第33話

「はぁっはぁっ、あやかっ……!」


 大広間に澄んだ声が響いた。──東雲さんの声だ。

 少し遅れてやってきた彼女は、俺の眼前で座り込む少女の元へと駆けつけると、その細身をぎゅっと抱きしめた。


「東雲ちゃん……? そっか、この人は東雲ちゃんが呼んでくれたんだね……」


「良かった、です。本当に、良かったですっ……」


「うん……」


 東雲さんに抱きつかれながらも、弓使いの少女は切なそうな顔を見せた。

 なぜそんな顔をするのか、その理由を俺は何となく理解した。


「そうです、熊さん、は? 青桐さんは?」


 東雲さんが思い出したように問いかけた。

 恐らく、他のパーティーメンバーの名前だろう。

 その言葉を聞いた弓使いの少女は無言で首を横に振った。

 それから、示すようにある方向へ顔を向けた。


「あぁ……そんな……そんな、熊さん……!」


 その視線の先には冒険者──彼女たちの仲間の遺体があった。

 見るのも躊躇うほどに損傷したボロボロの遺体。


「……っ!」


 言葉よりも先に東雲さんの瞳からぼろぼろと涙が溢れ落ちた。

 そのままふらふらと彼女は遺体へと近づいていき、


『──【完全治癒パーフェクトヒール】っ!』


 暖かな光が、願いにも似た光が、冒険者たちの遺体を包み込んだ。

 けれど、何も起こらない。起こるはずがないのだ。

 どんな上級魔法であっても、死者が甦る事は決して無い。

 奇跡に限りなく近い、理を超えた力であっても、奇跡を起こす事はできないのだ。


『──【完全治癒パーフェクトヒール】っ、【完全治癒パーフェクトヒール】っ、【完全治癒パーフェクトヒール】っ!』


 多分、東雲さんもそれを理解している。

 わかっていても、感情が湧き上がり、行為ヒールを止められないのだ。

 だから、俺は黙ってその様子を見守った。


「ううっ、う゛えぇぇんっ──!!」


 やがて、込み上げた感情が抑えきれなくなり、東雲さんはその場に座り込むと声を上げて泣き出してしまった。

 その様子を見ていた弓使いの少女も東雲さんの傍に寄ると、その小さな身体を抱きかかえて一緒に泣き出す。


 ──二人分の慟哭が、大広間に響き渡った。


 俺とユーノは、ただ黙ってそれを見守る事しかできなかった。

 




 ──それからどれだけの時間が経っただろうか。


「助けて頂いて、ありがとうございました」


「本当に、ありがとう、ございました」


 しばらく泣いていた二人だったが、ようやく気持ちが落ち着いたらしい。

 赤く腫らした目を擦りながら、俺にお礼を伝えてきた。


「……いや、お礼なら、そいつらに言ってくれ」


 俺は視線で冒険者の亡骸を示した。

 名も知らぬ二人の冒険者。彼らこそ、真に称賛されるべき英雄だ。

 たとえ自分に敵を討ち果たす力が無くとも、彼らは俺に託した。

 そして、そのための時間を、彼らは作ったのだ。

 どれだけ血が流れようとも、その腕が千切れようとも、守りたい人の為に彼らは最期まで戦った。

 その誉れを俺なんかが受け取るわけにはいかなかった。


「それは……」


 俺の言葉を聞いて二人の少女は戸惑いの表情を見せた。

 けれども、しばらくして二人とも俺の言わんとする意図を理解し、


「──そう、ですね」

「──はい」


 悲しげで、それでいて少しだけ優しい笑顔で返事した。

 それから、彼女らは今一度、亡骸へと向き直り、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「二人共……守ってくれて、ありがとう」

「ありがとう、ございました」


 彼女たちのパーティーがどういう関係性だったか、俺は知らない。

 だけど、これだけは言える。

 大切な人を守れた。それだけできっとそいつらは満足だよ。


 なんでかって?

 もし雪菜や星奈、瑠璃子とそれにユーノが同じような窮地に陥ったら、俺だってそうするからだよ。

 んで、ちゃんと守れたなら──きっと俺は満足してるからな。

 それが男って生き物なのさ。


「……かっこつけよって。ま、妾も嫌いではないがな……お主のそういうところ」


「ははっ、可愛らしい事を言ってくれるな。──さて、そんなキュートなユーノに一つ頼みがある。このお嬢さん方二人を連れて地上まで戻れるか?」


 恐らく仮面の裏では顔を赤らめてるであろうユーノを誂いながらも、俺は切り出した。


「それは構わぬが……お主はどうするつもりじゃ?」


「俺はちっとばかり、最深部まで潜ってくる。東雲さんから事情を聞いた限りだと、ここの魔素濃度が上がってから1時間も経ってないだろ?」


「そう、ですね。私が転移魔法で帰還して、管理局に救援を求めてから、すぐに馬原さんが駆け付けて、くれました、から」


「だったら、そのとやらがまだここに残ってるかもしんねえ。──もし居たら一発ぶん殴ってやろうと思ってな」


 そう言って俺は破壊の杖を強く握りしめた。

 俺自身は高いステータスも相まって一連のランク上昇現象で大きな被害を被ることはなかった。

 だけど、適正ステータスで挑む冒険者たちはそうではない。

 少なからず危機に瀕し、時にはその生命さえ落としてしまうか──或いは、大切な人を失う。


(全く、だな。──こんな姿を見せられたら、そりゃが移ってしまうじゃねえか)


 赤く目を腫らした二人の少女の姿を見て、俺は無性に思ってしまったのだ。

 各地のダンジョンで起こるこの現象を、何とかして解消したいと。


「流石に一人では危険ではないか、と言いたいところじゃが、そんな眼を見せられたら止める気もせんのう。──くれぐれも無理はせぬことじゃ。【鋼鉄都市アイアンクラッド】の時のように、お主と相性のすこぶる悪い魔獣も存在するでな」


 はぁ、と嘆息しながらも、ユーノは俺を引き止めなかった。

 なんだかんだでこいつは俺の事をすごく理解してくれてるんだよな。


「心配ありがとな、ユーノ。それじゃ、後は任せたぞ」


 そう言って俺は三人を残して一人駆け出した。

 石床を蹴ると鳴る小気味よい音をBGMに、俺は【大神殿】の深部に向けて疾走する。

 

 今回、救われた二人の少女。

 その救出劇の主人公は俺じゃない。それは名も知らぬ英雄だ。

 

 だから俺は先へ進む。ここからは、そこらの冒険者じゃ手に負えない事だから。

 この無駄に高いステータスを最大限活用して、俺が成すべきことを成すんだ。

 

 ──こっから先は、俺が主人公だ。

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