第152話
「はぁはぁ……っ」
魔獣の対処をケントに任せたモニカとエトは、街から脱するべく路地を駆けていた。
ルトヴィルムの街には、街の外へと繋がる門が東西と北側に存在する。モニカとエトは商業ギルドから一番距離の近い東門を目指していた。
「酷い有様ね……エト、離れちゃダメよ?」
「うん……」
その道中で彼女らが目にしたのは、破壊された家屋や食い散らかされた人間の死体だ。
どうやら魔獣は街の至る所で発生しているらしく、モニカは警戒心を強めた。
「眼鏡のお姉ちゃん……大丈夫かな?」
「心配無いわよ。さっき伝令晶で連絡を送ったから。近くにはケントもいるしね」
エレノアの身を案じるエトに対し、モニカは穏やかな口調で返した。
ケントが近くで戦っているのもそうだが、彼女自身、ゴルドレッドをはじめとした有用な魔道具を数多く所持しているからだ。余程の事が無い限り、やられることはないだろうとモニカは考えていた。
「早くこっちに来いッ!」
「ひぃぃぃ! 助けてくれ!」
「盾持ち数人で取り囲め! 詠唱が終わるまで魔獣を近づけるなッ!」
門に近づくに連れて、悲鳴や怒号、戦闘音がちらほらと聞こえ始めた。
街の外に逃げようと、東門に詰めかける人々。そんな彼らとは反対に、魔獣を倒そうと武装して駆け回る冒険者や騎士たち。
魔獣の強襲により、街中は混乱に包まれ、悲鳴や泣き声が絶え間なく響いていた。
「あぁもうっ……これじゃ外に出れないじゃない!」
東門へと繋がる大通りに出たところで、モニカは歯痒そうに叫んだ。
と言うのも、門の付近には大勢の人だかりが出来ていたからだ。
我先にと門に押し寄せる人々。いくら戦闘系の天職を持つモニカでも、数百人という人間を押しのけて外に出るのは難しかった。
「どうしよう?」
「そうね、ここに居ても魔獣を惹き寄せるだけだし……門を通るのは諦めて防壁を壊しましょ」
そう言ってモニカは【収納】ポーチから自らの得物を取り出した。
貫通に特化した彼女の天職なら街の防壁を壊すことはそう難しい事ではない。
後はやるかやらないかだけなのだ。
「いやああぁぁぁぁっ!?」
後方から少女の悲鳴が響き渡った。
モニカが目を向けると、無数の
「いやっ、エリィ! エリィ……っ!」
そのうちの一匹の足には鷲掴みにされた少女の姿があった。
「どうしてここに飛竜が……!?」
信じられない光景に、モニカは動揺した目つきで叫んだ。
通常、街なかに魔獣が侵入してくる事はない。街や村には必ず聖石と呼ばれる魔獣忌避効果のある魔道具が設置されているからだ。
もちろん魔道具の質が低ければ、強力な魔獣の侵入を許してしまう場合もある。辺境の農村──例えばアクリ村に置かれているような聖石なら、そういう事も有り得る。
「聖石が、壊れたってこと……?」
しかし、ルトヴィルムはルイドール領主の邸宅がある都市だ。当然ながらそれなりの質と量の聖石を配備しているはずだ。それなのに突然、街なかに魔獣が出現した挙げ句、飛竜までもが飛来してきたのだ。聖石に何らかの異常が起こったと考えるのが自然だった。
「ママぁ助けてぇぇっ……!」
飛竜の鉤爪の中で少女は悲痛な叫びを上げた。
「あーもう! 今は考えてる場合じゃないわね……【白聖衣】っ!」
原因究明している余裕は無い。モニカはスキルを発動させて跳躍した。
銛のような形状をした大型の槍──ペネトレーターを構えると、
「その子を離しなさいよっ! 【
モニカは詠唱と共に虚空を槍で突き穿つ。
その鋒から放たれた閃光が、
「きゃあああああぁぁぁっ!」
千切れた飛竜の脚部と共に、宙に投げ出された少女。
モニカは家屋の屋根を蹴ってもう一度跳躍すると、落下してくる少女を抱き留めた。
「ほら、もう大丈夫よ」
「ママ……!」
「あぁ、エリィ……本当にありがとうございます……!!」
モニカは救出した少女を母親に引き渡した。
少女の母親がモニカに感謝を告げたが、彼女の視線は既に別の方向を向いていた。
「もう街の外に出る意味は無さそうね」
呟きながら空を仰ぎ見るモニカ。
彼女の視線の先にいるのは、上空を旋回しながら機会を伺う飛竜の群れだ。
仲間が攻撃された事に怒っているのか、飛竜たちの敵意はモニカに向いていた。
『ギエエエェェッー!!』
カラスを野太くしたような鳴き声を響かせながら、飛竜たちが一斉にモニカに降下してきた。彼女の身体を引き裂かんと、その鋭い鉤爪を振り下ろす。
「こっちに来てるわ! 早く逃げて!」
モニカは親子に逃げるよう指示を出した後、大槍を空に向けて構えた。
大気が揺らぎ、魔力が彼女の持つ槍の矛先へと集約していった。
「──【
彼女が告げると同時に──無数の雷槍が空を駆け抜け、次々と
「くっ……落とし切れない……」
強力なスキルではあったが、飛竜全てを撃ち落とすには火力が足りなかった。
雷槍を免れた飛竜の一体が、鷲のように脚を突き出しながら急降下する。巨大な鉤爪がモニカの眼前へと迫った。
(ダメ……避けれないっ!)
回避はできないと悟ったモニカは、まぶたを閉じ、身体を強張らせて衝撃に備えた。
「──やだもう、イケない子ね」
たが、いつまで経っても衝撃が彼女を襲うことはなかった。
代わりに、どこかで聞いたことのある野太い声が響いた。
「あ、あなたは……」
恐る恐る目を開けるモニカ。彼女の目の前には、筋肉隆々の淑女が立っており、その逞しい腕で飛竜の鉤爪を掴み止めていた。
「うふふ、大丈夫かしら?」
「え、あ、はい……」
呆気に取られるモニカにウインクしてみせるのは、グロリアーナだった。
「さてと、街を荒らすイケない子には……お仕置きしなきゃいけないわね」
元黒級冒険者の淑女は、掴んだ飛竜をそのまま地面に叩き付けた。
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