第148話

 今日もルトヴィルムの街は活気に満ち溢れていた。

 馬車や荷車を引く音、行き交う人々たちのざわめき。

 都市ならではの喧騒の中、俺たちは商業ギルドへ歩みを進めていた。


 理由はもちろん、エレノアに会うためだ。

 というのも、この街に着いてから既に二日が経過してるからな。そろそろ進捗を確認しても良い頃合いだろう。

 

「この辺りは特に賑やかね」

「うん、人がいっぱい……」


 きょろきょろと周囲を見回すモニカとエト。

 ここ、ルトヴィルムは主要都市の一つだ。商業地区における活気は、タロッサとは比べ物にならないほど賑やかだ。

 人で溢れた東京の記憶を持つ俺はともかく、彼女たちは未だに慣れないようだった。


「はぐれないように気をつけろよ」


 二人が迷子にならないよう、俺は予め釘を差しておいた。


「知ってるか? 近くの森で屍骸竜ドラゴンゾンビが出たそうだ。それも変異種だとよ」

「変異種なんて珍しいな。商品の運搬に影響がでなきゃいいが……」


 歩いていると、そんな会話が耳に入った。

 屍骸竜ドラゴンゾンビと言えば、B級の魔獣だな。

 その変異種──つまりはユニークモンスターってことだろうから、危険度は最低でもA以上ってとこか。都市の近くでもそんな物騒な魔獣が出るんだな。


(それにしても……森か。確かアイツが飛び去った方角だな)


 森と聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、先日遭遇した魔族の事だった。

 

(襲われてなきゃいいがな……)


 あの晩の出来事から二日経った現在。その消息は一切不明である。


 あれから、どこにいってしまったのか。

 これから、どうやって生きていくのか。


「……」


 俺は隣を歩くエトに視線を落とした。

 どうやら彼女も、俺と同じようにあの魔族の事を考えているようだった。


 疑問も憂心も、彼女の中で芯のように残ったままだ。


 だが、俺にはそいつを取り除けない。

 あの魔族を救う術を、俺は知らない。

 できることは、その平穏無事を祈ること。

 ただそれだけだ。


「……」


 エトは幼いながらにそれを理解しているんだろう。だから俺に救いを求めるようなことはしない。

 されど同族の無事を願う気持ちで胸がいっぱいなのは、その表情から見て取れた。


 俺は彼女の頭にぽんと手を置いた。


「お兄ちゃん……」 

「大丈夫さ。これまでも街に隠れ潜んでたんだろ? なら外でも上手くやってるさ。モニカもそう思うだろ?」

「そうね。心配しなくても、きっと大丈夫よ」

 

 根拠のない気休めの言葉。


「……そうだよね。ありがと」


 それでも少しは安心したのか、エトは表情を和らげた。



「ここがルトヴィルムの商業ギルドか。タロッサのとは比べ物になんねーな」


 しばらくして目的地の商業ギルドに到着した。

 目の前の建物を見上げて、その規模感に少し圧倒された。


 ルトヴィルムの商業ギルドは複数の棟からなる大型施設だ。

 ギルドの本部以外にも各工房や銀行など、商業系の施設がここに集約されていた。

 

「すごいわね。うちの村くらいあるんじゃない?」


 隣でモニカが真面目な顔でそんな事を言う。

 冗談でもなんでもなく、本当にアクリ村程度の敷地面積はありそうだ。

 ちゃんと測ったわけではないので感覚的なものだが、それくらいに広かった。


「さてと、とりあえずアイツに連絡するか」


 そう言って俺は【収納バッグ】から伝令晶を取り出した。

 手のひらに持ったそれに魔力を込めながら俺は念じる。しばらく待つと、ピコンと通知音が鳴って、画面に送信成功を示すチェックマークが表示された。

 ちなみに丸印じゃないのは、この世界がヨーロッパ的文化であるためだろう。欧米圏じゃ正誤を区別する際に、正ならチェックを使う。似た文化同士、共通する部分もあるのだ。


「……お、返ってきた」


 早速エレノアから返信があった。俺は手元へと視線を落とす。

 伝令晶に映し出されたのはドット絵調の地図だった。

 商業ギルドの建物が表現されており、そのうちの一つの棟にエレノアの顔アイコンがピコピコと点滅していた。


「ここに来いってことか」

「そうみたいね」

「もうちょいまともな方法はないのか……」


 ただでさえ小さい画面に、粗いドット絵調のマップなのだ。

 わかりにくいことこの上ない。

 俺は嘆息しつつ、指定された地点を目指してまた歩き始めた。

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