第149話
エレノアから送られてきた地図を頼りに、俺たちは工房棟へとやってきた。
利用システムはよくわからないが、入り口に受付っぽい女性が本を片手に暇そうにしていたので、とりあえず声をかけた。
「あのー」
「んー、今は空いてないよ。どの工房も貸出中」
女性は手元の本に視線を向けたまま、気だるそうに答えた。
これまたやる気のない職員だな。
こんな職員が受付で大丈夫かと心配になるが、ま、俺には関係のない話か。
「いや、ここを借りている人物に会いに来ただけだ。エレノアって名前なんだが……」
「あぁ、そゆこと……じゃあここに代表者の名前書いて」
そう言って女性はカウンターに置かれた用紙を指差した。
パッと見たところ管理表のようではある。ただ、そこに書かれた文字は適当な殴り書きばかりで、もはや管理表として機能していないように見えた。
「ぶっちゃけ書く意味無いんじゃない? これ……」
「ん……ま、規則だからしかたなし。一応は管理してるの、一応ね」
モニカが正直な感想を言うと、これまたやる気のない説明が返ってきた。
ま、無意味に見えても規則らしいからな。ここは素直に従うか。
俺は近くにあったペンを手に取り、指定された記入欄に名前を書くことにした。
ちなみに読み書きが駄目といっても、流石に自分の名前くらいは書けるのだ。
「ほら、書いたぞ」
「あざ。えっと誰だっけ……テレジア?」
「……エレノアだ」
「んあ、そうだった。んっと……西側の大工房借りてるね。入り口はあっちだよー」
女性は手をぷらぷらさせて、エレノアがいるであろう方向を示した。
とりあえず受付は終わったみたいなので、俺たちは女性が示した方に向かうことにした。
「ここか?」
少し歩くとそれっぽい重厚な扉を見つけた。
さっそく中に入ると、そこはガレージのような空間が広がっていた。
「うっ……なんだか埃っぽいわね……それに汚いし」
入った瞬間、モニカは不快そうに鼻をつまんだ。
彼女がそんな反応を示すのも無理はない。
なぜなら周囲には工具らしきものや輝きを失った魔石の残骸、さらには食事をした後の生ゴミまでがあちらこちらに散らかっていたからだ。
いや汚えな。どうやったらたった二日でここまで汚せるのか。
つか、生ゴミくらいは処分しとけよ。
そんな汚部屋と化した工房。
その中央には布を被せた大きい何かが鎮座していた。
(これが新しい
そんな事を考えながら鎮座した物体を眺めていると、耳馴染みのある声が響いた。
「にょほほほ! お待ちしておりましたぞケント殿、それにモニカ殿とエト殿も!」
声がした方向に視線を向けると、そこには作業着姿のエレノアが立っていた。
「おう、そろそろ良い頃合いかと思ってな。けど、まだ作業の途中か?」
そう思ったのはエレノアの見た目が理由だった。というのも彼女の服や髪、白い肌に至るまで。全身が黒っぽい油のようなものでうす汚れていたからだ。
さらに言えば、その手には鍛冶師が持つような小型のハンマーまであった。
「にょふふ、作業ならとうの昔に終わってますぞ! なにせ我は天才ですからな!」
「なら、どうしてそんなに汚れてるのよ」
モニカが訊ねるとエレノアは待ってましたと言わんばかりの笑みを見せた。
「たまには我の凄さをアピールしようかと思いましてな。あえてそれっぽい格好をしてみました! にょほほ! どうです? 熟練の職人っぽいでしょう?」
「……あっそう」
死ぬほどくだらない理由だった。いや、どうせそんなことだろうとは思ってたよ。
そもそも鍛冶師じゃないんだから、ハンマーなんざ使うわけがなかった。
「……はぁ」
ドヤ顔のエレノアを見て、自然とため息がこぼれ出た。
「……ま、とりあえずモノはできたんだよな。すぐに動かせるのか?」
「えぇ、ばっちりですぞ! とはいえ試運転くらいはしておいた方が良いでしょう」
「そりゃどういう意味だ?」
俺が訊ねると、エレノアは中央の物体にかかっていた布を剥ぎ取った。
「わぁ……」
現れた物体を見て、物珍しさからかエトが感嘆の声をあげた。
「こりゃ自動車か?」
元々はバイクがベースとなっていた
その名前の由来でもある竜の甲殻を模した有機的デザインはそのままに、全幅をさらに大型化させて自動車に近い乗り物へと変貌していた。
「にょほほ! これが我の新作、
この新しい乗り物は、
これまた厨二病っぽい名称だが、外観的には似合ってる気がした。
まぁ、ランボ〇ギーニみたいな見た目してるからな。
「結構変わったわね。前は
「えぇ、やはり多人数を乗せるとなると
興味津々といった様子で
「なるほどな。ま、これなら雨風も防げるし、いいんじゃないか?」
前衛的でオープンカーのような見た目をしているが、ちゃんとルーフがついている。エレノアの事だから見た目に極振りしないか心配だったが、その辺の機能性はしっかりと考えられているようだった。
「にょふふ、そうでしょう! もっと我を褒めてくれていいのですよ!」
評価されたのがよっぽど嬉しかったのか。
エレノアはえへんと胸を張って得意気な表情を見せた。
「あんたが凄いのはわかったけど、ちゃんと乗りこなせるか心配だわ。なんだかよくわからないものがたくさん付いてるし……」
車内を眺めていたモニカが不安そうに吐露した。
言われてみれば操縦席にはいくつかスイッチや計器が付いてるな。
走る以外にも何らかの機能があるのだろうか。
「その点は問題ありません。基本的には操縦桿に魔力を通すだけで走りますから、後は操縦性に慣れるだけです」
「そうなの? じゃあこれはいったい何なの?」
「にょふふふ、それは実際に乗ってからのお楽しみですぞ!」
エレノアは瓶底メガネの山をくいと上げながらねちっこい笑みを見せた。
……ああ、どうせロクでもないオプションを沢山つけてるんだろうな。
◇
「それじゃ明日正門前でな」
「えぇ! それまでに完璧に仕上げてみせますぞ!」
ひとまず移動手段を確保した俺たちは、明朝に街を出ることを取り決めてからエレノアと別れた。
てっきり一緒に宿に戻るかと思ったんだが、ギリギリまで
これ以上どこをイジる必要があるのか。素人の俺にはさっぱりだったが、彼女としては何かこだわりでもあるのだろう。
(そういえばイザベルのこと聞くの忘れてたな)
工房棟を出たところで、ふと、あのメイドの存在を思い出した。
エレノアに会った際にそれとなく聞いてみようかと考えていたのだ。
無論、約束を反故にしない範疇でな。
(けどまぁ、わざわざ戻ってまで確認することじゃないか)
彼女の存在は気になるものの、それほど重要ではない。
少なくとも俺の目的とは関係なさそうだ。
それに雰囲気的にはエレノアの身辺警護をしているっぽいしな。
ならば、そのうちまた会えるだろう。
「……なんだ?」
そんな事を考えながら歩いていると、数名の男の姿が見えた。
格好を見たところ衛兵のようで、この商業ギルドに用事があるようにはとても見えない。
警戒心を抱いた俺は、思わずその足を止めた。
「きゃっ! ちょっと突然立ち止まらないでよ……って何事かしら?」
俺が足を止めたことでモニカが俺の背にぶつかったようだ。
鼻を抑えながらこちらを睨んできたが、すぐに状況を把握したようだ。
「さぁな……と言いたいところだが、心当たりしかねーな」
衛兵たちは全員がエトを凝視していた。瞬きもせず、真っ直ぐと。
その表情はどこか虚ろで、狂気を孕んでいるように見えた。
「お、お兄ちゃん……」
気味の悪い視線を一斉に向けられて怯えるエト。
どういう経緯でこいつらが情報を得たのかは不明だ。
しかし、その標的が俺たち──いや、エトであることは明白だった。
「心配すんな。俺たちがいれば大丈夫だ」
俺は怯える彼女の頭を優しく撫でた。
それから〝
シャカシャカと鳴り響くニチアサ的効果音。
「──はぁ、出発日時を前倒ししねーとな。たった今からお尋ね者になるわけだし」
そう吐露した直後、俺は例のポーズを決め込んだ。
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