第46話

 ──眠りに落ちていた意識が、徐々に覚醒し始めた。


 なんだか身体が若干、重たい。

 昨日の探索によるものだろうか。

 高いステータスのお陰で疲労とは無縁だと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 多分、自分が思うより肉体は疲れていたのだろう。


 いや、もしかしたら疲れているのは精神の方かもな。

 探索も勿論そうだが、昨日の夜には瑠璃子が来て、それから──うっ、思い返すだけで顔が火照りそうだ。

 甘いひと時も、童貞の身にはどうも負荷が強すぎたみたいだ。


 極度の緊張状態から来る心労が、こうして俺の腹を重く──


 ……腹?


「……何してんだ星奈」


「ひゃんっ!? な、なんだパイセン、起きてたんすか?」


 目を開けると、そこには俺に馬乗りになった星奈がいた。

 俺に気付かれて気まずくなったのか。彼女は顔を赤くしながら、目を泳がせていた。

 星奈も見た目はかなり美少女だ。そんな彼女がまるで夜這いの如く俺の腹に馬乗りになっている。

 普通ならちょっとドキドキするシチュエーションなんだろうが、寝起きかつ諸々疑問点もあって、妙に冷静さを保てた。


「正確には起きた、だな。ま、そんな事はどうでもいいんだが……。つーかどうやって入り込んだ?」


「そ、そりゃ、ウチは【解錠術】と【隠密】持ちっすからね。パイセンの部屋に忍び込んで潜伏するくらい余裕っすよ」


 視線を逸しながら星奈が答えた。

 お巡りさんこいつです。スキルで悪事を働く悪い冒険者です。


「いや、くだらない事でスキルを使うなよ。はぁ……どうせ俺に悪戯でもしようとしてたんだろう」


 夜中に忍び込んでやる事と言えばそれしか思い浮かばなかった。

 朝鏡を見たら顔にラクガキが……なんて鉄板中の鉄板だしな。


「ち、ちがっ……」


 俺の指摘に星奈は何かを言いかけたが、すぐさまそれを飲み込んだ。

 それから何かを思いついたような表情を見せた。


「……ふっふっふ、パイセンよく気が付いたっすね。褒めて差し上げるっすよ!」


「いらんから、早く退いてくれ」


「う、ノリ悪いっすよパイセン……わかったっすよ」


 俺が呆れながら促すと、星奈は渋々了承した。

 それから頬をまた赤らめる。


「退くんで目、瞑っててくださいっす」


「は? なんでだよ──」


「だぁー! 理由は良いからとにかく瞑るっす!」


 俺が疑問を返すと、星奈がさらに顔を赤くしながら俺の胸をぽかぽかと叩く。

 あまりに必死な感じだったので、やむを得ず俺は星奈に従う事にした。


「……わかった、わかった。ほら、瞑ったぞ」


 目を瞑った後、星奈に声をかけた。

 返事は無かったが、スッと腹に乗っていた重みがなくなる。

 それから、ガサゴソと布の擦れるような音が聞こえた。

 ……いったい何してたんだ? こいつ。


「おーい、そろそろいいか?」


 しばらくして音がしなくなったので、俺は室内にいるであろう星奈へ尋ねた。

 だが、その返事は返ってこなかった。

 仕方がないので俺は目を開けて上体を起こす。

 それから室内を見回すが、既に星奈の姿は見当たらなかった。

 どうやらいつの間にか部屋から出ていったようだ。忍者かよ。


「一体何だったんだ……?」


 彼女のよくわからない行動に、俺はぽつりと吐露した。

 ちらりとスマホを見ると、時刻はまだ3時を過ぎた頃。

 このまま起きるには些か早すぎる時間である。


 ちくしょう、微妙な時間に起こしやがって。


 心中で毒づきながら、俺は掛け布団を被り直すと、そのまま二度寝した。


 

 ◇



 ──翌朝、俺たちは当初の予定通り京都の観光スポットに訪れていた。

 

 狐塚局長から怪事件の調査を任されたものの、正直、有力そうな情報はほぼ無いに等しかった。まさに森の中で木を探せと言われているような状態である。

 そんなわけで、観光ついでに手がかりでも見つかればラッキーだな程度に考えていた。

 局長から俺のスマホ宛に送られてきたデータを見る限り、これまでの事件が発生した場所は、どうも観光スポット周辺に集中しているみたいだしな。

 この方針で調査するのも、あながち間違いでもないだろう。


「ふあぁ、それにしても眠い……」


 俺は欠伸を噛み殺しながら吐露した。

 それもこれも星奈のせいである。

 夜中に中途半端に起こされたせいで、眠りが浅かったのだ。


「──おぉ、木刀があるっす! いいっすね、これ!」


 元凶である本人は、土産物屋の店先に陳列された商品を見て元気にはしゃいでいた。

 とりあえず木刀だけはやめとけ。今どきヤンキーですら買わねぇよ、そんなもん。


「ほらユーノ、『暗黒龍の魔剣キーホルダー』があるっすよ?」


 いや、それもやめとけ。それは帰宅してから後悔するタイプの土産だぞ。

 しかも、たちの悪い事に、コイツにはが付与されている。

 数多の男児がその剣に魅了され、限られたお土産代を消費して後悔した黒歴史を知らんのか。


「なんと! この形状……『呪龍剣ドラグスレイブ』ではないか!? かの呪われた魔剣を模し、あまつさえ商売にしてしまうとは……この世界の者は恐れ知らずなのか!?」


 それとユーノは脈絡もなく異世界知識を披露するな。

 お前がわけわからん事言い出すから、横にいた男の子がすげー欲しそうな顔し始めちゃったじゃねーかよ。ありゃもう買っちまうぞ。


「賢人さん、大丈夫ですか?」


 俺が眠そうな眼で二人の様子を眺めていると、瑠璃子が心配そうに声をかけてきた。


「何だかお疲れみたいです……」


「あぁ、悪い。少し考え事しててな」


 考え事してたと言えば気取って聞こえるが、実際は心の中でツッコミを入れていただけである。


「ごめんなさい……昨晩、私が変なことをしたせいで……」


「い、いや、気にするな。別に瑠璃子のせいじゃないぞ。……昨日、狐塚局長から別の依頼を受けてな、その事だよ」


 瑠璃子が申し訳無さそうに謝るので、俺は咄嗟に嘘をついた。

 実際は心の中で馬鹿二人にツッコミを入れていただけである。


「そう、ですか……」


 俺の返事を聞くやいなや、彼女は寂しそう目で呟いた。

 おかしいな、瑠璃子のせいじゃないと言ったはずなんだが……なぜだ?


 いや待て、よく考えるんだ、馬原賢人。

 昨晩のキ……出来事は、彼女なりののつもりなのだ。

 きっと瑠璃子はそれによって俺が元気になる事を想像していたに違いない。

 それなのに、結局、別件で疲れてました、なんて言ったらそりゃあ残念そうな顔もするだろう。


「ま、まあ……その、なんだ。色々あってこんな面はしてるが、瑠璃子のお礼は、その、嬉しかったぞ……」


 うまく言葉が纏まっていない気もするが、とにかく感謝の意は伝わっただろう。


「そ、そうですか……! 良かったです……えへへ……」


 瑠璃子は俺の言葉を受けて、少し頬を赤らめながら笑顔を見せた。

 うんうん、やっぱり彼女にはこの笑顔がよく似合う。

 初めてパーティーを組んだ時から彼女はよく気遣いのできる娘だった。

 それ故に仲間のネガティブな感情にも敏感なのだろう。俺も気をつけないとな。


「あ、そうだ。俺、ちょっとお手洗いに行ってくるよ」


 昨日の件が尾を引いているのか、瑠璃子と話していると少し緊張する。

 恥ずかしながら、そのせいでトイレに行きたくなったのだ。


「わかりました! えっと……確かこの先のお寺の境内に観光者向けの公衆トイレがあったはずです」


 すると瑠璃子はすぐさま観光客向けのガイドブックを取り出して周辺施設の情報を教えてくれた。なんて出来る子なんだ。


「そうか、助かる。それじゃ悪いが、ちょっと星奈たちの事を見ててくれ。あいつら放っといたらどっか消えちまいそうだからな。ちっこいし」


「はい、わかりました! 人が多いですから気をつけてくださいね」


 瑠璃子の言葉に俺は手を振って返すと、公衆トイレを目指して先に歩き出した。

 人混みの流れに乗るように狭い路地をゆっくりと進んでいった。

 しばらくして瑠璃子が言っていたであろう施設を見つけ、俺は用を足した。

 それから今度は反対方向へ向かう人混みに混ざると、流れるように元居た場所まで戻ってきた。


「あれ、瑠璃子? 星奈? おーい、どこだー?」


 つい5分ほど前まで星奈たちがいた場所には、見知らぬ外国人観光客がいた。

 星奈やユーノがいたはずの土産物屋も覗いてみたが、彼女らの姿は見えない。


(うーん、はぐれちまったか。ま、あの二人が一緒じゃ仕方ないか)


 瑠璃子が独断で動くとは考えられん。

 恐らく星奈やユーノにせがまれて、先に進んだか、別の店にでも引っ張り込まれてるのだろう。


(まぁ、いっか。昔と違って現代にゃスマホっつー便利なもんがあるしな)


 人の発明とは偉大である。一昔前なら迷子の捜索で楽しい旅行の一日丸々潰れたりなんて事もあっただろうに。

 そんな事を考えながら俺はスマホをポケットから取り出し、瑠璃子たちに連絡を取ろうとした。


「──なんや、あんちゃん。観光するっちゅー話は聞いとったけど、ここにおったんかいな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る