第150話
「何だ? この気配は……」
活気に満ちたルトヴィルムの街。
そこで不穏な気配をマハトは感じ取った。
彼はすぐさま周囲を見回した。
視界に映るのは普段と変わらぬ光景だ。
それなのに妙な違和感がそこにあった。
この獰猛な気配は魔獣が放つそれと似ている。
それでいて魔獣とは異なる奇妙な気配。
(……同類、か)
マハトは静かに呟いた。
既に彼はこの妙な気配を知っていたのだ。
これは先日、森で対峙した奇妙な存在と同じ類だった。
「きゃあああああッ!?」
始まりは悲鳴だった。
道行く人々は、悲鳴があがった方へと視線を向けた。
彼らが目にしたのは、武装した衛兵の姿。
それと、その衛兵の持つ長剣によって腹を刺し貫かれた男性の姿だった。
「おい⁉ アンタ何やってんだッ⁉」
本来、ルトヴィルムの街を警護すべき存在であるはずの衛兵。その奇行の動機はさておき、傍にいた屈強な冒険者が衛兵を取り押さえようと駆け寄った。
「……」
「はっ!? クソッ!?」
だが、衛兵は無言のまま答えない。
それどころか、今度は近づいてきた冒険者に対してその剣を向けた。
「なんだコイツ……操られてる、のか?」
冒険者は間一髪で剣を抜いて衛兵の剣撃を受け止める。そして、衛兵の顔を間近で見た彼は異常にいち早く気付いた。
彼と剣を交える衛兵。その瞳には一切の輝きがなく、まるで意志が無いかのように虚ろだったのだ。
「誰か手を貸してくれ! コイツ目がイッちまってる! 何かの魔法を受けてんのかもしれねぇ!」
衛兵が普通ではない事を理解した彼は周囲に呼びかけた。
殺すよりも無力化して調べた方が良いという彼なりの判断だった。
「他に冒険者はいないか!? ……がはッ!?」
剣を交えながら呼びかける彼の喉元を何かが抉った。
それは牙の生えた触手だった。突然、伸びてきた触手が彼の喉笛を食い千切ったのだ。
そして、その触手の出処は──今まさに彼と剣を交えていた衛兵の眼孔だった。
「ひいぃぃぃ!? なんだよコレぇ……魔獣!? まさか人間に化けてたのか!?」
彼に手を貸そうと近づいた一人の冒険者は、その異様な光景を目の当たりにして尻餅をついた。
「……あ゛あァ」
「ひっ!?」
衛兵の眼孔から飛び出た触手が、今度は尻餅をついた冒険者へと向いた。
「……【
刹那に放たれた剣風の刃が、衛兵の首を刈り取った。
触手の生えた頭がごろりと転がり落ち、残された胴体も遅れて崩れ落ちた。
「立てるか?」
剣を鞘に納めながらマハトは男に訊ねた。
マハトに問われた男は、恐怖の抜け切らない表情のままこくこくと頷いた。
(いったいコイツは何なんだ……)
先ほど切り落とした首を見下ろしながらマハトは思考する。
(人に寄生する魔獣か、或いは……)
「うわあああぁぁぁぁ!?」
その答えが出る前に、また新たな悲鳴が響いた。
「いやぁっ!? 助け、てッ……!?」
「ひぃっ!? なんだこいつら!?」
街のあちこちで響き渡る悲鳴。
それらを聞いたマハトは、この謎の魔獣が街中に発生していることを悟った。
「……ちっ、面倒だな」
彼は剣を引き抜くと、逃げ惑う人々とは逆方向に駆け出した。
◇
──ルイドール領主館。
「一部の衛兵が街で暴れているようです。既に領民が何名か殺されております」
眼鏡をかけた老執事が、ダーレンへ状況を報告した。
その内容とは、今まさにルトヴィルムの街で起きている騒動に関してだった。
「反逆やクーデターの類では無さそうです。詳細は未だ不明ですが、報告によると正気を失っている様子との事でした」
「……そうか。騎士を総動員して対応に当たらせろ。騒動が大きくなる前に鎮圧するのだ」
「かしこまりました」
ダーレンの指示を受けた執事は一礼した後、執務室を出ていった。
部屋に一人残されたダーレンは苛立った表情で机を叩いた。
「くそッ……なぜだ……!」
どうしてこんな事になっているのだろうか。
どのようにしてこの騒動を終わらせればよいのか。
これから発生するであろう諸問題に、ダーレンはひどく頭を悩ませた。
「おやおや、機嫌が悪そうですね」
そんな彼の傍に、いつの間にかフードを被った男が立っていた。
彼の姿を目にした途端、ダーレンは表情を怒りに歪ませた。
「ヴォロス殿……! これはいったいどういう事ですか!? 貴方に協力すれば、我が領の安全は約束してくださるはずでは!?」
この騒動の元凶であろう彼を問い詰めるダーレン。
しかし、ヴォロスと呼ばれた男は手を口元に近づけてくくくと嘲笑った。
「今、この街には我々が欲しいものが全て集まっています」
「わかっていますよ。あの魔族の少女でしょう? それなら私が責任を持って──」
「いえ、それだけではありません……運が良い事に依代と零番は一緒に行動しているようでしてね。そろそろ本番に移ろうかと」
「は……? いったい何の話を……?」
ヴォロスの言わんとしていることが理解できず、疑問を吐露するダーレン。
そんな彼の顔をヴォロスはジッと見た。
フードの奥で光るヤギのような瞳が、困惑するダーレンの顔を映した。
「──要するに貴方の協力は必要無くなったという事です。〝
ヴォロスがそう告げた刹那、黒く細い何かがダーレンの耳を貫いた。
「いぎッ……!?」
片耳から反対側の耳までを一直線に貫かれた彼は、悲鳴にならない声をあげる。
『ふふ、本当に馬鹿ね』
彼の耳を貫いた黒い何か。
それは、突如としてこの場に現れた少女の指先から伸びていた。
『実験材料集めに都合が良かったから使ってあげただけなのに。対等な協力関係だと本気で信じてたのかしら?』
少女はくすくすと嘲笑うと、針のように変形した指を耳から引き抜く。
ダーレンは両耳から血をどろりと流しながら床に崩れ落ちた。
『さぁ、早く行きましょう。復活させたいんでしょ? 魔王サマとやらを。そのための対価を──私に捧げなさい』
指についた血を舐め取りながら、少女は告げる。
ヴォロスはうっとりとした表情を彼女に向けながら答えた。
「あぁ……勿論だとも──【
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