第45話
「……瑠璃子?」
「えへへ、来ちゃいました」
ドアを開くと、そこにはパジャマ姿の瑠璃子の姿があった。
彼女はいつも通りの柔和な笑みを見せつつ、茶目っ気たっぷりに答える。
既に入浴を済ませた後なのか、ミルクティー色の猫っ毛は纏められており、少し新鮮な感じがした。
「お、おう……? とりあえず中に入るか?」
「はい! お言葉に甘えさせて頂きます!」
ドアの前で立ち話するのもアレなので、ひとまず俺は瑠璃子を中へ招き入れた。
と言うのは建前で、本当は薄手のパジャマだと瑠璃子の豊満なメロンちゃんが普段より強調されてて、俺のご子息さんが反応しそうだったからである。
そんな時に立ち話を避けたいと思う心は、健康な男子諸君なら理解して頂けることだろう。
「それで、どうしたんだ急に?」
客室内のソファへ腰掛けながら、俺は瑠璃子へ問いかけた。
「いえ、特に用事があったわけではなくてですね……その、依頼も終わった事ですし、賢人さんとゆっくりお話したいな、なんて……」
気恥しそうに手をモジモジさせながら、上目遣いで瑠璃子は呟いた。
なんだこの可愛い生き物は。こんちくしょう。
それにしても話か。つっても何を話せば良いんだ?
こんな時は、えーっと──
「そ、そうか。……きょ、今日はいい天気だな?」
悲しい事に、俺の口からはありきたりな話題しか出てこなかった。
仕事ならまだしも、日常会話──しかも美少女と二人っきりの状況で良い話題が浮かぶはずもないのだ。
「はい、そうですね!」
「……だよな」
いや、ですよね。そうとしか返しようがないもんな。
すまん、瑠璃子。残念ながら俺は現役JKを楽しませるような話術スキルは持ち合わせていないのだ。
うーん、どうしよう。いっそのこと明日の観光ルートでも決めてしまうか?
一応、星奈やユーノがいる時に相談しようと思ってたんだが。
「──今日はありがとうございました、賢人さん」
次の話題に困っていたところ、都合の良い事に瑠璃子の方から切り出してくれた。
ま、それは嬉しい限りだが、いったい何の話だろうか。
何か感謝されるような事したっけ?
「唐突にどうしたんだ? 別に特別何かした記憶も無いんだが……」
「ふふ、あんなに沢山の魔獣を一身に引き受けてくださったじゃないですか。そのお礼がしたかったんです。お陰さまで安全に後方から魔法を撃つことができましたし」
「ああ、そんな事か。それならいつもの事じゃないか? 改まってお礼を言われる事でも無いような気もするが……」
何せパーティーに近接系の天職は俺しかいないしな。や、俺も天職は後衛だけどさ。
俺が返事を返すと、瑠璃子はふるふると首を振った。
「私、虫が苦手なんです。今日のダンジョンだって、後衛に魔獣が抜けてきたらすごく嫌だなーって思ってたんです」
そう言って瑠璃子は少しだけ俺の方に身を寄せた。
シャンプーの香りだろうか。甘い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
「でも、賢人さんは一番大変なタンクの仕事を快く引き受けてくれて……抑えきれないような量の魔獣も、星奈ちゃんと連携して絶対に後衛にいかないようにしてくれましたし」
「あー、あれね……」
あれは星奈が勝手にやった事だけどな……。
ま、結果的にパーティーを守れたのは事実だし、瑠璃子がそう思ってるならそれでも構わないが……。なんだか騙したようで少し胸が痛いな。
それに、確かにタンクは任せろみたいな事も言った気もするが、心の中じゃ嫌々だったし。
瑠璃子が想像してるような、強くて優しい勇者様じゃないんだよなぁ……。
「──賢人さんはいつも私を助けてくれるんです。初めて会った時も、今日も。賢人さんは、私が苦手なものから、いつも守ってくれて……だから、その、お礼がしたいなって──」
「……っ!?」
どう答えてやろうかと考えながら頬を掻いていると、瑠璃子がグッと顔を近づけてきた。
大きく潤んだ綺麗な瞳が、俺の視線を捉える。そして彼女はゆっくりとその瞳を閉じた。
「る、瑠璃子……?」
ぷっくりと艶んだ唇が、少しづつ俺の元へと近づいてゆく。
甘い匂いが俺の思考を奪った。
流されるまま、俺も目を閉じる。
──それから、柔らかな感触。
「えへへ、結構恥ずかしいですね……!」
数秒経ってようやく瑠璃子は顔を離した。
それから、頬を染めながら笑った。
「あ、ああ、そう、だな……」
俺はというと、当たり障りのない言葉を返すのが精いっぱいだった。
初めてのキスの味? んなもんわからん。
とにかく、今はバクバクと煩い鼓動を抑えるのに必死なのだ。
悲しきかな、瑠璃子のお礼とやらは、些か童貞には刺激が強すぎた。
「……」
駄目だ。瑠璃子の顔をまともに見れん。
気恥ずかしくなって、俺は視線を落とした。
するとその先には大きな大きな二つのメロンが。
瑠璃子との距離が近い分、そのたわわに実った果実がいっそう大きく見えた。
「──あの、さ、触ってみますか?」
「ぶっ!? ななな何を言ってるんだっ!?」
瑠璃子のとんでもない爆弾発言に、俺は錯乱気味に返した。
「その、よく視線を感じるので、やっぱり興味があるのかと思いまして……」
そりゃあ興味津々だよ。
男の夢が詰まってるからな。でも──
「か、仮にそうだとしても、そんなに気安く触らせるもんじゃないからな……?」
何とか理性を保ちながら俺は彼女を嗜めた。
恋愛経験の疎い俺には、瑠璃子の言葉の真意はわからない。
それでも、こんな野郎に触らせるほど彼女の身体は安くない気がした。
「そ、そうですか……そうですよね」
瑠璃子も後々になって恥ずかしさが込み上げて来たのだろう。
先ほどキスした時より顔を赤くして、
「きゅ、急に変な事言ってごめんなさい……」
「あ、いや、別に謝るような事ではないんだが……」
暫しの間が空いた。気まずい沈黙が部屋を包み込む。
さて、この空気をどうしたものか。
「……私、そろそろ部屋に戻りますね」
先に根を上げたのは瑠璃子だった。
この絶妙に居心地の悪い空気感に居た堪れなくなったのか、彼女はそそくさと立ち上がった。
「あ、ああ、おやすみ。風邪、引かないようにな」
ソファに座ったまま、部屋から出ようとする瑠璃子を見送った。
「でも、賢人さんには……」
瑠璃子はドアの前で立ち止まると、ぽつりと呟いた。
それから振り返り、恥ずかしさの入り混じった愛くるしい笑顔をこちらに見せる。
「──でも賢人さんには、むしろ触って欲しい、かもですっ」
「……へっ?」
間抜けな声が俺の喉から漏れ出た。
「それじゃ、おやすみなさいっ」
とびきりの置き土産を残して、彼女は部屋を出ていってしまった。
俺は何も言葉を返すことが出来ず、呆けた顔でその姿を見送った。
──はて、これは、どう受け止めれば良いものか。
どうやら俺の矮小な思考回路では処理しきれないようだ。
彼女の言葉の意味を考えようとすればするほど、鼓動が高まり、変な汗が出る。
明日から瑠璃子とどう接すればいいのか、それすらもわからない。
ひとまず、俺はベッドに寝転がった。
「ちくしょう……寝るか。──明日になれば、何とかなるだろ」
思考を放棄した俺が取った行動は、至極単純だった。
とりあえず寝る。睡眠を取って脳みそを休ませれば、この思考もきっと冴えることだろう。
そう考え、まぶたを閉じた途端に眠気が俺を襲った。
きっと自分が思ってるよりも、先ほどの出来事で疲労していたのだろう。
そのまま身を任せるように俺はまどろんだ。
──あれ、何だか布団が温かいような。……ま、いっか。
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