第153話

『ギイィィィィッー!!』


 グロリアーナの剛腕によって地面に叩きつけられた飛竜。

 その首はあらぬ方向へと捻じ曲がり、顎をパクパクとさせたのちに絶命した。


「あ、ありがとう……」

「お礼なんていいわ。それより備えてちょうだい。すごくのが来るわよ」


 グロリアーナの視線が少し遠くの路面へと向く。

 その次の刹那、少し離れた場所の路面から赤々とした液体が爆音と共に吹き出した。


「ぎゃああああああッ!? 熱ぃッ!?」


 飛散した液体を被った住民の一人が、ごろごろと地面を転がって悶え苦しむ。

 突如として地面から吹き出した液体の正体は、真っ赤に燃え盛る溶岩だった。


「飲み込まれるぞッ!? 退避! 退避だッ!」

「急げ! 燃やされちまう!」


 流れ出た溶岩は人も家屋も飲み込み、あっという間に周囲を灼熱の海へと変貌させた。

 やがて、その中心から蛇のように長い身体の魔獣が姿を現した。


「何よアレ……!?」


 魔獣は魚と蛇を混ぜ合わせたような奇妙な見た目をしていた。

 冒険者になってから日の浅いモニカには、目の前の怪物の正体がわからない。

 それもそのはずだった。この魔獣の討伐難易度は黒級に相当し、大半の冒険者はその姿を目にする機会すら無いからだ。


「──獄淵竜インフェルノ……。まさか〝獄炎連峰〟の怪竜と、街のド真ん中で遭遇するなんて夢にも思わなかったわ」


 グロリアーナは神妙な顔で、その怪物の名を呟いた。


 突如として現れた怪竜はキュルキュルと竜らしからぬ鳴き声を発しながら、その顎を大きく開いた。

 その喉奥に閃光が迸ったかと思えば、その次の刹那、モニカたちの方向へ極太の熱線が放たれた。


「させないわよぉ」


 瞬く間に放たれた凶悪な一撃。その場の誰よりも早く反応したのはグロリアーナだった。


「お願い、妖精ちゃん。アタシに力を貸して頂戴」


 そう呟く彼女の腕に、光の球が寄り集まっていく。それから彼女は、神風の如き速度で跳躍すると、熱線を目掛けて拳を放った。


 はたから見れば無謀とも言える反撃。だがしかし、その拳は燃え尽きるどころか、眩い輝きと共に熱線を打ち消した。


「ここにはね、アタシの作った服を楽しみしてる妖精ちゃんたちがたくさん住んでるの。だから好き勝手は許さないわぁん」


 打ち消した熱線は光の粒となって雪のように降り注ぐ。その中心に着地したグロリアーナは、獄淵竜に向かって詠唱を始めた。

 

「さぁ、妖精ちゃんたち、女王の名の下に集いなさい。ここがアタシたちの楽園。永遠とわの果実が実る地よ」


 グロリアーナが呼びかけると、どこからともなく光の玉が現れた。


「ようこそ──【常若の妖国ティル・ナ・ノーグ】へ」


 それらの光は何かを象るように寄り集まっていき、やがて樹木のような形を取った。


「なんだ……痛みが……傷が、消えてく……?」

「かはっ……!? い、生きてる……? まだ生きてるぞ……!?」


 飛竜に噛み千切られ、身体を両断された者。

 溶岩を全身に浴び、火だるまとなった者。


「どうなってるの……? 死んだ人が生き返った……?」


 致命傷と思しき人々の傷が、まるで何事もなかったかのように癒えていた。

 神の奇跡とも呼べる光景を目の当たりにしたモニカは、ただただ唖然とした。


「うふふ。言ったでしょ? ここは常若の国、不老不死の楽園よ。女王たるアタシが認めた者は決して死なないわ──なんてね。別に死人が蘇ってるわけじゃないわよ。彼らは死んでなかった、ただそれだけのことよ」


 人間の──いや、生物の生命力というのは凄まじい。

 どれほどの致命傷を受けても、刹那の間は生きているという。

 それどころか、重要な器官を失っても再生してしまう生物だっているほどだ。


 完全なる死を迎える一歩手前であれば。

 ほんの僅かでも生命力が残っていれば。

 その傷をたちまち癒し、魂を肉体に繋ぎ止める。


 この世に不老不死の楽園を再現する力。

 それこそが彼女の天職──【妖精女王ティターニア】が持つ、究極の権能だった。


「さて、お仕置きの時間ね」


 街の至る所に生えた光の樹。グロリアーナは、そこから一つの果実をもぎ取った。

 林檎に似た形の果実だ。グロリアーナは、光り輝くそれを豪快に齧る。

 すると、彼女の肉体が黄金の光に包まれた。


「うふーんっ!」


 彼女は獄淵竜インフェルノに向かって疾駆した。

 怪竜は素早く反応し、またもや喉奥から熱線を放つ。だが、グロリアーナはそれを避けようともしなかった。


「お話を聞いてなかったのかしらぁ?」


 熱線はグロリアーナに直撃したが、結果は先ほどと変わらなかった。

 不思議な閃光を散らしてから、光の粒となって霧散するのみだ。


竜魔法如きが、アタシを殺せるわけないでしょ?」


 グロリアーナは不敵な微笑みを見せながら、怪竜の手前まで詰め寄る。

 それから、大きく拳を振り被った。


「アタシを殺したければ……そうね。魔王でも連れて来ることね」


 妖精の女王グロリアーナが放った拳は怪竜の顔面に深くめり込み、その頭部を吹き飛ばした。

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魔力を溜めて、物理でぶん殴る。~外れスキルだと思ったそれは、新たな可能性のはじまりでした~ ぷらむ @Plum_jpn

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