第32話
「……こっち、です」
元Aランクダンジョン【大神殿】。
そこはローマ神殿を彷彿とさせる石造りの建造物が印象的な亜空間タイプのダンジョンだ。
壁や柱など、いたる所に施された彫刻の出来栄えは素晴らしく、思わず足を止めて魅入ってしまいそうなほどだ。
魔獣さえいなければ観光スポットに最適なんじゃないかと思うくらいには、美しく荘厳な場所だった。
そんな芸術的なダンジョンの、これまた小綺麗な石材を敷き詰めて作られた廊下を俺たちは疾走していた。
「珍しく魔獣と出会わないな」
「ここは、廊下エリアと、広間エリアが交互に続く、特殊な、ダンジョンです。魔獣は主に、広間に出る、ことが多いです」
「へぇ、安地と魔獣出現ポイントが明確に分かれてるのか。今までのダンジョンで一番ゲームっぽい作りだな」
併走する東雲さんの説明を聞いて、俺は率直な感想を述べた。
本当に、この摩訶不思議空間には驚かされるばかりだ。
実はダンジョン内というのは、完全に別世界なのではなかろうか。
内部に森林が広がるものもあれば、都市が建造されている場所だってある。
普通に考えて地下世界にそんなものはありえない。亜空間タイプとは文字通りの意味なんだろう。
ついでに言うと、ポピュラーな階層型のダンジョンですら、一種の亜空間だと思う。
というのも、あれだけ広大な地下世界が拡がってるにも関わらず周囲の土地に埋設されたガス管や水道管に一切影響が出てないのだから。
全てのダンジョンは地球ではない何処かに繋がっている。
そう考えなければ他に説明がつかないのだ。
「みんな、そう言います。──気をつけてください、そろそろ、広間です」
視界の先に、開けた空間が見えた。そして、そこへ佇む魔獣の姿も。
青黒い肌をした、身の丈10mはあろう筋肉隆々の一つ目の巨人だ。
キモゴブリン──もといゴブリンジェネラルといい勝負のキモさである。
「ユーノ、あの魔獣が何かわかるか?」
「あれはサイクロプスじゃな。無論、S級魔獣じゃ。脳筋という意味ではお主と似た存在じゃよ」
「馬鹿野郎! 俺の方がイケメンだろう!」
「……」
いや、黙らないで欲しい。普通に傷ついちゃうから。
別に全人類と比べて俺の顔の造形が優れてるとか言っているんじゃあ、ないよ?
あんな一つ目ゴリマッチョ野郎と比べたら、俺の方が遥かにマシ……だよね?
俺は救いを求めて東雲さんへと視線を向けた。
「……そ、そう、ですね」
刹那、彼女と目が合ったがすぐに逸らされた。
それから取り繕うように放たれる肯定の言葉。いや、普通に傷ついちゃうから。
もうやめて、俺のライフはとっくに──
「ち、ちきしょうーっ!!」
ヤケになった俺は、彼女たちに先駆けて広間へ侵入する。
俺の敏捷ステータスで本気を出せば、ユーノや東雲さんの倍以上の速度を出すのも容易なのだ。
──グオォォォォ!!
闖入者に気づいたサイクロプス──もとい、一つ目マッチョが雄叫びを上げた。
俺を迎撃せんと、巨大な棍棒を構える。
「何もかもが遅え! この傷ついた心をどうしてくれんだ、この野郎!!」
自分でも何を言ってるのかよくわからないが、許して欲しい。むしゃくしゃしてたんだ。
俺は速度を上げつつ、巨人の頭上へと跳躍すると、破壊の杖を振り下ろした。
──ズガンッ!
鈍く、それでいて凄まじい音が響いた。
俺が放った渾身の殴打はサイクロプスの頭蓋を押しつぶし、その胴体にめり込ませた。
キモゴブリンと同じ末路である。この姿で生命活動を維持できる生物を、俺は知らない。
巨体はゆっくりと後方へ倒れこんでいった。
「すごい……サイクロプスを、殴り殺す、なんて。それも、スキル補正無し……?」
後ろで東雲さんが驚愕の声を上げた。
「このくらいなら素のステで十分だ。生憎、俺は賢者なもんで、有用な近接攻撃スキルも少ないしな」
杖で空を切り、こびり付いた血を払いつつ俺は答えた。
スキル補正とは、攻撃スキルを使用した際にかかる威力補正の事だ。
基本的には攻撃ステータスに対してスキル毎の倍率を乗じた数値が最終的な威力になる。
そのため、普通、冒険者はスキルを使用して戦うのが鉄則なのだ。
以前、不良Bくんが武闘家の天職をドヤってたのは、この仕組みが関係している。
武闘家系統は数ある天職の中でも唯一、生身で攻撃スキルを撃てる天職なのだ。
街中で武器を携帯している冒険家は少ないから、スキルによる優位性を取れるわけだな。
「彼は、本当に、賢者なの、ですか……?」
「うーむ、賢者であることは間違いないのじゃが……ぶっちゃけ妾にもよくわからん。つまり、よくわからん奴じゃ」
「はぁ……そう、ですか。よくわからん奴、なんですね」
そんな会話を繰り広げる二人。おい、なんかその言い方は不適切だぞ。
そして東雲さんもユーノの戯言を鵜呑みにしないで欲しい。
「好き勝手言ってくれるな。それより、早く先へ進もう。こんな場所で時間を食ってる余裕は無いんだろ?」
「そ、そう、でした!」
「なら行くぞ。俺は少し速度を上げる。道中の魔獣は漏れなくぶん殴っとくから、安心してついて来い」
そう言った後、返事も待たずに俺は駆け出した。
サイクロプスのいた広間を抜けると、また最初と似たような廊下が続いていた。
革靴の靴底で石床を鳴らしながら俺は疾駆してゆく。
次の広間には、髪が蛇になっている気色悪いオバサンがいた。
多分、メデューサとかそういう系だと思う。
状態異常攻撃っぽいものを仕掛けてきていたが、耐性スキル持ちの俺には通用しない。
俺は杖の一振りで頭を叩き潰した。
ちなみに頭を完全に潰したのは、死体でも状態異常効果が発動するのではないかと考えたからだ。実際どうなのかは知らんが、メデューサと言えばそういうイメージだろう。
その次の広間には、牛頭の怪物がいた。
こいつの名前は聞いたことがある。確かミノタウロスだったか。
目立った特殊能力を持たない、サイクロプスと同じ
サイクロプスと違ったのは、俺の杖による殴打を戦斧でガードしようとしてきた事だ。
少しは知性があるらしい。だが、悲しいかな、その行為は無駄に終わった。
魔獣すら凌駕する膂力から繰り出した杖の一撃は、その戦斧ごと頭を砕いた。
──次も、その次も、俺は魔獣を屠りながら、真っ直ぐに駆けてゆく。
そうこうしているうちに、これまで魔獣と遭遇した空間より一段と大きな広間が視界に入った。
血に濡れた戦斧を構えるミノタウロスと、へたり込む少女の姿もそこにあった。
忘れもしない。あの時、俺を変な目でジロジロ見てきた弓使いの美少女だ。
(いた……! 良かった、まだ生きていてくれてたか)
状況全てを把握しきれてはいないが、少なくとも一名は生存している。
その事実に俺は少し安堵した。
「悪いが、横取りだとは言わんでくれよ?」
冒険者が他の冒険者を助ける際の、揉め事防止の礼儀として俺は一言添えた。
無論、状況的には文句の言われようも無いのだが、わかっていてもやるのが大人のマナーってもんだ。
俺は跳ねるように、ミノタウロスと少女の間に割り込むと、破壊の杖を豪快に振るった。
「ブォモォォッ……!?」
痛みに魔獣が情けない声を上げたが、それも刹那。
その叫びはすぐに聞こえなくなった。
俺の渾身の一撃によって、その頭部が消失してしまったから。
なんだかんだで、こいつも牛なんだな。
崩れ落ちる巨体を尻目にくだらない感想を浮かべつつ、俺は周囲を確認した。
(──あっちは……もうダメか)
大広間の中心部には、戦斧で袈裟斬りにされた冒険者の死体が二人分転がっていた。
かなりの時間、抵抗していたのだろう。
その遺体には致命傷となった傷跡以外にも、沢山の傷跡が残っていた。
傍に転がる武具も同様だ。
刃が欠けてボロボロになった剣。抉るような傷を残す大盾。
彼らの奮闘が、その執念が、残された遺品からひしひしと感じ取れた。
「生存者は一人……ちょっと遅かったか。……君、大丈夫か?」
俺はただ一人生き残った少女へと視線を戻し、声をかけた。
「え……? あ、はい……大丈夫、です」
自分が助かった事が未だ信じられないのか。
それとも仲間の死で心因的なショックを受けているのか。
少女は唖然とした表情で俺の顔を見た。
それから、震える声でゆっくりと俺に言葉を放つ。
「え、えっと……あなたは魔術師……いや、噂の賢者さん……ですか?」
「えっ? 噂……? あ、えーっと、確かに賢者ではあるけど……説明が難しいな」
まだ少し気が動転しているのだろうか?
この状況でこんな質問を投げかけられるとは思いもしなかった。
正直、質問の意図もよくわからん。
なんと答えれば良いかわからず、ばつが悪くなった俺は頬を掻いた。
「や、やっぱり! でもどうして……?」
何かを思考するような素振りをしながら、彼女は呟いた。
それから俺の携えた杖にまじまじと見て、
「その肩の武器は多分、杖? なんですよ……ね? ということはやっぱり貴方は賢者で……?」
どうも彼女は俺の持つ<破壊の杖>が気になるみたいだ。
この状況でそんな事を口走るあたり、やはり少し混乱しているのだろう。
もしかしたら頭なんかを強打したのかもしれないな。
だとすれば早めにユーノか東雲さんに回復魔法をかけてもらった方が良いだろう。
そんな事を考えながら、俺は適当な返事を返した。
「──この杖か? 殴るのにちょうど良いんだ。重さとか耐久値とか。結構いい杖みたいだからな」
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