索を共にした日坂さんだった。
意外な人物との遭遇に、俺は思わず疑問を口にする。
すると、日坂さんは少し不満気に口を尖らせた。
「なんや、そんなに驚かんでもええやろ。そりゃ、観光客向けの店が多いかもしれんけど、ウチかて来ることあるで」
「それもそうか。悪かったな」
観光地では名物や特産品を使った食べ歩きグルメを出すお店も多い。
土産物屋はともかく、飲食目的なら地元民だろうが訪れる事くらいあるだろう。
少し失礼な物言いになった事を反省し、俺は素直に謝った。
「あー、別に怒ってるわけちゃうから! 謝らんでええよ」
ニカッと愛嬌たっぷりに笑う日坂さん。
瑠璃子の天使系の笑顔とは少し異なるお日様のような笑顔だ。
「それより、ちょうど良かったわ! ちょっと付き合うて、あんちゃん!」
「え? あ、いや俺は──!?」
彼女は言葉を遮るように俺の腕を抱きかかえると、有無を言わさぬ勢いで引っ張っていく。
引き摺られる中、ふわりと、花のような香りが漂った。
日坂さんが付けている香水の香りだろうか。
コテコテの関西弁が印象的な彼女の年相応の女の子らしい部分を感じて、なんだか俺は気恥ずかしくなった。
「……ここは?」
「見ての通り、甘味処や」
「いやまぁ、それはわかるんだが……」
連れて来られたのは、和スイーツを中心に提供する喫茶店だった。
店頭にはビニール幕の看板がでかでかと掲げられており、おすすめと思しき抹茶を使用したスイーツの写真が印象的だった。
「どうせなら人と一緒の方がええと思ってな! 一人で黙々と食べるんも寂しいやろ?」
「そりゃわかるんだが、どうして俺なんだ? 岸辺さんや如月さんは今日はいないのか?」
「琴音はちょっと用事があるみたいでな。虎太郎は……悪いやつじゃないんやけど、アイツは仕事以外で絡むと疲れるんや……」
なるほどな。確かに岸辺さんの相手をするのはなかなか疲れそうだ。
昨日の探索の時でも、終始ツッコミを入れてたしな、日坂さん。
「そうか……ま、少しくらいなら大丈夫だ。どうせ俺も瑠璃子たちと合流するまで下手に動けないしな」
俺はスマホで瑠璃子にメッセージと共に地図アプリの位置情報を送信しておく。
後は勝手に向こうの方からこちらへ来てくれるだろう。
「おおきに。ほな注文するで」
「あぁ、オススメがあるならそれで頼む」
スイーツの事はよくわからないので、ここは日坂さんに任せるのが得策だろう。
店内のイートインスペースに着席すると、日坂さんは熟れた感じで注文を始めた。
「おぉ、こりゃまた豪盛だな」
しばらくしてからテーブルに置かれたスイーツを見て俺は吐露した。
日坂さんが注文してくれたのはいわゆる抹茶パフェである。店頭のビニール幕にも写真が写っていた奴だ。
よくある抹茶アイスをベースに抹茶チョコや白玉、小豆、わらび餅などのトッピングが敷き詰められた欲張りな一品だ。
抹茶系のお菓子はあまり食べたことが無いので、少し楽しみだ。
「せやろ。それに、ここのは甘さ控えめやから、甘いのが苦手でもわりとイケるで」
「そうなのか。じゃ、早速──」
抹茶特有の鮮やかな緑色をしたアイスをスプーンですくい取ると、そのまま口に運ぶ。
「おお、美味いな」
抹茶の風味と程よい甘さが絶妙にマッチしていて、美味しい。甘いものを食べ過ぎると少し胸やけがするものだが、このパフェに関してはそれがなく、無限に食べれそうである。
「口にあったみたいで良かったわ。ほなウチも食べよっと」
俺の感想を聞き届けるやいなや、日坂さんも注文したパフェを食べ始めた。
スプーンですくったアイスを口に入れ、目をキラキラさせながら舌鼓を打つ。
その様子を見て俺はつい微笑んでしまった。
「な、なんやねん、急にニヤニヤして!」
それが気に食わなかったのか、日坂さんは少し顔を赤くしながら言う。
「いや、日坂さんも女の子っぽいところがあるんだなって思ってな」
「そ、そりゃウチかて女子やからな……! 当たり前や!」
「気を悪くしたならすまない。ただ、そういう印象があまり無かったからさ。それに悪い意味じゃないぞ。香水なんかも、華やかで良い香りだしな」
俺は先ほどから漂う日坂さんの香水の香りを褒めた。
ふんわりと纏う花の香りは甘すぎず、日坂さんのイメージにもよく合う。
正直なところ、異性から香水を褒められて嬉しいものなのかはわからんが、感じた事を素直に伝えてみた。
すると、日坂さんは気恥ずかしそうに少し視線を逸した。
「……そう言うてくれたんはあんちゃんだけや。その、おおきに」
「そうなのか? 普通に良く似合ってると思うけど」
さっぱりしたイメージは強いものの、日坂さんは可愛らしい女の子だ。
他の人からでも普通に褒められそうなものである。
「ま、それはウチが悪いんやけどな。……これはニオイ消しでも使ってるんや」
「ニオイ消し?」
「ほら、ウチの天職ってアンデッドを使役するやろ? だからその、──死臭が結構残るんよ。だから探索後なんかに香水を振り直したり、使役するアンデッドに振ったりしてるから、みんなそのイメージが定着してもうてな」
「あぁ……つまり布にシュシュっとな消臭剤みたいな扱いなわけか」
「うぅ、間違っとらんけど、その言い方はやめい! これ高いやつやねんからなっ!?」
ふくれっ面で異議を唱える日坂さん。
その姿がまた可愛らしくて俺はまた微笑んだ。
それから俺たちはパフェを食べながら色んな話をした。つっても冒険者に関する話が大半だけどな。
しばらくしてパフェを食べ終わると会計を済ませて店先に出た。
「いやぁ、付き合ってくれておおきに」
「いや、お礼を言うのはこっちの方だ。美味いところ紹介してくれてありがとな。むしろ一緒に観光するか? 詳しい人が居てくれた方が助かるしな」
俺の提案に日坂さんは残念そうに首を振った。
「有り難い申し出やけど、遠慮しとくわ。この後はちょいと野暮用があるんや」
「そうか。なら仕方ないな」
こう見えて彼女もAランク冒険者だ。
Sランク冒険者ほどでなくとも、色々と忙しいのだろう。
「俺はこのままここで待っとくよ。そろそろ瑠璃子たちも来そうだしな」
「ああ、瑠璃子っち達も来てるんか。仲がええんやな」
「まぁ、大事な仲間だしな。それなりに仲良くやってるさ」
「そうか、ええことやな……」
俺が答えると、なぜか日坂さんは少し寂しそうな顔を見せた。
それからまじまじと俺の顔を見つめる。
「──なぁ、あんちゃん。もしもの話や。もしも大事な人が、道を踏み外したら、あんちゃんならどないする?」
ひどく唐突な質問だった。
それがどういう意図で放ったものなのか、俺には理解できない。
だが、何となくどういう状況かは察する事ができた。
「突拍子のない質問だな。知り合いがグレでもしたか?」
「……まぁ、そんなところや」
俺が逆に問いかけると、日坂さんはゆっくり頷いた。
なるほど。家族や知人が非行に走ったりでもしたら、そりゃ悩むか。
「ま、そいつが本当にどうしようもない馬鹿な事をやらかしたんなら、俺に出来るのはぶん殴って目を覚まさせてやるくらいだな。それが正しいやり方かどうかは知らんがな」
「……相手が女の子や幼子でもか?」
「うっ……まぁ、そんときはデコピンにまけてやるよ」
流石に女子供にグーパンは良くないよな。
そんな事を考えながら答える。
俺の回答を聞いた日坂さんは少し思考するような素振りを見せた後、一言だけ呟いた。
「──そうか」
果たして求めていた答えを得られたのか。
彼女の反応からは、わからない。
だから俺はそれ以上、言葉を返さなかった。
「──あっ、パイセンいたっす!」
不意に耳慣れた声が響いた。
「ぬ、本当じゃ。──お主、待たせたの!」
どうやら星奈とユーノが来たようだ。
二人に続いて瑠璃子の姿も見えた。
「ご、ごめんなさい賢人さん! 勝手に移動してしまって……!」
「ああ、いいんだ。何となく理由はわかるからな」
そう言って俺は星奈とユーノの方へ視線を向けた。
すると星奈はばつが悪そうに目を逸らした。
「うっ……そこはかとなくウチらのせいにされてる気がするっす……わ、悪いのはユーノっすよ? パイセン戻ってきてないのにふらふらと次の店に入っていっちゃうすから……」
「なっ!? 妾にだけ罪を被せるでないっ! 星奈もノリノリでついて来てくれたではないか!?」
何とも醜い責任の擦り付け合いである。
「はぁー、別に怒ってないから喧嘩するな。別に時間はたっぷりあるんだし、好きなだけ見て回れば良いだろう」
額に手を当てながら俺は嘆息した。
時間的にはまだ正午にすらなっていないはずだ。これからでも充分に観光を楽しめることだろう。
「そっすね……すみませんっす……」
俺が怒っていない事を告げると、珍しく星奈が素直に謝った。こんなにしおらしい彼女は初めてだ。少し変な感じがする。
「ところで、お主は一人で何をしておったんじゃ?」
「ん? いや、俺は日坂さんと偶然出会って──あれ?」
俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。
なぜなら、気がつけば彼女の姿が見当たらなくなっていたからだ。
星奈たちと合流する寸前まで話していたはずなのだが……。
(……用事があるって言ってたし、先に行ってしまったのか?)
それにしても無言で去るなんて変だな。
そんな事を考えながら小首を傾げた、その刹那だった。
──通りを行き交う観光客の喧騒が、一段と騒がしくなった。
「け、賢人さん……これは!?」
瑠璃子が俺の名前を叫んだ。
たった今、目の前起こった理解不能な現象に、焦りの表情を見せていた。
「あぁ、わかってる。いったい何が……」
──観光客の賑わう京の街。
先ほどまで日の明るかったその場所は、今は宵闇に包まれていた。
雲ひとつない空。青黒いキャンバスには、ぽつりと一つだけが浮かぶ。
太陽とすり替わるように現れたそいつから、俺は目が離せなかった。
──黄色い輝きで京の街を照らす、その満月から。
悲鳴が響いたのは、その直後だった。
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