第31話

「──それで、その緊急の依頼とやらについて詳しく教えてください」


 先に星奈たちを解体施設へ向かわせた後、俺とユーノは改めて狐塚局長の前に座った。


「いやぁ、実のところ私もあまり詳細を把握しきれておらず。……馬原くんとお会いする、つい5分ほど前にダンジョンから帰還した冒険者がおりましてねぇ。その方から、至急高ランク冒険者の救援が欲しいとの要請がありましてねぇ」


 ハンカチを取り出し、額の汗を拭いながら狐塚局長が続ける。


「……暫定SSランクと申し上げましたが、正直なところ、その危険度は未知数です。おまけに依頼内容は生存してるかも不明な冒険者の救出で、出発は即時。──以上が、本依頼で提供できる情報の全てなんですよねぇ」


「……うむぅ、無茶苦茶な依頼じゃの」


 ユーノが率直な感想を返した。ぶっちゃけその感覚は正しい。

 俺も仕事を選り好みするような性格ではないが、客観的に見てこの内容で受ける冒険者がいるのか疑問である。

 

「えぇ、さすがにその条件では厳しいとお伝えしたんですが、なかなかご理解頂けず……」


「へぇ……それで、どうしたんです?」


「そんな時にちょうど馬原さんがお見えになられたものですから! ──つい私も『』とお伝えして、話を切り上げてきた次第なんですよ。……いやぁ、があまりにもをするものですから、私も情が移ってしまいまして! いやはや、歳を取ると駄目ですねぇ!」


 仰々しく目頭を押さえつけ、物悲しそうな顔で語る狐塚局長。

 正直、胡散臭すぎて、本心から出た言葉かどうかも怪しい。


「──はぁ」


 その芝居がかった仕草に俺は嘆息した。やっぱり食えない人だな、この人。

 そんな情報を握らされた上で断ったら心証最悪じゃねーか。

 それどころか俺自身もこの先、わだかまりを抱えながら冒険者稼業を続ける羽目になる。


「わかりましたよ。受けますよ、その依頼」


 結局のところ、俺に選択肢は無かった。


「おぉ、本当ですか! さすがは馬原さんですねぇ! 能力だけでなく人柄もS級とは! これで彼女も安心できるでしょう!」


 俺の返事を聞くや否や、狐塚局長は先ほどまでの表情が嘘のようにニッとした笑みを見せた。

 その表情を見て俺はげんなりした。

 狐につままれたような気分とは、まさにこの感情の事を指すのだろう。


「見え透いたお世辞は結構ですって。……怪しいと思ってたんですよ。俺たちの応接にわざわざ出てきたのも、そっちの対応に困っただけでしょう……」


「いやぁ、そうとも言いますねぇ。でも、悪い話じゃないでしょう? もちろん報酬は出ますし、新たに誕生したSランク冒険者として評判も上々。結果的に三者ウィンウィンじゃないですか。あ、討伐した魔獣の魔石はぜひとも我が管理局ウチでお願いしますよ。でないと三者じゃなくなっちゃいますからね」


 悪びれもなく笑う狐塚局長に、俺はさらに深く溜息をついた。


「はいはい、それもわかりましたよ。──とにかく、さっさと現場に向かいましょう。話を聞く限り時間の猶予はそう無さそうなので」


「いやはや、仰る通りですねぇ。ご安心を。ゲートまでの移動手段はこちらで手配しましょう」


 



 狐塚局長に案内され、俺とユーノは管理局の駐車場までやってきた。


「ささ、こちらへどうぞ」


 促されるままに管理局が所有する公用車のバンに乗り込むと、そこには既に先客がいた。

 神官系統の装備を纏い、顔に眼鏡をかけた少女だ。

 仲間の安否が気になるのだろう。ローブの裾をギュッと摘み、暗い表情で俯いていた。

 うーん、なんだろう、この既視感。どっかで会ったことあるっけ?


 そんな事を考えている間に車が動き出した。エンジンの微かな振動が座席に伝わる。

 窓に視線を向けると「いってらっしゃいませー!」と、大袈裟に手を振る狐塚局長がいたので普通に無視した。


「さてと──君が依頼主、って事でいいのか?」


 俯く少女へ声をかけると、彼女はその視線を俺に向ける。

 しばらく俺の顔を眺めた後、少し驚いた表情を見せた。


「まさか、あの時の、召喚師サモナーの方、ですか?」


「さ、召喚師サモナー? 召喚師サモナーって使い魔とかを使役するアレか?」


 召喚師サモナーって一体何の話だろう。

 もしかして隣に座る奇面のちびっ子の事を使い魔か何かと勘違いしてるんだろうか?

 こいつの装備は瑠璃子と違って民族衣装っぽいからあり得るな。

 そう思ってユーノの方へ顔を向けると、


「なんじゃ、お主。なぜ召喚師サモナーと聞いて妾を見るのじゃ」


「いや、なんでもない。気にするな」


「……そこはかとなく腹が立つのじゃが、まぁよい。今はそんな場合ではないからの。返ったら家でたっぷり問い質してやるのじゃ」 


 小言を呟くユーノはさておき、俺は少女に視線を戻して否定の意を返した。


「何か期待してたなら悪いが、俺の天職は召喚師サモナーじゃない」


「そう、ですか。【小鬼王国ゴブリンキングダム】で、ゴブリンキングをソロ討伐したという情報を聞いた仲間が、召喚師サモナー系統ではないか、と話していたので、つい」


「【小鬼王国ゴブリンキングダム】……? あぁ、もしかして君、あの時のパーティーの一員か」


小鬼王国ゴブリンキングダム】と聞いて思い出した。

 あそこの二層目ですれ違ったパーティーにいた眼鏡っ娘だ。

 確か、当時はもう一人いた少女にめちゃくちゃ変な目で見られたんだよな……。

 そっちの子の印象の方が記憶に強く残っていたせいで、言われるまで全然気づかなかった。


「なんじゃ、主ら知り合いかの? なら話は早いではないか」


「いや、知り合いってほどではないな。お前の元マイホームですれ違った程度だよ」


「そういう一般人に伝わらない冗談はやめるのじゃ。また雪菜に面白くないと言われても知らんぞ……」


 そんな緊張感の欠片もない会話をしていたところ、俺のローブの裾が引っ張られる。

 見れば、眼鏡っ娘が不安そうな瞳をこちらに向けていた。


「あ、あの……本当に大丈夫、ですか? 私の仲間が遭遇したのは、グレートミノタウロスという、S級の怪物、です。とても前衛無しで討伐できるような、魔獣では──」


 そこまで言い掛けて、彼女は言葉を詰まらせた。

 恐らくだが、その怪物を相手する仲間の姿を思い浮かべてしまったのだろう。

 敵の強大さを知っているからこそ、仲間が今どんな状況かを想像出来てしまうのだ。


「──間に合うか間に合わないかは、正直、運と君の仲間の能力次第だな」


 俺は素直な意見を伝えた。

 こればかりは何の根拠もないのに優しい言葉をかける事ができない。

 悪戯に期待を持たせるのはきっと、彼女を傷付ける事になるから。

 俺は死んだ人間を生き返らせる事はできないし、少年漫画のナントカ人みたいに転移する事もできない。ただ、彼女の仲間が耐えて生き延びている事を祈るしか無いのだ。


 だけど、もし間に合ったら。


「──だけど、もし間に合ったら、その時は安心しやがれ。その怪物とやらは、俺が全員。──おっと、これは比喩じゃないぞ?だ」


 俺はいつものように、にかっと笑って親指を立てた。

 またそんなフラグを、とユーノが呆れるように額に手を当てていたが、俺は気にしない。


「ぶん、殴る? あなたは、魔術師、系統ではないの、ですか?」


 眼鏡っ娘は俺の格好を一瞥した後、不思議そうな顔で問いかけた。

 俺の身に付ける深紅ローブは魔術師装備のそれだからな。そう思うのは当然か。

 そもそも彼女は何も間違っちゃいないしな。


「すげー説明が難しい質問だな……。まあ、遅くなったけど自己紹介しよう。俺の名前は馬原賢人、天職は……正真正銘の賢者だが、攻撃力には自信があってな。──とにかく、ぶん殴るのに特化してるって事で理解してくれ」


 そう言って俺は笑顔で右手を差し出した。

 少女は少しの間だけ何かを思考するような様子を見せた後、ゆっくりと俺の手を握り返した。


「──東雲しののめ陽子ようこです。どうか、私の仲間を、お願いします」

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