第151話

「そっちが吹っかけてきた喧嘩だからな。歯が折れても文句言うなよッ!?」


 鎧を身に纏った俺は、握り締めた拳を衛兵の顔面へと叩きつけた。

 流石にスキルは使用していない。相手は魔獣ではなく人間だからな。

 ハインツみたいなクズ野郎はともかく、上司の命令で俺たちの前にやってきたであろう兵士を問答無用で殺すのは少し気が引けたのだ。


「……」


 それなりの威力で殴られて大きく吹っ飛んだ衛兵だったが、奇妙な事に悲鳴や苦悶の声を一切あげなかった。


「何よコイツら……? 仲間が攻撃されたってのに無反応だなんて……気持ち悪い」


 奇妙な反応を見せたのは殴られた本人だけじゃなかった。

 同僚が殴られて吹っ飛んだってのに、他の衛兵は顔色一つ変えない。

 それどころか狂気を孕んだ瞳を真っ直ぐにエトに向けたままだった。


「どうやら正気じゃねぇみたいだな。なおさら殺さなくて良かったぜ。操られているだけの無実の人間だったら後味最悪だかんな……っと!?」


 俺の事を排除すべき存在と認識したのか、衛兵たちは無言で腰の剣を抜くと、俺に向かって躊躇いなく振るってきた。


「……容赦ねぇな!?」


 振るわれた凶刃を俺は身を捻って回避すると、お返しとばかりに拳を返した。

 何の変哲もない剣が俺の拳に耐えられるはずもない。

 支給されたであろう鉄剣を折り砕き、そのまま衛兵を吹き飛ばした。


「……」


 息つく暇もなく、残りの兵士たちは次々と俺に襲いかかってきた。

 それなりの力を込めて殴り飛ばすが、それでも起き上がってこちらに向かってきた。

 鼻血を垂らし、前歯が数本欠けてもお構いなしだ。

 その異常な執着心で襲い来る様は、さながらゾンビ映画みたいだ。


「チッ……面倒だな」

「あ、あたしも援護しよっか……?」


 後方からモニカが提案してきたが、俺は首を横に振った。


「お前の武器だと無力化どころか串刺しにしちまうだろ?」

「で、でも……」

「操られているだけかもしれねーんだ。なるべく殺しは避けたほうがいい」


 そうは言いつつも、このゾンビみたいな衛兵たちを上手く無力化する自信は俺にも無い。

 このままだと殴り殺しちまうかもしれない。それくらいに彼らはタフだった。


「……あ゛ッ……あっ……」


 襲い来る衛兵をぶん殴っていると、そのうちの一人が呻き始めた。

 四つん這いのまま、嘔吐するような仕草で痙攣し始める。


(操られているとは言え、流石に肉体の方が追いつかねーか)


 そう考えた刹那──衛兵の頭が弾け、そこからグロテスクな触手が飛び出してきた。


「はぁ!?」


 俺の顔面を目掛けて勢い良く伸びる異形の触手。

 その先端には穴が空いており、びっしりと無数の牙が生えていた。


「くそッ──【灼煌竜アグラヴァ息吹グロッサ】ッ!」


 俺は咄嗟にスキルを発動させた。

 燃え盛る爆炎の拳が、襲い来る触手を瞬時に焼き切った。


「ケントッ!」「お兄ちゃん……!」

「大丈夫。キモすぎてビビっちまったが、それだけだ。それより……」


 心配するモニカたちをよそに、俺は対峙する衛兵たちの姿を見回した。


「ぎぎッ……ギッ……」「あっ……あっ……」


 ある者は眼孔から。ある者は両腕から。また、ある者は腹部から。

 先ほど焼いたのと同じ触手が、宿主の肉を食い破って現れた。


「……魔獣化現象か。にしても悪趣味だな」


 まるで人間に寄生しているかのような中途半端な風貌に、酷く嫌悪感を覚えた。


「エト」


 俺は拳を構えたまま、視線だけをエトに向けた。

 先日遭遇した魔獣モドキのようにまだ人としての心が残っているのか。それを確かめたかった。

 そして、何となくエトならそれがわかるような気がしたのだ。


「ダメだよ、お兄ちゃん……この魔素は……きっと人族ヒュムには耐えられないと思う……」


 俺の意図を察した彼女は、ふるふると首を横に振った。


「……手遅れか。なら仕方がないな」


 エトの言葉を聞いた俺は、両の拳に火炎を纏わせた。

 人ではない何かに変貌してしまった哀れな彼らを葬り去るために。


「恨まないでくれよな……【灼煌竜アグラヴァ息吹グロッサ】ッ!」


 俺はスキルを発動しながら疾駆した。

 そして、あっという間に一番近い衛兵の前まで詰め寄ると、炎熱の拳を胴体に叩きつけた。

 轟と燃え上がる炎。火花と共に俺は、衛兵たちを拳で蹴散らしていった。


「ぎぎぎィ……」


 反撃する事もできずに呆気なく燃え朽ちる衛兵たち。魔獣化したとはいえ、その格は低いようで、俺は一分も経たないうちに彼らを殲滅し終えた。


「……さっさと街を出るか」

「……そうね」


 モニカは少し間を置いてから、俺の提案に頷い

た。

 この焼け焦げた衛兵たちの亡骸には思う所があるが、哀れんでいる暇は無い。

 今はエトの安全を確保する事が最優先だ。

 俺も彼女もそれを理解していた。


「とりあえずエレノアに連絡を……」


 そう言って俺が伝令晶を取り出そうとすると、突然、甲高い叫び声が響いた。


「何なの、この声……!?」


 黒板を引っ掻く音に似た不快極まりない叫び声に、モニカは思わず耳を塞いだ。

 その直後、轟音と共に近くの建物の壁が砕け、大きな影が転がるように飛び出してきた。


「コイツは……」


 瓦礫を押し退け、砂埃の中から姿を現したのは、大きな肉塊だった。

 その見た目は悍ましいの一言に尽きる。ブヨブヨとした本体には、人の顔や手足が半ば融合する形で無数に埋もれていたからだ。

 人間を混ぜ合わせて作った人肉団子とでも言うべきだろうか。


「倫理観の欠片もねーな……」


 人が魔獣化したのか、それとも魔獣に人間が取り込まれたのか。

 何れにせよ、こいつを差し向けたヤツは相当悪趣味に違いない。


『ギイイイィィィィィッ!』


 肉団子の中心がぱっくり裂けると、そこには鋭い歯がびっしりと並んでいた。

 その奥から無数の触手が伸びてきた。


「【灼煌竜アグラヴァ息吹グロッサ】ッ!」


 絡め取ろうと接近する触手を、俺は炎の拳で焼き払った。

 柔らかそうな見た目の通り、防御力はそこまで高くない。

 一撃さえ当てれば容易に焼き切る事ができた。


「クソッ、次から次へとキリがねーな……!」


 肉塊の喉奥から無数に伸びる触手の群れ。

 いくら焼き切っても、その数は一向に減らない。

 この手数の多さが、触手を持つ魔獣の厄介なところだ。


風姫竜フィノーラを使うか……)


 タイミングを見計らって〝竜基解放ドラグライズ〟に切り替える必要がありそうだ。

 風を司る風姫竜フィノーラなら、こういう触手系に有効打を与えられるだろう。


「アタシも援護するわ! ──【聖光閃撃ルミナス・ブレイク】!」


 後方から響いたモニカの声。その直後、白い光線が俺の脇を突き抜けた。

 聖光閃撃ルミナス・ブレイク──聖属性の光で生み出した槍を直線状に放つ聖槍術スキルだ。

 その射程は魔法と言っても差し支えないほどに長く、モニカは接近する事無く数本の触手と肉塊の一部を消し飛ばした。


『キィィイイイィィィッッ……!』


 苦痛からか、苦悶の叫びを響かせる肉塊。

 それなりにダメージが入ったようにも見えたが、それも束の間──、


「嘘っ!? もう再生した!?」


 抉り取られた箇所の血肉がボコボコと膨らんだかと思えば、あっという間に再生してしまった。


「ただでさえ触手がウゼーのに、超再生能力まで持ってるのかよ……コイツは厄介だな」


 前言撤回。〝竜基解放ドラグライズ〟だと、倒し切る前に俺が呪いで死にそうだ。

 こりゃ【神の虚数ナンバーズスキル】に頼るしかないな。

 

「モニカ……エトを連れて街の外まで逃げれるか?」

「ちょっと……また一人で戦う気?」

「不満だろうが、諦めてくれ。今から俺が使うスキルは、多分お前らも巻き込む」


 雪崩のように襲い来る触手を処理しながら俺は答えた。

 

「うぅ、わかったわよ……でも無理はしないでよ? 勝手に死んだら許さないんだから」

「当たり前だろ。敵がコイツだけとは思えねぇからな。さっさと倒して合流するさ」


 そう答えると、それ以上モニカは何も言わなかった。


「エト……ここはケントに任せるわよ」

「う、うん……」


 そんな会話と共にモニカはエトを連れてこの場を離れていく。

 彼女らの気配が遠くなっていくのを背中で感じ取りながら、俺は静かにスキルを発動させた。


神の虚数オルタナンバーズ──月影の女神アハツェーン


 刹那、俺を中心とした周囲の空間が真っ黒に塗り潰された。

 どこまでも続く暗闇にぽつりと浮かぶ黄金の月が、肉塊を儚く照らした。

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